■第7話 戦士ポルテ(4)
●4
マリア1人ではどうにもならないときは、意外と早くやってきた。
順調に下りていき、地下23層に到達した瞬間、とんでもない事態と遭遇したのだ。
【モンスターネストだ!】
「しまった!」
階段を下りきった俺たちの前に、そんな警告表示が現れる。
女神やポルテは意味がわからずぽかんとしていたが、さすがにマリアは青ざめた。
「ちょっと、今のって……まずいヤツよね?」
「ああ。忘れていたが、こういう罠{トラップ}があったんだ」
運{LUK}や素早さ{AGI}をいくら上げても回避不能な類である。
俺たちが降り立った23階層は、今通ってきた階段が消えてしまえば、壁のない異様に広い空間だけとなっていた。
「ここ、明らかにこれまでの階層とは違いますけど、どうなっているのですか」
さすがに女神が不安がる。
ポルテも盾とハンマーを手に警戒した。
「モンスターネストって、ご主人様?」
「ああ。その名の通り、このフロア全体が魔物の巣、ってわけだ」
ダンジョン内は最初から薄暗く、ずっと闇のオーラに包まれているような状況だ。
だが俺たちははっきりと、バトルが始まったことを感じ取る。薄闇に包まれ、遠くまで見渡せない大空間の四方八方から、いくつもの不気味な咆吼が聞こえてきた。
魔物の群に囲まれているのだ。そして連中は明らかに、テリトリーに侵入した俺たちに気付き、どんどんと近づいてきている。
「クライくん!」
「いちいち戦ってられるか。出口を探すぞ、マリア!」
この場に留まっているのは愚策だ。とにかく俺たちは下への階段を探すため、固まって移動を始めた。階層を下りてしまえば階段は塞がるため、どんなに魔物が多くても確実に振り切れるのだ。
だが、その階段がどこにあるのかはわからない。
『ガシャアアアアアアアアアアアアア!!』
逃げる俺たちの前に、闇の中から「髑髏サソリ」が飛びかかってきた。
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【髑髏サソリ】LV55
HP:5300/5300
MP:????/????
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大人より巨大な体を持つ、強固な外殻に覆われたサソリだ。もたげた尾の先端には毒針の代わりに、不気味な髑髏の頭がくっつき、俺たちを見てがたがたと歯を鳴らした。
「きゃあっ、このお!」
飛んできたサソリの巨大なハサミを、マリアが大剣で受け止める。そのまま一撃で【4804ダメージ】と、光の刃を食い込ませて髑髏頭を切り飛ばした。
サソリは大ダメージに怯むが、代わりに新たな魔物が姿を見せた。
ぐずぐずと崩れそうな巨体を引きずって現れたのは「マッドスライム」か。
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【マッドスライム】LV60
HP:9600/9600
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泥の塊が蠢いているようにしか見えないが、そいつがマリアを横から襲った。
「ちょっ……むぐうう!」
さすがの光の大剣も、巨大スライム相手ではままならない。【4943ダメージ】を与えるも、そのまま泥の体に巻き込まれた。
「勇者様が! クライっ、まずいですわーー!」
女神が叫ぶも、いちいち気にしていられなかった。また新手が来たからだ。
今度は「水晶クモ」の群だった。きらきらとした体を持つきれいなクモどもだが、拳ほどの大きさを持ち、わさわさと集団で押し寄せてくる。
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【水晶クモA】LV15
HP:265/265
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「ポルテがやるです! たああーーーーーーーっ!」
その水晶クモは数こそ多いが、ポルテがハンマーを振るえば【301ダメージ】【305ダメージ】【298ダメージ】程度で、次々に砕け散った。
【水晶クモFを倒した!】【水晶クモHを倒した!】【水晶クモQを倒した!】
しかしその後ろから、地響きを立てて「ストーンゴーレム」まで現れる。
『オオオオーーーーーーーーム!』
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【ストーンゴーレム】LV90
HP:18000/18000
