■第7話 戦士ポルテ(2)


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 休息の【キャンプ】を何度か張りながら、馬車は丸3日も街道を北へと突き進んだ。


 その間一度も、誰とも遭遇しなかった。魔物の大群が押し寄せた直後ということもあるのか。行商人や冒険者の一行はまだ、この道を使えずにいるらしい。

 森の中を切り開く、整地の施された立派な道だが、あちこちに魔物が通った痕跡が残っていた。木々は折れ、時折大きな足跡があり、それが人を寄せ付けない雰囲気を放つ。


 たぶん、姫からの依頼を果たしてウェスタ王国に平穏が戻るまではこのままか。

 しかしこんな荒れ果てた状態のフィールドなら、魔物との遭遇確率は跳ね上がるのだが……俺たちはそちらとも出くわさない。


「……やっぱり、不気味なくらい静かだねー」


 馬にもHPとST{スタミナ}値があるため、日暮れにもなれば馬車を止める必要があった。


 巨大な繭の内側に作られたという設定の『エムブリヲ』にも、2つの月が現れる前には、空が燃えるように赤くなる。

 その茜空を見上げながらマリアが呟く。


「邪魔が入らないのはいいけどさ。でも」

「ああ、『エムブリヲ』の普通じゃないな」


 俺も違和感を覚えていた。馬車での移動時は、速度が上がるために魔物と鉢合わせする回数がぐっと減る。しかしゼロにはならないはずだ。

 また、こうして馬車を止めてしまえば、テント代わりに車輌を使っても普通の【キャンプ】と変わらない。


「ではポルテがいつもみたいに、見張りに立ちますですっ」


 ポルテがマリアのいた御者席に陣取った。街道脇なんかでこうして無防備に【キャンプ】をしていると、大抵は襲撃を受けるものだからな。

 しかし、NPC{ノンプレイヤーキャラクター}であるポルテは当たり前のように毎回警戒を続けるが、やはり一度も休息時に襲われることはなかった。


「ゼロが緊急バトルミッションを無理矢理引き起こしたとしたら、その反動なのか?」


 それくらいしか思いつく理由がない。確かにあの緊急バトルミッションに投入された魔物の数は、俺がこれまでゲーム内で知るどのイベントより多かった気がする。

 そもそも普通、「闇落ち」して邪神側についたとしても、魔物どもを使役することなんてできない。イベントを引き起こせるのは運営側だけなんだからな。


 それができるのは、ゼロが『エムブリヲ』の管理権限まで持って、このゲーム内に来た……ということか。


「『エムブリヲ』のルールは絶対だが、俺の知ってる『エムブリヲ』じゃなくなってる?」


 馬車内に戻った俺は、思わず言葉を漏らした。

 一緒に入ってきたマリアが表情を強ばらせる。


「それ、どういうこと? クライくん!」

「……引っかき回されてるってことだ。あのゼロにな」


 マップを呼び出せば、フランヌの光点はちゃんと残っていた。

 まだ気付いてはいないらしいが……。


「た、確かに、開発側のアクセス権限を竜ヶ崎零一は持っていたけど……でもゲームの中から、どうやって?」

「知るか。できるように計画してたんだろ」


 俺の『エムブリヲ』を、ある程度いじれるってことか。クソが。


「う、うう~ん……。クライ~、そっちはわたくしのご飯ですわ……ううう」


 すでに馬車のシートをひとつ占領し、熟睡していた女神がむにゃむにゃと寝言を吐く。

 ……こいつを見てると、腹を立てるのもバカらしくなってくるな。



          ◇



 ともかく先へ進むしか手はなく、俺たちは引き続き街道を馬車で進んだ。


 やがて、途中で脇道を発見する。

 それはたくさんの魔物が通った跡と思しき、木々がなぎ倒されてできたものだ。


「こっちだな」


 俺はマップを確認して、馬車を操るマリアに指示する。

 どうやらその先が、しっかりと光るフランヌの位置に繋がるようだ。


「ゆっ、ゆゆゆ、揺れますわああ! あうう!」

「ご主人様! ポルテにしっかり掴まるですよ~!」


 脇道は魔物どもの足で踏み固められていたが、街道よりはでこぼこしていて馬車内は大混乱だ。俺はポルテと女神にしがみつかれ、辟易する。

