■第7話 戦士ポルテ(1)


●1




 ともかく、俺とマリアは手を組むことになったわけだが。


「肉体をデータ化する、新世代VR……。つくづく、いったいどんな原理なんだ、それ」


 王城の植物園のベンチから腰を上げ、ついぼやく。

 リアルに体感させられているから否定もできないが、信じがたい話だ。


「単なるイラストレーターのアタシにわかるわけないでしょ?」


 苦笑いしながらマリアも勢いよく立ち上がる。


「というか竜ヶ崎零一以外誰も理解できなくて、『エムブリヲ』内に志願者のアタシが送られることになったんだってば。ほんと、驚異的な技術で……ノーベル賞確実って話らしいよ? 確かに、データに変換されてるはずなのに、すごくリアルだもんね」

「ああ。セ※※スも」

「う、うるさいってば、もうー! ……でもその正体が『肉体ごと取り込む』なんてもので、公表寸前で会社内は大騒ぎになったのよ。そんな危ない技術、まずいでしょ?」

「……現実の、お前の体はどうなってるんだ?」

「へ? アタシ? そりゃ……消えてるんじゃないの。竜ヶ崎零一が、そうやってリアルから消えたようにね」

「そうか。なら俺も」


 ……どうなったんだ?


 俺はトラックに轢かれて死んだはずだ。そしてこっちに転生してきた。だからここが本当の異世界か、命が尽きる前に見る幻想かと思っていたのだが、どうにも違うらしい。

 しかしどうやって、公開前のVR版『エムブリヲ』に俺が紛れ込んだんだ。


 マリアの方はそのことを知らないようだ。


「知っているとしたら竜ヶ崎零一、ゼロか。あいつなら……」

「ん、なにが?」

「こっちの話だ。だがあのゼロが、その特別な技術の開発者か。どういう意図でこの『エムブリヲ』内に逃げたのかは知らないが、一応ゲームのルールには縛られるみたいだな」

「は? な、なんでそんなことわかるの!」

「あいつ、なぜ王城を襲撃させた? それは邪神側に立って、この世界を思い通りにしたいから……だと思うが。『エムブリヲ』はそういうゲームだろ? 黒の邪神は世界を破滅させ、自分の支配下に収めようとする。で、それを防ぐのが白の女神側ってわけだ」

「あ……それって! そっか、今は『エムブリヲ』が思い通りにできないから!」

「あいつはあくまでアップデート版の開発者で、『エムブリヲ』のゲームを作った側じゃない。いきなり城の地下にまで跳躍してきたが、たぶんあれは手下のフランヌがいたからできたことじゃないか? パーティに組み込んでいたから、転移先に選ぶことができたんだ」


 そう、『エムブリヲ』は甘くない。

 いつでもどこでも転移できるような「ぬるゲー」じゃないんだ。


「でもなんで、竜ヶ崎零一はこの世界を手に入れたがってるのよ」

「あいつ、お偉い賞がもらえるほど頭いいんだろ。なら、そのうち追っ手がくることはわかってるはずだ。お前が来たみたいにな」

「っ! そっか、自分を守るため? それで」

「フランヌを作ったのも手駒を増やすためだろ。お前が『エムブリヲ』のクリアを試みるなら、妨害するのがゼロだ。だからフランヌも簡単に手放さず、連れ帰ったんだろう」

「……しかもアタシを見て、あっさり退いた。あれだけの力があったのに、無理をする気はないってことよね」

「まったく、頭のいいヤツだ。でも『エムブリヲ』について熟知はしてないようだな」

「へ?」

「フランヌを迂闊に連れ帰ったのは、悪手ってことだ。あいつはもう俺の支配下にあるんだからな。いや、フランヌの反応から考えると……正確には、ゼロとの支配が重複してるって状態か? まあ、どっちでもいい。大事なのは、これだ」


