■第8話 プリンセスメイデル(3)


●3




 溶岩の雨に穿たれ、マリアが死体も残さず一瞬で……絶命した。

 俺の心臓がさすがに跳ねる。スキルで【恐怖耐性】を持っているから恐慌状態に陥ることはなかったが、思わずローブの胸元を掴んでいた。


 ……マリアはただのゲーム内のキャラクターじゃない。

 リアル世界でちゃんとした体を持つ、生きた人間だ。


 それが、死んだ。こんなにあっさりと……。


「クライ! す、すぐに回復魔法を~~~~!」

「……無理だろ」


 女神にすがりつかれたが、俺は冷静に突き放す。


「マリアの死亡宣告が出た。できるとしたらお前の嫌う、蘇生魔法くらいだ」

「そ、それは……!」

「だが蘇生させようにも、マリアの体がない。なら、たぶん無理だぞ」


 ようやく止んだ溶岩の雨の中、平然としていたのは硬い岩のような肌を持つ巨蛇ヨルムンガンドくらいだ。


 幸い灼熱の雨は、地底空間の端っこに留まっていた俺たちまでは届かなかった。

 だが焼き尽くされたマリアの体は、溶岩に呑まれて跡形もない。……転生システムが前提となる『エムブリヲ』の世界では、禁術扱いとなる蘇生魔法はイレギュラーだ。

 だから万能というわけにはいかない。できることも限られてくる。


 俺が思い出すのは、今は巨蛇の口内にいるフランヌを蘇生させたときのことだ。

 【蘇生{リザレクション}】はアンデッドだった彼女に命をもたらしたが、戦いの中で失った両腕の再生はできなかった。

 だから……肉体がないなら、蘇生魔法は効力を発揮しない。そういうことだ。


 ゼロの張った完璧な罠だった。


「世界を作り替える、とか言ってたな。こういうことか……」


 俺はゼロの言葉の意味を理解する。


「ゲームそのものに干渉できるのか、あいつは」

「あれ? あのっ、ご主人様あ!」


 そのとき急にポルテが騒いだ。遅れて俺や女神も、ドワーフ少女の示したものに気付く。それは俺たちの頭上にいきなり現れた、円い水の塊だ。

 鏡のように美しい、浮遊するそれは見覚えがある。


「はうっ! こ、これは……『命の泉』ですわ! ええっ?」


 女神も転生の発動に体を震わせる。すると水の中から1人の少女が出現した。


【勇者マリアが復活した!】


「きゃああああああああああああ~~~!! ……って、あ、あれ?」


 降ってきたのはビキニアーマーを着て大剣を背負った、青髪サイドテールの少女だ。


 勇者マリアがいつぞやのように、俺たちのもとに着地を決めた。

 が、彼女自身も何が起きたのかわからず、きょとんとしている。


「アタシ今、し、死んだよね……? たくさんの溶けた岩が降ってきて、避けきれずに全身が焼かれて、うううっ!」


 死の間際の感覚が蘇ってか、マリアは青ざめてふらついた。思わず女神が受け止め、大きな胸をやわらかく押しつけて涙する。


「そうです……勇者マリアはわたくしたちの前で死んだのです! でも無事にこうして転生を果たし、また戻ってくることができましたわ! 再会できた運命に感謝します!」

「あ、そっか。アタシ、勇者だから。死んでもすぐに生き返るんだった!」

「……なんだと?」


 なんてチート職なんだ。ゲームバランスもクソもない。


「よ、よかったですよう!」


 ポルテが胸をなで下ろすが、知るか。


「ふざけやがって」

「ごめーん。心配した? クライくん」

「……うるさい。それより」

『ゴボオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 まだ戦闘は終わっていない。


『復活だって? まったく、君は面白くないね……』


 溶岩の中を泳ぐ巨蛇の口内に張り付くフランヌが、またゼロとリンクしたらしい。咆吼するヨルムンガンドの中でぐったりとしながらも、俺たちを見下ろした。


『その設定も書き換えられればいいんだけど、今の僕にそこまでの力はないよ。残念だ』

「へへーんだ! 見たかっ、勇者の力! あんたはこの世界を好きにしようとしてるみたいだけどね、アタシたちの方も精一杯、対策を考えて飛び込んできたんだからね! 簡単には負けないってば!」