 それでも慣れてきたときには、馬車が止まった。


「クライくん! ねえ、これって……!」

「着いたのか」


 御者席から呼びかけるマリアに、俺は察した。

 マップに輝くフランヌの光点と、俺たちを示す光点とがほぼくっつき合っている。


 馬車を降りれば、御者席の上からマリアが正面を指し示した。


「見て。あれ、地下への入り口じゃない?」


 彼女の言うとおり、そこには遺跡のような柱がいくつか建っており、その中央にぽっかりと四角い穴が開いていた。

 近づいてみれば確かに、その中に下に向かう石組みの階段があった。


「なんて、巨大なっ」


 女神が階段のサイズに目を見開く。

 確かに横幅は10メートルほどもあるか。下りていく空間の高さもそれくらいあり、なるほどアイアンゴーレムといった巨大な魔物も、ここから這い出てこれそうだった。


「なるほどな。ここが魔物の巣、ダンジョンってわけだ」

「ダンジョン!? こんなところに……」


 マリアが入り口の縁に立ち、闇の中に没する階段の果てを見下ろした。


「ここに、ゼロは隠れてるってわけね!」

「だろうな。しかし、このダンジョンは……?」

「どうしたですか、ご主人様?」


 言いよどんだ俺の様子に、側に張り付くポルテが勘付いた。


「やっかいな類だ。こんなところを根城にするとは、俺も思い至らなかったはずだ」

「クライ? なにかご存じなのですか?」

「お前は知らないのか、シルヴィーナ。こいつはたぶん、移動型ダンジョンだ」

「い、移動型!」


 息を呑むのは女神だけじゃない。ポルテもマリアも顔を見合わせた。


「つまり、ダンジョンにはいくつか種類がある。無駄に広大な大規模ダンジョンとか、中の構造が入るたびに変わるランダムダンジョンとかな。こいつは定期的に出現場所が変わるタイプのダンジョン、ってわけだ」


 そのとき出くわさなければ潜ることのできない、レアなヤツだ。

 俺も『エムブリヲ』では二、三度しか遭遇したことがない。難易度も高くて、攻略に失敗したこともあるが……。


「勝手に移動するからな。確かに、隠れ家とするには便利か。まあいい、見つければこっちのものだ」


 潜るより他にない。俺は【アイテム】ボックスを展開し、馬車を馬ごと格納した。

 帰る足が消えたことで皆、表情を引き締める。


「やるですよ!」


 ポルテがハンマーを握り、俺が旅立つ前に追加で装備させた「ラウンドシールド」を呼び出した。円形のフリスビー程度のサイズだが、王都で手に入る最上のものだ。彼女の鎧より防御力{DEF}は上である。


「しょーがない。また移動したら大変だしね、がんばりますか!」


 マリアも大剣を構えた。


「ええ、皆さん! わたくしも、常に後ろで無事を祈りますわ!」


 女神はさっと一番後方に回った。こいつ、いらないんだがな……。


「な、なんですか、クライ? その顔!」

「……言いたいことはわかるだろ」

「わかりますけど! どうせわたくし、お役に立つことはないですけれど~~!」


 まあ、背後からの奇襲を受けたときには騒いでくれるか。


「じゃあ先頭はマリア、お前が行け」

「ええっ? ちょっと、女の子にそんな危ないポジション就かせるわけ?」

「白魔道士{ヒーラー}の俺が先陣を切るのもバカだろ」

「うー。そうだけどさー、クライくんって……モテないよね!」


 不満げなマリアだが、パーティリーダーである俺には逆らえない。しぶしぶといった態度で階段を下りていき、俺たちも後に続いた。


 リアルでモテたことはないが、『エムブリヲ』の中では女に困ったことはないけどな。




          ◇


「とああーーーーーーーーーっ!」


 さすがにダンジョンの中だ。辿り着いた地下の階層で、さっそく魔物と出くわした。


 そこは岩肌を乱暴にくりぬいたような通路が入り交じる場所だ。天井までの高さも横幅も、やはり10メートルくらいある。あちこちに埋まるのは水晶のような鉱石で、それがぼんやりと緑色に輝いて、地下空間を照らしていた。

