■第6話 キメラ巫女フランヌ(4)


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 城門の修復をしていたはずのマリアがここにいるということは、おそらく大急ぎで石材運びを片付けたのだろう。そして俺に文句でも言おうと、王城まで追いかけてきたところで爆発に遭遇した、という感じか。


 彼女は大剣を仮面の男に向け、眩い光の刃を纏わせた。

 一目でこいつを敵だと認識した、その判断の早さは悪くない。


「勇者様あ!」


 イオリが駆けつけた勇者の存在に涙を流した。


『……勇者、だって?』


 さすがのゼロも仮面の下で驚いたようだ。


『そんな職種{ジョブ}、このゲーム内にありはしない、と記憶しているけど』

「その、ギアと『0』をあしらったロゴの仮面……! 間違いないっ! アタシはあんたのこと、知ってるよ!」


 だがマリアときたら、なんだ?


「こんな序盤で遭遇できるとは思ってなかったけど! 見つけたよ……竜ヶ崎零一!」

『へえ、君は……』


 リュウガサキレイイチ? そう呼ばれてゼロが明らかに動揺し、突き出したままだった腕を下ろした。


『…………。その名はここでは相応しくないよ。ゼロ、とでも呼んで欲しいね。バグった僕の表示を見て、勝手にそこの飼い犬が呼んだ名前だけれど』

「ゼロ? ふん、どうでもいいよ。アタシはね、この広い『エムブリヲ』世界を止めるために、勇者としてここに送られてきたの! あんたがどこでどうやって、こっちに潜伏してるかわからなかったからね!」


 いったい何の話をしているのか、唐突すぎて理解が追いつかなかった。


 イオリやフランヌもついていけず、あっけにとられている様子だ。


「でも、直接こうして会えたのなら話は簡単よ。あんたを倒してゲームオーバーにする!」

『やってみろ。僕は……ここでは無敵だぞ。【爆炎{エクスプロージョン}】』

「【魔法障壁{マジックバリア}】ーーーーッ!」


 ゼロが魔法を放つのと同時に、マリアも魔法を展開していた。

 紅蓮の炎がまた地下を焼き尽くそうとしたが、立ちはだかったマリアの前に、金色に輝く光の障壁が生まれる。それは見事、魔法の炎を遮断してみせた。【0ダメージ】の表示が出る。


 【魔法障壁{マジックバリア}】は、転職{ジョブチェンジ}を繰り返した末に到達できる、光属性の頂点である「賢者」のみが使えるものだぞ?

 こんな高位魔法まで使いこなせるのか、勇者は。


 おかげでマリアの後ろにいた俺やイオリ、フランヌも炎に焼かれることはなかった。


『……跳ね返した、だって?』


 逆に、自らの炎を反射されて浴びるのはゼロの方だ。しかし片手で払い除けられただけで、爆炎は天井に開いた大穴から飛び出して、外の空気を焦がして終わった。


「って、なんでよー! 今のでノーダメージ? 嘘おっ!」


 マリアがわめくが、当たり前だ。攻撃魔法の類は発動者には牙を剥かない。


「まあいい、今度はアタシの番だよ! 【ブレイブフィニッシュ】! やああーーーっ!」


 スキルを発動させながら、マリアが焦げた床を蹴って高々と跳び上がった。

 天井の穴から一度、体が飛び出すほどの大跳躍だ。そして光の刃とともに、真っ直ぐゼロへと降下してくる。


『【転移回避{リープエスケープ}】』


 だが着地とともに光の刃が深々と抉ったのは、焼き焦げた石の床だけだった。

 一瞬でゼロの姿が掻き消える。魔法による、完全攻撃回避だと?


