■第8話 プリンセスメイデル(1)


●1





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名前/種族:ポルテ/ドワーフ

年齢/性別:??/♀

ジョブ/ランク:戦士/B

LV/属性:85/?

HP:3804

MP:0

ATK:945(△55)

DEF:469(△60)

MATK:0

MDEF:0

AGI:97(▼20)

LUK:121

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 疲弊したマリアがとりあえず【キャンプ】を展開し、寝袋が4つある三角屋根の大型テントを呼び出した。


 俺も少しMPを消耗していたから眠りに就いたが、すぐ回復し目を覚ます。

 だからテントの端で改めて1人、ポルテの詳細ステータスを確認していた。


「……やっぱり、なかなかの数値だな」

「本当ですか? ご主人様あ」


 すると寝袋から起き上がるのはポルテだった。


 その向こうではまだ女神やマリアが寝ていたが……そうか、ポルテは無傷だったな。

 故に俺のように熟睡することはなく、目が覚めてしまったらしい。


「寝て起きたら、夢だったかもって思ってたです。でも、やっぱりレベル85ですっ」


 ポルテが俺に身を寄せながら、つぶらな瞳を揺らしていた。


 アンジェリカがレベル45で、騎士隊長のゴルドラが75だから、単純にそれを上回っている。騎士の方が戦士の上位職だから多彩なスキルを使いこなすが、戦士の特性はHPと攻撃力{ATK}の高さだ。


「HPも伸びたが、ATKの数値が武器を加算してちょうど1000だ。ここまでくればザコなら一撃で倒せるレベルだぞ」

「ポルテ、役に立てますか?」

「ああ」


 女神が「もっと強かったはず」と言っていたのは本当だったのだ。……大した怪我もしてないのに、マリアの隣で女神は寝袋からはみ出して、だらしなく眠りこけていたが。


 しかし興味を引かれるのはポルテのスキル欄だった。


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【スキル】

体力増強 LV55

怪力 LV50

怪力攻撃 LV40

火事場の馬鹿力 LV35

持久力増強 LV40

鍛冶技術 LV20

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 以前確認したときには「???」とバグだらけだったのが、スクロールして確認してもすべてきちんと埋められていた。また既存だったスキルの修練レベルも上昇している。


 なるほどな。『エムブリヲ』ではスキルの習得度合いによって、ステータス数値が変化し、レベルが上がる仕組みだ。記憶を取り戻したことでスキルが元通りとなり、本来のポルテとなったというわけか。


「年齢と属性はまだバグってるようだが、それは俺が蘇生させた名残みたいなものか」

「はいです。ポルテはご主人様のものですから……」


 他の2人が眠っているのをいいことに、ポルテがちゅっと俺の頬にキスをした。胸板に小さな手をかけてくる。

 もしやこれは、このまま2回目の流れか?


【1hの休息を取りました。HP・MP完全回復です】


「ふわあああ。って、わーーー! ちょっとクライくん!? またなにやろうとしてんの!」


 だが残念ながら邪魔が入った。起きてきたマリアが俺たちを見咎め、慌てて【キャンプ】を解除したのだ。


 パーティのリーダーは俺だが、指図して【キャンプ】をマリアに展開させたからな。

 全員がすっかり回復し、休息が不必要になったこともあったのだろう。あっさりとテントと寝袋が消失し、1人だけまだ惰眠を貪っていた女神が「ふぎゅっ!?」と苔の地面に突っ伏して、目を覚ました。