 マリアが大剣を構え直し、光の刃を纏わせた。


 だが巨蛇は直接迫ってくることはなく、溶岩の湖で動きを止めた。


『なら、これでどうだい? こっちはここから動かないようにするよ。ヨルムンガンドを倒したければほら、どうぞ』

「へ? え……えーと」


 威勢が良かったマリアの目が泳ぐ。巨蛇はこれ以上、近づいてこない。倒すならこちらから溶岩の湖の上の足場を渡り、また飛びかかるしかない。


『ちなみにヨルムンガンドには攻撃魔法は通用しないよ。無効化する防御魔法が鱗にかかっているからね』


 ダメ押しのようにゼロが告げる。


 知ってる。いつぞやのアイアンゴーレムとは真逆だ。俺もそれで苦労させられた。

 そして今、ドーム型空間の天井はまた赤く焼けて、いつでも溶岩の雨を降らせる準備を整えていた。うかつに近づけば先程と同じく、焼き殺されるのがオチだ。


「なんてことですか! これでは……」

「手が出せないですよ!」


 女神もポルテも状況を把握した。


 ゼロはフランヌの口から哄笑を漏らす。


『あっははははは! そうさ、不可能なんだよ! 何度でも復活するがいいさ! でもそのたびに殺してやる。無駄に死に続けろ。……最後は自分から死にたいと願い、正気を失うまでねッ』


 プレイヤーの心を折る。それがゼロの罠の神髄か。


「そんなっ、まさか。この、勇者のアタシが……!」


 マリアはまったく動けない。勇者のスペックを持ってしても、勝てる術が見つからないのだ。


 本当に、周到に用意された攻略不可能な罠だった。……俺がここにいなければ、な。


「接近しての物理攻撃なら通るんだろ。なら」


 俺はリボルバーショットスタッフを呼び出し、手に取った。


「簡単だ。マリア、お前は適当にサポートしろ。俺がヨルムンガンドを倒してやる」

「え、ええっ? できるの、クライくん!」

『なんだって?』


 マリアどころかゼロも予想外だったらしい。フランヌが巨蛇の中で目を見開いていた。


『くはっ、ははははは! 白魔道士{ヒーラー}の君になにができるものか! 頑張ってせいぜい回復魔法にいそしむんだね!』

「そうだな。そうさせてもらう」


 俺は呼び出したものの、白魔道士{ヒーラー}の腕には重すぎる武器を、側にいたポルテに預けた。


「ご主人様!?」

「ポルテ。お前も好きに動いてみろ。せっかくレベルも上がったんだしな」

「は、はい? でもっ」

「クライ! あなた……」


 女神が掴むのは、背中に残った翼のひとつだ。


「……わたくしの奇跡が必要なら、言ってください! できることはたかがしれていますけども、でも!」

「いらない。あの程度の敵に、お前の力を借りるまでもないだろ」

「クライ……できるのですね?」


 泣きそうだった女神が、破顔した。


「信じていますわ! あなたの強さは、ずっと見てきましたから!」


 言われるまでもない。俺は湖岸から、溶岩の湖に向けて進んだ。2メートルほどの落差があり、灼熱の水面に浮かぶ足場のひとつに着地した。それだけで熱にやられ、【5ダメージ】を受けたが……すぐに頭上で焼けた天井がとろけてくる。