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王都で戦ったアイアンゴーレムの下位種だが、大きさはそれ以上だ。立ち上がった体躯は天井すれすれまで到達し、俺たちを見下ろして虚ろな声を響かせた。
それだけでは終わらない。まだまだ無数の魔物どもが、逃げる俺たちを狙って湧いて出て来た。
「クソ……リアルなモンスターネストは、こうもやっかいか!」
いちいち出現時の表示が出ないため、どれだけの魔物がいるのかもわからない。
モンスターネストは冒険者を本気で殺しに来る罠だ。
「【成長促進{バースト}】!」
俺もリボルバーショットスタッフを手に、爆音を轟かせた。
だが6連続攻撃は使わない。杖の先端に仕込むのは、爆裂草の種ひとつだけだ。この程度の敵相手にもったいないからな。
【886ダメージ】【髑髏サソリを倒した!】
瀕死状態だったサソリが硬い殻をひしゃげ、体液を撒き散らして絶命する。
俺も反動で体から血を噴き出したが、もちろんすぐに【自動治癒{オートヒール}】で自己回復した。
【4796ダメージ】【マッドスライムを倒した!】
その頃にはマッドスライムの中から、光の刃を振るってマリアが飛び出してくる。
「ぺっ、ぺっ……うひい、気持ち悪かったああああ……!」
「勇者様、ご無事でしたか!」
マリアはスライムの残骸でべとべとだが、構わず女神が駆け寄って抱きしめた。
「よかったですわ~! どうなることかとっ」
「こんくらいでやられるようなアタシじゃないってば! でも、これ……超やばいよ、クライくん!」
「わかってる。戦っても消耗するだけだからな」
俺たちは走り、ようやく大空間の端にまで退避した。そそり立つ壁に行き当たる。
「よし、ここが地形の目印だ!」
薄闇に閉ざされているせいで遠くまで見渡せないが、それでも左右に延びる壁が真っ直ぐでないことはわかる。特徴的にせり出した部分が見て取れた。
そこを俺は頭に叩き込み、壁伝いに移動を始めることにする。
まずはこの大空間を一周する。それがモンスターネスト攻略のセオリーだ。だいたい出口となる階段は、ここから延びた通路を見つければ、その先にあるものだからな。
最悪の場合は縦横に、大空間を歩き回ってしらみつぶしに探すしかなくなるが……。
ともかく動き回るしかない。魔物どもが押し寄せてくる前に、俺は適当に方向を選んで進み出した。
もちろん邪魔は入る。ここはモンスターネストだ。
いきなり床が起き上がり、行く手を阻んだ。
『オロロロ~~~~~~~ン!』
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【動く壁】LV80
HP:25000/25000
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「あーもう! どきなさいよーーーー!」
マリアがさっそく飛びかかるが、「動く壁」は攻撃力こそ低いものの、防御力{DEF}とHPに特化した魔物だ。一撃、二撃では倒せない。
その間に俺たちの背後から水晶クモやストーンゴーレムが追いついてきた。
仕方ない。俺もリボルバーショットスタッフに爆裂草の種を6つ詰め込んで、動く壁の撃破に参加しようとした。
だが、そのときだった。
「ポルテ? そちらはダメです、どうしたのですか!」
女神がわめいた。いきなり1人、ふらりと壁際から離れたのはポルテだった。
「なに? おい、ポルテ!」
なぜ勝手な行動を? 俺は面食らう。
しかし呼びかけても彼女の足は止まらない。真っ直ぐにふらふらと、動く壁が出て来てくぼんだ床に降り立った。
あまりの無防備な様子に、俺は舌打ちしつつも思わず駆け寄った。
まさか魔物の魔法で、精神攻撃でも受けているのか? 白魔道士{ヒーラー}の俺なら【精神回復{マインドヒール}】の魔法で、正気に戻せるが。
「ここ……そうです、ポルテは、知ってるです。見覚え、あるですよ。同じです……!」
だがぶつぶつと呟くのはそんな言葉だ。
「追い詰められて、それで……ここで最後、潰されたです。でもその前に、階段が現れて、そこにポルテたちはうまく転がり落ちてっ」
「ポルテ? お前……」
突然、カチリと音がした。
それはポルテの踏みしめた真下から聞こえたものだ。瞬間、地面が大きく割れて、ポルテの小柄な体が呑み込まれる。駆けつけた俺も一緒に、だ。
「うおわっ?」
落とし穴の罠{トラップ}かと思ったが、違う。ポルテと俺を受け止めたのはなんと、段差だ。床が落ち込む形で出現した、階段だった。
……隠し階段だったのか。
そう認識したときには階段を滑り落ち、俺たちは下層に2人で転がった。
そしてすぐに、轟音とともに階段が元通り消えていく。
「ああーーーーっ!? クライ、ポルテ!」
「嘘おっ? ちょっと……!」