「な、なんですか、なんですかあああ?」

「行くよっ、女神様もポルテちゃんも! ほんっとクライくんってスケベなんだから!」


 ビキニアーマーのリボンを直して、マリアが気合いを入れ直した。


「いつまでもだらだらしてらんないよ。早くあのゼロのいる最下層まで下りなきゃ、なんだからね! ほら、リーダー!」

「言われなくてもわかってる」


 目的は同じだ。確かにのんびりしている場合じゃない。


 だがその前に俺は、安全地帯に残されていた食糧の回収にかかる。


「ポルテ。壁に生えてるランタン豆、全部とっておけ」

「はいです」

「わ! いつぞやのものですね! 今度はわたくしも食べられるのですよね、クライ?」


 気を取り直した女神もいそいそと、青い実の採取を手伝った。


 ただ、ポルテは最後のひとつを手に取ると、【アイテム】ボックスに入れる前にしばし見つめる。きっと、このランタン豆の種を植えたかつての仲間を思い出してのことか。


「頑張ってくるですよ。みんなのぶんまで……」


 ポルテはそう呟くと、ランタン豆を【アイテム】ボックスに格納した。確かにレベル85となると使えるか。レベル200のマリアがいるから見劣りするが、十分だ。


 ……しかし俺は1人、むず痒いものを覚えていた。

 ずっとソロプレイばかりして来たのだ。他の誰かに頼るやり方を、俺は知らない。


 まあいい。ポルテは俺の奴隷だ。記憶を取り出した今も、な。

 ならせいぜい道具として、うまく使ってやることにしよう。


「ねえ、クライ。これひとつ、今食べてもいいですわね? ね!」


 食い気しかない足手まといの女神より、よほど役に立つだろうからな。



          ◇



 だがその女神も、邪悪な気配には誰よりも敏感だ。


「っ!? この先に……強大な闇の気配を感じますわ!!」


 階段を下りたとたん、女神は背中の3枚の翼を一斉に逆立てた。


「なに? えっ、てことは、もしかして!」


 マリアが息を呑み、大剣を手に取る。


 俺はダンジョンマップを呼び出し、階層の情報を確認した。ここは地下29階層で、身を寄せる俺たち以外の光点がひとつ、離れた場所に存在していた。


「いるな、フランヌが。ならここが最下層だ」

「……ダンジョンの、最後の階層ですか? やったです!」


 ポルテが緊張しながらも、拳を握って気合いを入れる。


 もちろんここまでの階段は消え、俺たちは先に進むしかない。

 通路は真っ直ぐに延びて、そのままフランヌのいる場所まで繋がっているようだ。


 他の魔物たちはいない。あとはエリアボスのみ、というわけだ。途中で狭い安全地帯がひとつだけあり、ゲーム上ではここで最後の休息とセーブができるようになっている。

 さほど疲弊していない俺たちはそこで【キャンプ】を張らずに、そのまま先を急いだ。


 すると明らかに暑くなってくる。空気が熱気を帯び始め、汗が流れた。


「これ、なに? この先って……」

「最終ステージは、確か溶岩の湖だ。戦うときは落ちないよう気を付けろよ」


 俺はマリアに忠告する。


「お前ほどのHPがあれば何度か耐えられるだろうが、溶岩を浴びると大ダメージだぞ」

「あー、あのステージだね! イメージボードで見たことあるよ」

「ひっ! 溶岩の湖とか、そんなのがあるのですか?」


 萎縮したのは女神だった。思わず羽ばたき飛び上がるが、片側だけとなった3枚の翼では維持できず、へろへろと落ちてくる。


「わ、わたくしはなるべく、近づかないようにしないと……!」

「そうしろ。どうせ邪魔だ。なんならここで待っててもいいんだぞ」

「うっ。そ、そういうわけにはいきませんわ!」


 通路に置いていこうとしたが、女神は頑固だ。


「確かにわたくしは堕神となり、力の大半を失いましたわ。でも、クライ。あなたをこの地に呼び出したのはわたくしなのです! その行く末を見守ることこそが、わたくしの使命ですわっ」

「さすが! 女神様だねー」

「素晴らしいです、女神様は!」


 うんざりする俺とは違い、マリアとポルテはもてはやす。

 好きにしろ。バトル中に死んでも本望だろう。なんなら蘇生魔法でポルテのように、従順な奴隷に変えてもいいか。あの巨乳だけは堪能するに値するものだしな。


 ……そうこう考えているうちに俺たちは、通路の果てに辿り着いた。

 その先にあるのは、赤々と照らされている大空間だ。

 まだ足を踏み入れてもいないうちから、いっそう強い熱気が肌を焼き、さっそく全員がそろって【3ダメージ】【2ダメージ】【4ダメージ】【3ダメージ】と熱波にやられる。


「きゃあっ!? これ……暑すぎますわー!」

「こんなの序の口だ」


 女神が騒ぐが気にせず、俺はダンジョンマップの導くままに、フランヌの光点輝くその場所へと真っ先に飛び込んだ。


 そこは予想通り、燃えさかる溶岩に彩られた空間だった。

 ぼこぼこと爆ぜる灼熱の湖が、巨大な円を描いて存在していた。溶岩の上に浮かぶのは足場となる、たゆたう無数の岩の板だ。足場は一所に留まらず、ときには浮き沈みもしている。ゲームらしい光景だが……リアルで見ると、その迫力に圧倒されるな。


