■第7話 戦士ポルテ(3)
●3
「またこれえ~? もー!」
渡したゼリー飴を舐めるマリアが、絨毯のごとく一面に茂る苔に寝転んで、不満顔をする。確かにぐちゃぐちゃとした舌触りは、あまり心地のいいものではないが。
「ST{スタミナ}値の回復量は35%だぞ。高くはないが、こう見えてそこそこ使えるアイテムだ。それに味も悪くないだろ」
ほら、と隣を指し示せば、そこに恍惚の表情で飴を頬張る女神がいた。
「んふ~~~♪ 甘いですわああああ♪」
安全地帯に満ちる穏やかな光のせいもあるが、本当に幸せそうだ。背中の翼がいちいち嬉しそうに羽ばたく。
「甘いもの大好きですわ! 人の子はなんて罪深い味をつくるのでしょう。ねえ?」
「ご主人様からもらったものは、なんでも美味しいです! ……んくっ?」
返事をしたポルテだが、そのはずみで飴を呑み込んでしまったらしい。
「あうう。もうちょっと、大事に舐めていたかったですよう~~」
「……いや、あのさ。そりゃ不味くはないけど、あんたって、こういう食生活でいいわけ? 数値はともかく、食べ応えがないって言ってるのよ」
マリアも飴を食べ終えて、ビキニアーマーから覗く剥き出しのお腹をさすった。
「そもそもこれ、アタシが働いた報酬のヤツでしょ? 他にも持ってるの知ってるんだから! せこい、せこいよ!」
「俺が嫌がらせでしてると思うのか? 節約だ、これは」
「へ? そうなの?」
「当たり前だ。この手の大規模ダンジョンでやばいのは、ST{スタミナ}切れで死ぬことだからな」
「あっ、それは」
マリアもようやく理解したようだ。たとえ勇者でも、餓死だけは避けられない。攻略するまで地上へ戻れない状況ならなおさら警戒すべきことだ。
「もちろん、食糧補給の手がないわけじゃないが……。うん、たぶんこいつだな」
俺は飴を食べる代わりに、安全地帯の隅っこに生えた、小さな実をもぎ取った。
岩肌に張り付くツタ植物のつけた、鬼灯のような形をした青い果実である。
【ランタン豆の実を拾った!】
半透明な皮を剥いてかぶりつけば、味はまともだ。生だが豆というだけあって、確かに豆類に似た風味がある。一粒はそれよりずっと大きいが。
しかしST値の回復量は【ST△{プラス}15%】と、ぱっとしない。
「それ、食べられるのですか!」
慌てて女神が飛んできたが、ここになっていた実はひとつだけらしく、辺りを見回しがっかりする。
しかし、はっとして起き上がったのはマリアだ。
「ランタン豆って、そっか! その、種!」
「さすがに知ってたか」
ぷっ、と俺は口から丸い種を吐き出した。
豆なのになんで種が? という感じだが、知るか。種は手のひらに落ちる前に、自動的に【アイテム】ボックスが展開し、そこに取り込まれて消えた。
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ランタン豆の種子×1
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こいつは食糧アイテムじゃない。
「地面に植えれば、短時間で成長してまた実をつける。なかなか見つからない代物だが、ひとつ持っていれば何度でも収穫できるから、いざというときには助かるな」
「すごいですっ。じゃあさっそく植えるですよ!」
ポルテが逸るが、待てと俺は制した。
「ここで栽培しても意味がないぞ、ポルテ。いくら短時間で実を成すとはいえ、その頃にはどうせ俺たちはさらに下に移動してるからな」
「あっ。……このダンジョンは、戻ってこられないですから……」
「無駄になる。こいつは本当に困ったときに使うアイテムだ」
「ごめんなさいです……ご主人様」
「いえ、ポルテの提案も一理あると思いますわ! 本当にちゃんと実がなるか、確かめる上でもここで植えて、少し待ってみてはいかがかしら?」
ねえ? と女神が俺を見つめてくるが……こいつめ。
「シルヴィーナ。お前が食べたいだけだろう」
「ふえっ? そ、そんなことはありませんわ! ただ、あの、味見をわたくしがしてもいいのですよ……?」
本音がだだ漏れの駄女神に、俺もマリアも苦笑した。
だが1人、ポルテが膝を抱いたまましゅんと肩を落としていた。
「ポルテ、どうした?」
「…………。ポルテは、役立たずです」
「ん? 今のことか。いちいちこの程度のことで落ち込むな」
「違うです。ご主人様のこと守るって、ポルテは誓ったですよ。でもぜんぜん活躍できてないです!」
ポルテはツインテール頭を振ってわめく。
ぎょっとするのはマリアだった。
「えっ? もしかして、アタシのせい? ごめーん! 1人でばっかり戦っちゃって」
「勇者様は悪くないです! でもあんな戦いっぷりを見せられると、思い知らされるです。ポルテが……弱いのが」
はああ、とポルテが溜息にまみれた。
「勇者と比べるのが間違ってるだろ」
レベルが違いすぎる。ウィンドウで呼び出せば、簡易ステータスの比較でも明らかだ。
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【勇者マリア】レベル200
HP:8000/8000
MP:4000/4000
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【戦士ポルテ】レベル37
HP:735/735