女神とマリアの声が聞こえたが、それも階段が天井の穴を塞いでしまえば届かなくなる。たぶん2人も慌てて駆けつけたようだが、間に合わなかった。そして隠し階段は、二度は機能しないらしい。
「これは……分断された?」
あるのか、こんなこと。俺はマップを表示させる。それはダンジョンに入ってしまえば、立ち入ったぶんまでをオートマッピングしてくれるものだ。
だが自分のいる階層しか見ることはできない。
【地下24階層】と記されたここにある光点は、俺とポルテを示すふたつだけだった。
「ごめんなさいです、ご主人様あ。あの、でも……」
モンスターネストと違い、今度の階層は普通だ。ここからぐねぐねと10メートル幅の通路がいくつか延びている。
だがその様子を見て、尻餅をついたままのポルテが呆然とする。
「ポルテは、ここにも見覚えがあるですよ。……たぶん」
「お前、まさか……記憶が」
「は、はいです」
自分でも戸惑った様子ながら、ポルテはこくんと頷いた。
「いきなり、思い出したです。なんとなくですけども……!」
◇
少し待ったものの、やはり階段が再び現れる気配はない。マリアがあの大剣で床を切り刻んで追いついてくるかも、と思ったのだが……そういうわけにもいかないらしい。
まさか、あのまま魔物に囲まれてやられるほど弱くはないだろうし。
……女神は、どうだか知らないが。
あの巨乳は残念だが、シルヴィーナが倒れても別に俺は困らないか。
「こっちに安全地帯があるはず、です」
だから俺はポルテが案内するままに移動した。少し進めば、確かに女神の小さな石像が置かれた、清浄な光に包まれた空間に出る。
「ありましたです! やっぱり……!」
「本当にポルテの記憶が戻ったのか」
「はいです、間違いないですよ!」
自分でもまだ戸惑っているようだが、ほぼ立方体の形をした安全地帯の形状を確かめるように、ポルテが見回す。
少し狭い空間だが、これまで足を踏み入れた安全地帯とそう雰囲気は変わらない。地面の半分は厚い苔に覆われていたし、壁には腕より太く成長したツタ植物が絡みつき、あの青い鬼灯のような「ランタン豆」の実がいくつか見つけられた。
だがそれ以外のものをポルテが発見する。
「あっ。……これは」
屈み込んだ彼女が拾い上げたのは、苔の中に埋もれていた革袋だ。
【28Gを手に入れた!】
しょぼい金額が表示された。どうやらここまで到達した冒険者が落としていったものらしい。つまり、ここで果てた者がいたという証だ。
そして今まで他の冒険者が、ここまで下りてこられたこともなかったらしい。
他にも革袋はまだ落ちていて、さらにドロップアイテムまで放置されたままだった。
それは虹色に塗られた、八角柱の形をした、いわゆるくじ引きの筒だ。
「まさか、レアアイテムの『ミラクル御神籤』か?」
「……たぶん、そうです。あうううっ! やっぱりここに、ポルテの仲間がいたですよ!」
【ミラクル御神籤(0)を手に入れた!】
ポルテが拾い上げればレアアイテムがゲットできたが、0という表示は……くじ引きの中身が空を示すものだ。
レアアイテム「ミラクル御神籤」はその名の通り、引けば奇跡を起こせるものである。
ただし効果はランダムで、何が起きるかは使ってみるまでわからない。
中身を使い切っても、大量のG{ゴールド}と引き換えに補充ができるから、持っていても損はないアイテムだが……。
「これはポルテたちが最後に使ったアイテムです! 上のモンスターネストでみんな、深手を負ってここでキャンプしたですけど……食糧が尽きて、ST{スタミナ}が切れたです。ランタン豆も植えたですけど、育つのを待ってる余裕もなくて……」
なるほど、と俺はここに残るランタン豆の実を見て納得する。あれを覚えていたのはそういうわけか。
「だから最後の最後に、これに賭けたですよ。でも」
手の中で【アイテム】ボックスに収用され、消えていったミラクル御神籤を見つめながら、ポルテが大粒の涙をこぼした。
「みんなのGを使い果たしても、食糧は出てこなくて。この階層をうろついて、魔物を倒して必死に稼いだぶんをつぎ込んで、やっとのことでダンジョン脱出アイテムを出したです! でもそのときには、生きてたのはポルテだけだったです……う、うううっ!」
それでポルテ1人がここから脱出できた、というわけか。
そしてここにはまだ、3つのGの革袋が残っていた。
パーティは5人までで、さっきポルテが拾った革袋を入れれば4人ぶんだ。
ポルテ以外がここで息絶えた証だった。
「ご主人様あああ!」
ポルテがたまらず俺に抱きついてきた。白いローブにすがりつき、わんわん泣く。
……コミュ障の俺は突っ立っていることしかできなかった。
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