「ちょっと、これを渡っていくわけ?」


 マリアが拭った汗は、暑さのせいだけではないだろう。


 ……その直後、湖岸に出た俺たちの真後ろで大きな衝撃音が轟いた。


「ああーーっ!? ご主人様、岩が……!」

「なんてこと! 出口が……閉じ込められましたわ!?」


 ポルテと女神が、いきなり落ちてきて退路を塞いだ巨岩に絶望する。

 慌ててポルテが取り付くも、巨大なトラックほどもありそうなその岩石は、ドワーフ族の力でもびくともしない。


 どうせ無理だ。逃げることは許されない。『エムブリヲ』ではそうなっている。


「落ち着け。ボス戦だ」


 ほら、と俺は溶岩の湖の中央を指し示した。


「このダンジョンのエリアボスを倒すまでは出られない、そういうことだ」

『ゴボアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


【ヨルムンガンドが現れた!】


 溶岩の水面が激しく沸き立ち、そこから身をもたげた巨大な生物が出現した。伝説の巨蛇の幻獣「ヨルムンガンド」の名を冠した、黒い岩に覆われた巨体を持つ魔物だ。


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【巨獣ヨルムンガンド】LV160

HP:49000/49000

MP:????/????

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「ヨルムンガンド!? そっか、こいつがダンジョンのボスってわけね……って、でかい、でかいよー!」


 マリアがおののいたのも当然か。巨蛇の魔物の外見は、あのワームにそっくりだ。いわば岩の皮膚を持つ太い触手、といった様子である。

 しかしそのサイズは圧倒的で、太さは電車より大きいか。さらに、ドーム状に中心が一番高くなった天井すれすれまで届く巨躯を持っていた。


『ゴボアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 裂くように開いた先端の大口から、巨蛇は咆吼を轟かせる。それだけで熱気と溶岩が揺らぎ、俺たちはまた【2ダメージ】【3ダメージ】と消耗させられた。


「あれは……あんなものまで、この地に復活していたなんて!」


 巨乳の谷間に汗を落として女神がたじろぐ。


「邪神直属の配下ですわ! ああっ、確かにこれほど強大な魔力なら、他の魔物を育てることも可能ですわ……!」

「育てる? へえ、そうか」


 モンスターネストといい、なるほどと俺は腑に落ちる。ここは魔物を増やすには絶好の巣というわけだ。だからこそゼロもここを拠点にし、ウェスタ王国へと魔物を侵攻させたのだろう。しかし、そのゼロは?


「他に敵、いないですかっ?」


 円い盾とショートハンマーを構えるポルテも、そこに気付いたようだ。


 おかしい。そう言えばフランヌの姿もない。間違いなくここにいるはずなのだが……。


『勇者ご一行様到着、というわけか。やれやれだね』


 すると大空間に、俺たち以外の者の声が響いた。


「……ゼロ!」


 相手の名をマリアが呼ぶ。


 けれども違和感があった。それは口調こそゼロのものだが、明らかに男のものではない。女の、それも聞き覚えのある声だった。


『この女を餌にすれば勝手に飛び込んでくるだろう、とは思っていたが。ここまで早くやって来るとは僕も想定外だ。さすがは勇者というところかな』


 巨蛇の頭が俺たちへと向けられる。

 ぱくりと開いた大口の中に、なんと裸の女が呑まれていた。


 あのつぎはぎだらけの肌に、白い髪は……フランヌだった。しかし巨蛇に食われている最中ではないようだ。その姿は上半身のみとなり、腰から下が存在しない。

 いや、明らかに巨蛇の舌に埋まっていた。融合しているのか?


 そしてそのフランヌが、ゼロの言葉を語っていたのだ。

 つぎはぎのある顔を、明らかに苦痛に歪ませながら。


「な、なによ……なによ! これえーーーーーッ!!」


 マリアが悲鳴に近い声で叫んでいた。

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