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「でも、でもでも! こんなのじゃ、ご主人様の側にいる資格、ないです! 力もなくて、知識もなくて……ポルテは、ポルテはっ」
いきなりポルテがぼろぼろと大粒の涙をこぼした。
俺は固まる。こっちはコミュ障だぞ? マリアが何とかしろとばかりに目配せしてくるが、知るか。泣いてる女を前にして、どうしたらいいんだ。
「そんなこと、ほら。戦闘で役に立ってないのはわたくしも同じですわ?」
代わりにえへんと胸を張り、巨乳を無駄に揺らしたのは女神だった。
「ですからポルテも、そう気にしなくたって……」
「そんなことないです! 女神様は、こうして安全地帯を見つけたりと、けっこう活躍してますです!」
「ええっ? あら、そうでしたっけ」
「はいです。だから……役立たずはポルテだけです」
「もうっ、そんなに泣かないでよ! ポルテちゃんー!」
マリアがポルテを引き寄せて、小柄な体を抱きしめた。
それでもドワーフ娘が泣き止むことはなかったが……。
「弱い、ですか。でも……わたくしの神殿に運ばれてきたときは、生命活動は停止していましたけれど、ポルテのレベルはもっと高かったように記憶していますわ」
ぽつりと漏らした女神の言葉で、俺たちは息を呑んだ。
「なに? シルヴィーナ、それは……」
「ほ、ほんとですか! ポルテ、強かったですか?」
「えええ、どういうことよ?」
「ちょっと皆さん、一斉に話しかけられてもっ。ええと、たぶんですけどね。わ、わたくしもちゃんと覚えてはいませんから」
女神は気休めとして言っただけかもしれないが、俺はある種、納得する。
「そうか、ポルテは俺の蘇生魔法のせいで『エムブリヲ』の転生システムから外れた存在になったからな。属性も『?』のままなら、確かスキルも大半が『?』状態だ」
「ちょっと! つまり、バグってるってこと? あんた、女神様だけじゃなくって、ポルテちゃんにもそんなこと!」
「うるさいな。知らなかったのか?」
気付いてなかったマリアにきつく睨まれるが、今更だ。
「そんなことより、つまりポルテの『?』が埋まれば……欠損した過去の自分を取り戻せれば、ステータスは上がるってことか」
「それは……。わ、わたくしがしたことではないですから、なんとも」
女神は返答に困ったが、可能性としてはあるかもしれない。
「ポルテの、過去……?」
胸当て越しに、ポルテはぺったんこの胸に触れた。
「昔の記憶を思い出せれば、ですか? そうすれば強くなれるんですか、ポルテはっ」
「そうなるな」
……できるかどうかは知らないが。
「一応、ポルテちゃんの設定としては、確かドワーフのパーティにいたのよね」
するとマリアが唐突に言った。
驚きにポルテと女神が目を見開くが……そうか、マリアはイラストレーターとして、NPCとしてのポルテをデザインしたんだったな。
「勇者様って、ポルテのことご存じなんですか!」
「まあ! さすがは勇者様ですわ!」
「え、えーと。そんなに詳しくはないんだけどね? 設定はアタシの担当じゃないし、でも仕様書には目を通したことがあったから」
「他にはなにか、ないですか? ポルテのこと、もっと!」
「うーん。どうだったかなあ」
マリアもさすがに記憶が怪しいようだ。思い出せずに「ごめん」と最後は謝った。
しかし思いもかけず、ポルテには刺激になったらしい。
「ドワーフの、パーティ……。昔のポルテには、仲間がいたですか」
いつの間にかポルテの口元に、小さいが笑みが宿っていた。
「そう言えば、ご主人様! ポルテ、さっきの植物の実、見覚えあったかもです!」
「ん? ランタン豆か?」
「はいです!」
「ふうん。ダンジョンなら希にだが、見かける実だからな……」
「今のポルテにはそれくらいしか思い出せないですけど、ドワーフの仲間の誰かと出会えれば、自分のことちゃんと思い出せるかもですね! ご主人様あ」
「まあな」
確かに、何かしらのイベントが起きるかもしれない。それくらいなければポルテの『?』が埋まることはないだろう。
ただ、俺は少し引っかかるものを覚えていた。本当にどうにかできるのか?
ポルテの存在は、あくまで『エムブリヲ』の「規格外」のはずだ。
その証拠にフランヌを生き返らせたときには、同じような記憶障害が起きなかった。
蘇生魔法の影響というだけじゃない。ポルテというNPCはあくまで『エムブリヲ』では、本来ずっと死体のキャラなのだ。
「うんうん、きっと大丈夫だよ。ポルテちゃん! いつか過去を思い出せて、ばっちり活躍できるってば!」
マリアはそこに思い至らないようで、笑顔でポルテの頭を撫で回した。
「それに記憶が取り戻せなくても、アタシ1人じゃどうにもならないときが来るかもだし。相手はあのゼロだからねー。そのときは一緒に戦ってよね、ポルテちゃん!」
「はいです! ご主人様のためにも、頑張るです!」
まあいいか。俺はいちいち水を差さない。ようやく泣き止んでくれたしな。
「そうです、ポルテ! 選ばれし冒険者とは、その強さで決まるものではありませんわ。世界を救うために立ち向かう、不屈の心意気にあるのです!」
なぜか女神が俺の横で、はらはらと鬱陶しい涙を流していたが。
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