【1998ダメージ】【2010ダメージ】【1983ダメージ】【1978ダメージ】【2001ダメージ】


 俺の全身を溶岩の雨が貫いていた。だがもちろん同時に発動するのは【即死回避】のスキルと【自動回復{オートヒール}】だ。

 即死級のダメージを食らっても必ずHPは1残り、最大限に回復する。白いローブごと体が焼き尽くされたと思ったら、直後に治癒し、それが数回繰り返された。


 で、終わりだ。雨が止む。


『そうか、君は……自動再生できるんだったね』


 今になって俺のことを思い出したゼロが、つまらなそうにフランヌに見下させた。


「やはり俺を気にしてなかったか。だがそれが誤算だったことを思い知らせてやる」

『それ、MPが切れたら終わりでしょ? 勇者よりよほど簡単に片付けられそうだけど』


 再び天井が真っ赤に焼け、落ちてきた。

 またダメージと【自動治癒{オートヒール}】が交錯して終わる。


 ……やはりか。焼け付く痛みを【痛覚耐性】で堪えながら、俺は笑った。


「13秒だ!」


 そして叫ぶ。


「次の雨が来るまで、それだけの余裕がある! なら、わかるな?」


 巨蛇の中でフランヌが、ゼロの言葉を詰まらせていた。


 俺の呼びかけを理解してすぐ動いたのは、光の剣を携えたマリアだった。


「そっか! 止まない雨はないってことで……!」

「そうだ」


 俺が見抜いたのは、灼熱の雨が自動反応で降ってくるということと、再チャージまで時間がかかるという2点だ。だから俺がわざと囮になった。


 雨は誰彼かまわず降り注ぎ、やがて止む。

 その隙に凄まじい速度で巨蛇へと迫るのは、マリアだった。


「これで、どうだああーーーーーー! 【ブレイブクラッシュ】!!」


 マリアは跳び上がり、スキルを使った。光の剣と一緒に高速で縦回転し、ヨルムンガンドの胴体を斬りつける。


【9854ダメージ】


『ゴバアアアアアアアアアアアアアア!!』


 マリアの武器「光の牙」は魔法属性を付加された剣だ。故に魔法攻撃に対して耐性を持つ巨蛇には、スキルのダメージも削られる。が、1万近くならたいしたものだ。

 そしてマリアの使った【ブレイブクラッシュ】は、衝突した反動を利用して大きく後ろに跳ねていた。足場のひとつに着地を決め、その勢いのままさらに後方に下がり、一気に湖岸までマリアは退避する。


 その数秒後、溶岩の雨が降ってきたが、もちろんマリアは巻き込まれない。

 勇者の素早さ{AGI}なら、13秒もあればヒットアンドアウェイが可能なのだ。


 ……俺という囮役があっての話だがな。


『ゴボバアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 だが灼熱の雨に焼かれたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。


 あのヨルムンガンドも【2123ダメージ】【2087ダメージ】【1930ダメージ】【2128ダメージ】【1966ダメージ】を食らっていた。

 マリアの一撃を食らい、その硬い鱗が大きく剥がれ、そこを焼かれたのだ。


『バカなっ! こんな作戦で、僕の罠がっ……!』


 今更ゼロが狼狽えたが、雨が止めばまたマリアが飛び込んできた。


「もいっちょ! 【ブレイブクラッシュ】!!」


【9799ダメージ】


 そしてマリアが下がれば、雨が巨蛇の傷を焼いた。


【2134ダメージ】【2049ダメージ】【1987ダメージ】【2042ダメージ】【2165ダメージ】


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【巨獣ヨルムンガンド】LV160

HP:8736/49000

MP:????/????

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 あっという間に巨蛇のステータスが【重傷】を示す黄色に染まった。

 もう一度マリアが攻撃すれば終わりだ。


 だがその前に湖岸から飛び出していたのは、ポルテだった。


「やるですっ!」

「ええっ、ポルテちゃん!」

「き、危険ですわ、ポルテっ」


 マリアと女神が慌てるが、無理もない。ポルテの足は勇者ほど速くなかった。

 13秒の間に足場を伝って巨蛇まで到達できても、引き返す余裕はない。


 それでもポルテは迷うことなく巨蛇へと肉薄し、俺が渡したリボルバーショットスタッフを振り上げた。


 ……それでいい。俺は笑う。戦士は騎士の下位職だが、武器の扱いには長ける職種{ジョブ}だ。大抵の武器を使いこなすことができる。

 だからこそ、俺はポルテに俺専用に作らせた武器を預けたのだ。


「せーーーのっ! 【火事場の馬鹿力{フルパワーアタック}】、ですッ!!」


 そして記憶を取り戻したことで覚醒した、スキルのひとつを発動させた。

 【怪力{パワー}】の修練レベルを上げることで取得できる、【怪力攻撃{パワーアタック}】のさらに上位スキルである。


「【成長促進{バースト}】!」


 さらに俺が魔法を使った。全力で振り下ろされたリボルバーショットスタッフの先端が、白い魔法の煌めきとともに爆発し、凄まじい速度で巨蛇に打ち込まれた。

 仕込んでおいた爆裂草の種が6つ、すべて爆ぜたのだ。


【2805ダメージ×6】


『ゴッボオアアアアアアアアアアアアアア!!』


 合計16000ダメージを超える一撃に、なんと巨大なヨルムンガンドの胴体が千切れた。


【450ダメージ×6】


「ん、くううううっ!?」


 同時に武器の反動がポルテを襲う。

 しかし3000オーバーのHPで見事に耐えきった。さすがにぼろぼろの有様だが、近くの足場に転がって、逞しくリボルバーショットスタッフを掲げる。


【ヨルムンガンドをついに倒した!】


 誇らしげに俺を見るポルテの横にゆっくりと、2つになった魔物の巨体が倒れ込んだ。

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