 植物園の出口に向かいながらも俺は、『エムブリヲ』のフィールドマップを呼び出した。


 白魔道士{ヒーラー}クライとしてはまだ白の神殿のあった山と、その西側に存在するウェスタ王国の領地くらいしか出てこないが、十分だ。

 その王国の北側の地に、ひとつの光点が現れていた。それは王国領土内の中央に位置する、この王都で輝く、もう少し大きな光と同じものだ。


「ほら見ろ。思った通り、気付いてないな。はははっ」

「なに、これ?」

「パーティ登録した相手の、位置情報だ」


 ソロプレイ専門だったから俺もうっかり忘れていたが、さっきゼロが王城まで転移できた理由を考えたとき、思い出した。

 ウェスタ王国の北で光る点は、俺のもとに下ったフランヌのものに間違いない。


「つまりここに、フランヌを連れ去ったゼロもいる、ということだな」

「ゼロの、転移先ってこと? す、すごい!」

「王都の北か。緊急バトルミッションで現れた魔物どもも、北からやって来た。そこがゼロの根城ってわけだ」


 だが俺の記憶が正しければ、地図上の位置には深い森しかなかったはずだ。緊急バトルミッションが始まる前に向かおうとしていた北の砦も、もう少し西側にあるはず。

 どういうことだ。いや、ゼロが何も考えずに身を潜めているだけなはずがない。


「ここに大量の魔物を発生させる巣でも作ったか。まあいい」


 行けばわかる。足がいるから、またアンジェリカにでも馬車の手配を頼むか。


 待てよ。『エムブリヲ』でのパーティ編成は5人までだ。勝手に加入する女神と、勇者マリアに……蘇生魔法で隷属化したポルテにフランヌ、そして俺で計5人になる。

 馬車を操れるアンジェリカを連れていこうにも無理か。


「……そうか、勇者なら」

「ん、なによ。クライくん?」


 本人に訊くより先に、俺はマップ表示を切り替えて、マリアのステータスを呼び出した。目を通すのは所有する【スキル】のリストだ。

 その中にちゃんと【乗馬】があることを確かめ、俺はほくそ笑む。


 こいつも勝手に仲間になったクチだが、せいぜい役に立ってもらおう。



          ◇



 城の中でアンジェリカを見つけるのはまた、いつぞやのゴルドラ探しのときのように手間取ったが、馬車の手配は簡単に取り付けられた。


「私も行ければよかったのだけれど……」


 悔しげに、今は騎士として王都を離れられないとアンジェリカは言った。

 やはりそうなるか。予想通りだ。もとより王都はゼロの登場により、いっそうの厳戒態勢に入った。騎士である彼女が城を離れることは不可能だろう。


「ともかく明日の朝一番に出立できるよう、馬車を用意しておくわ」


 ……かくして一夜明けた早朝に、俺たちは王都を旅立つことになった。


「ついに、今回の襲撃を計画した黒幕の居場所が判明したのですわね!」


 王城の正面玄関に、4頭の馬に繋がれた馬車が停まっている。

 そこに意気込んで乗り込むのは、ようやく二日酔いの抜けた白の女神シルヴィーナだ。


 こいつは……こっそり城に置いてくるつもりだったが、無理らしい。


「でもクライ! また禁忌の蘇生魔法を使ったとか……あなたって人はまったく、少しは反省したらどうですか!?」

「うるさいな」


 向かい側の席に座るなりやかましく噛みつかれ、うんざりだ。


「そのおかげで敵の本拠地がわかったんだ。目をつむっておけ」

「うっ。そ、それはそうですが……」


 しかしもう1人、急に女神より面倒になった相手がいた。

 昨夜からことあるごとに、俺にぴったりくっついてくるポルテだ。

 いくら小柄なドワーフ族とはいえ、ちょっと邪魔くさい。


「おい、ポルテ? いい加減に」

「離れないですよ? だってご主人様は、ポルテが守るですから!」


 どうやらゼロの襲撃時、俺の側にいられなかったことが悔しかったようだ。手を握って、指をしっかり絡めてくる。

 困る。俺はコミュ障だから、ここまでされると言葉に詰まった。


 そこまで警戒しなくとも、ゼロは俺のことなど歯牙にもかけていなかった。

 いきなり襲撃を仕掛けてくることはあるまい。……それにこっちの行動までは、さすがにわからないだろうしな。


 だからこそ早急に行動する。ウィンドウを呼び出してマップを確認すれば、まだフランヌを示す光点は存在していた。

 どうやら自分の居場所がばれたとは気付いていないようだ。勘付かれればフランヌを始末して、雲隠れするかもしれない。そうなれば面倒だからな。


「よーし! じゃあ、出発するよー!」


 御者席に座ったマリアが、馬の手綱を手にして告げる。馬車の外では居並ぶアンジェリカやゴルドラといった騎士たちが、見送りのため抜剣した。


「勇者殿と、白魔道士{ヒーラー}クライ殿一行に、勝利あれ!」

「女神様のご加護あれ!」


 ゴルドラが声を上げれば、他の騎士たちも続いた。そして馬車が動き出す。


「……どうかご無事で!」


 最後にはっきりと聞こえたのは、アンジェリカのものだったか。

 馬車の中から振り返るが、もう赤毛の女騎士の姿は小さくなって遠ざかる。城の敷地を出れば、まだ空が白む中、誰もいない街の通りを俺たちの馬車だけが走った。


 そのまま石畳の広場に到達し、北の城門までやって来る。

 昨日、マリアが作業をこなしたおかげだろう。破壊された城壁の修復はかなり進んでおり、残るは城門の扉だけという具合だ。だから開けっぱなしの北の城門の側には簡単な宿舎が建てられて、兵士たちが常駐していた。

 俺たちが通ることも知らされていたのだろう。城門の前からすぐに離れ、一礼する。


 その横を走り抜け、馬車は仮組みされた堀の橋を渡り、王都の外に抜け出した。


「また、必ず帰ってきましょう。クライ」


 遠ざかる、城壁に守られた王都を馬車から眺めながら女神が言う。


「当たり前だ」


 俺は失笑する。メイデル姫からの依頼も引き受けたままだ。

 このウェスタ王国での魔物の大量発生が、あのゼロの手によるものなら、片付ければ依頼契約も果たされるだろう。


 いや……何より俺はゼロに思い知らせてやりたいのだ。


 誰がこの『エムブリヲ』で、本当に最強なのかをな。

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