 その明かりを遮るように、いくつものうねる影が現れたのだ。


 巨大なミミズを思わせるそいつらは、土の中に身を隠す「ワーム」だ。一体がどれも人の足ほどの太さがあり、2メートル近い長さの体をくねらせて襲いかかってくる。

 それを迎え撃つのはもちろん、先頭にいたマリアの剣だ。


「えーーい! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いーーっ!」


 情けない声を上げつつも、光り輝く大剣を振るえばワームは次々に寸断された。


【4855ダメージ】【ワームBを倒した!】

【4901ダメージ】【ワームGを倒した!】

【4876ダメージ】【ワームAを倒した!】


 ……相変わらず勇者の強さは半端ない。青い体液をぶちまけながら、ワームがすべて肉片とCP{コストポイント}に変わるまで、そう時間はかからなかった。


【ワームの群を倒した! 戦いに勝った!】


「ふいぃぃぃ……。あー、グロかった!」

「す、すごいですわ! たったお一人で……!」

「ポルテも、出番がなかったですよう」


 1人で片付けてしまったマリアに、女神もポルテも感心するばかりだ。


「楽でいいな。さすがチート職だ」


 ワームの素早さ{AGI}が低く、動きが鈍かったのも幸いした。普通はあれだけの数になると、どうしても1人では持て余すからな。


「この調子で頼むぞ、勇者様」

「なによ。ちょっとはサポートしたらどう? 白魔道士{ヒーラー}くん!」

「そうだな。白魔道士{ヒーラー}らしく、やばくなったら【小回復{リトルヒール}】くらい使ってやるさ」

「ふんだ!」


 マリアはいーっと歯を剥いた。


 しかし以降も何度か戦闘があったものの、マリア1人で事足りる。


「ええい、邪魔あっ!」


 スキルを発動させるまでもない。「殺人キノコ」に「毒スライム」や「闇コウモリ」と、レベル50から60程度の魔物の群が襲ってくるが、勇者の「光の牙」の前には無力だ。すぱすぱ斬られて、骸と化しては消滅した。

 CPとG{ゴールド}稼ぎにはいいが……それでもやっかいなのは、このダンジョンの広さだ。


「あそこ! ありましたわ、階段ですわ!」


 何度目かの下へと向かう階段を見つけ、女神がはしゃぐ。


 内部の構造は単純だ。こうして階層を下り続ければいい。

 やがて最深部に、ダンジョンの主であるボス級の魔物がいて、そいつを倒せば攻略だ。


 だがこの階層ときたら、いくつあるのか。


「ひーふーみー……これで地下14階層です!」


 階段を下りるたび、ポルテが指折り数えるが、まだ最下層には到達しない。


 さすがにうんざりするのはマリアだ。


「ちょっと、どれだけ深いの? このダンジョンって~~!」

「俺が覚えてる限りだと、たぶん30階層近くはあったはずだが」

「えええええ! やっと半分ってとこじゃない? はあ……」

「一度足を踏み入れれば、もう戻ることはできないしな。高難易度のダンジョンだ」


 振り返れば、俺たちが今下りて来た階段が音を立てて天井に消えていく。

 最初は俺以外の連中は大騒ぎだったが、これがこのダンジョンの特性だ。転移系のアイテムや魔法なしに、引き返すことはできない。


「……街に戻るくらいなら、できるんだけどねー」


 【帰還跳躍{リターン}】を持つマリアが、恨めしそうに消えた階段の跡を眺めた。

 最後に自分が訪れた都市にのみ転移できる魔法だが、ダンジョン内では効力を発揮できない。『エムブリヲ』はそう甘くないからな。


 ……それでも、ただ難易度が高いだけが『エムブリヲ』ではなかった。

 3枚だけとなった女神の翼が、唐突にばっと開く。


「あっ! あちらですわ!」


 その反応で女神が、複雑に入り組む通路のひとつを指し示した。


 役立たずかと思っていたが、意外と女神には使い道があった。そちらへと足を向ければ、すぐに他とは明らかに雰囲気の違う場所に出る。

 行き止まりの空間だが、そこは清浄な白い光に満たされていた。地面に置かれているのはなんと、六枚の翼を持つ白の女神シルヴィーナを象った、小さな石像である。


 ここは階層には必ずひとつ存在する、「安全地帯」だ。


「ふうっ! やはり落ち着きますわあああ」


 さっそく女神が文字通り羽を伸ばした。

 俺たちもほっと一息吐く。ここに魔物は立ち入れないからな。


 ここまで潜ってきた冒険者が残したもの、という設定で、石像がこの場所に女神の加護をもたらしているのだ。つまり安全に【キャンプ】を張ることができる、ゲームで言うところの「セーブポイント」のような場所だ。

 マリアの活躍のおかげで俺たちは消耗していないが、それでもST{スタミナ}値の回復はしておかなければならない。


「飯にするぞ」


 俺は【アイテム】ボックスを開き、食糧アイテムを呼び出した。

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