「きゃああああああああああ!?」


 直後、イオリの悲鳴が耳をつんざいた。

 転移魔法で消えたゼロはなんと、イオリとともにいたフランヌの前に出現したのだ。


『勇者か。厄介な相手だね。しかも僕の邪魔をするために、外から来た? まったく』


 その手が無造作に伸びて、俺の生やしたフランヌの腕を掴み取る。


「あ、あああっ……ゼロ、様……!」

『不良品でも手駒はあった方がいいか。帰るよ、僕の犬』

「クライ!」


 捕らえられていない方の腕を、フランヌが俺へと咄嗟に伸ばした。


 こぼれ落ちたのは彼女がずっと持っていた、俺の白いローブだ。

 隠していた裸がすべて露わになる前に、ゼロが『【長距離転移{ワープ}】』と唱える。


 ……現れたときと同じ漆黒の闇が口を開き、ゼロとフランヌを呑み込んだ。


「フランヌさあん!」


 イオリが叫んだときにはもう、【※%$#@が逃げ出した!】と表示が出ていた。

 仮面の男はフランヌをつれてあっさりと、この場からいなくなったのだ。


「嘘……に、逃がしたの?」


 床に根元まで埋まった大剣を引き抜いたものの、マリアは刃を向ける先を失い、立ち尽くす。


「転移魔法って、どこ行ったのよ。こんなの捕まえようがないじゃない! せっかくヤツを見つけたってのにー!」

「おい、いったいどういうことだ?」


 落ちた白いローブを拾い上げ、詰め寄るのは俺だ。


「ちゃんと語ってもらうぞ、マリア。もし嫌だと言うなら、またお前と依頼契約を結んでやる!」

「ええ? ……わ、わかったよ! あんたに隠す必要もないしさ。できれば……協力して欲しいし。勇者のアタシでも、あいつには簡単には勝てそうにないみたいだしね」


 マリアが承諾したが、そこに駆けつけてきた者たちが天井の穴からわらわらと顔を出す。城詰めの騎士たちだ。


「ご無事ですか!」

「いったいなにが……とにかく、ハシゴをっ」


 無残な有様の拷問部屋から俺たちを救出すべく、彼らはすぐに動き出した。


 同時に鐘の音が鳴り響く。緊急バトルミッション時と同じ、魔物の襲撃を知らせる警鐘だ。

 その音にびくりとするのはイオリだったが、きっともう戦闘はないだろう。


 そもそも今回のことは、バトルですらなかった。戦闘時に周囲を包み込む暗いオーラは、一度も発生しなかったからな。……それがあのゼロの異様さを物語っていた。


「イベントバトルだったってことか。それをただのプレイヤーが起こせる? バカな」

「ただのプレイヤーじゃないから、アタシが送られてきたのよ……」


 マリアが一言だけ漏らしたが、そこに上からハシゴが下ろされてくる。


 話の続きは落ち着いてからだな。ともかく俺たちは大騒ぎする騎士たちの手を借りて、地下から外に脱出した。



          ◇



 大騒ぎとなった王城はもちろん厳戒態勢に入る。


 フランヌが奪われたことは目撃者のイオリが説明に出向いたので、俺とマリアは早々に解放された。

 遅れて駆けつけたアンジェリカに、2人にしてくれと頼んだおかげでもある。


「部屋に戻ってはどう? 女神様もそちらで休んでおられるわ」


 そう提案されたものの、女神やポルテがいるのも邪魔くさい。

 だから俺はマリアをつれて、庭園から近い城の植物園に足を向けた。


 巨大な温室となったそこに今は誰の姿もない。管理人であるイオリが、姫のもとにまで行ってるからな。


「ここなら話ができるぞ、マリア」

「そうみたいね……」

「あの、ゼロとかいう仮面野郎は誰なんだ?」

「……竜ヶ崎零一。『エムブリヲ』を買い取ったゼロス・グループの、コンピュータ部門の1人だよ」


 温室内に設けられたベンチを見つけ、そこにともに腰掛ければ、マリアがようやく語り出した。

 ゼロス・グループ? それはヒキコモリだった俺も聞いたことがある。相当でかい外資系企業だったはずだ。


「ゼロス・グループは、いろんな産業を抱える大企業でさ、他部門で育てた技術を組み合わせて急成長してきたところがあるんだけど……アタシが知る限り、『エムブリヲ』の買収とアップデートもその一環に過ぎなかったみたい。新開発の次世代VR技術を、十数年続いた人気MMORPGに投入すればって感じかな。で、そのアップデートを手がけたのが竜ヶ崎零一ってわけ」


 ふ、とマリアが苦笑する。


「一目でわかったよ。だって、あの仮面……ゼロス・グループの企業ロゴまんまなんだもん。なんであんなの着けてるのかは知らないけどさ」

「ロゴ? ああ」


 ギアの形をした「0」か。

 確かに、俺もどこかで見たことがあった。ネットニュースの画像だろうか。


「で、さ。あんたもこうして体感してるからわかるとおり、投入されたVR技術ってのが、今までとは段違いのレベルだったの。ほら、こうして……まるで生きてるかのごとく、普通に動けるし、感じられるしね」


 マリアが自分のサイドテールにした青髪をいじった。


「匂いもあるし、味もわかる。それに、ええと」


 しかし急に赤くなった。ああ、と俺は察する。


「セ※※スもできるしな」

「う、うるさい! あれは忘れてよ! と、ともかく革新的だったわけよ! こんなのが実用化されたらほんとに、世界が変わっちゃうってくらい!」

「……実用化? 待て」


 変だぞ。俺はベンチから腰を浮かしかけた。


「この『エムブリヲ』は実装前なのか? じゃあなんで俺がここにいるんだ」

「そ、そんなの知らないよ! それこそ竜ヶ崎零一がなにかしたんじゃない? よくわかんないけど……というか、事件の全体像をまだアタシたちも把握できてないんだってば! ただ、開発責任者の竜ヶ崎零一がこの世界に逃げ込んだってことくらいで」

「つまりここは、あいつの世界ってわけか?」

「そう、今のこの『エムブリヲ』は、あのゼロが乗っ取ってる状態なのよ。肉体ごとデータ化して取り込むっていう、この新型VRシステムのとんでもない実態がばれた直後にね……!」

「肉体を、データ化?」


 俺はしばし絶句した。

 しまった、という顔をするのはマリアだ。


「あー……これ、ナイショだからね? アタシがばらしたって言わないでよ!?」

「SF映画か。バカらしい」

「ほ、ほんとだってばあ! でなけりゃ、アタシがわざわざこっちに送られて、ヤツを捕まえようとなんかしないでしょ! 現実世界に竜ヶ崎零一がいるなら、そっちをふん縛ればいいんだもん!」

「…………。本当なのか」

「あのね。アタシもリスクを冒してるの。今回のアップデートには、膨大なデータ量が必要なため、ゼロス・グループのものすごい数のサーバーが使われてて……ゲームそのものを強制終了させると、その被害がどこまで出るかわからない状況なのよ。それで事態を解決するために、中に1人送られることが決まったんだけど、外からの干渉はなにもできない。アタシが、どうにかするしかないのよ!」

「さっき肉体をデータ化すると言ったな。お前は……」

「そうよ。志願して……アタシはここに取り込まれたの」


 嘘でも冗談でもない、とマリアの表情が物語っていた。


「帰れる保証もないからね、そんな物好き、なかなかいないよ。……でもね、アタシはずっと『エムブリヲ』に関わってきたから! アタシのキャラがたくさんいる、この『エムブリヲ』だから、どうにかしたいと思ったの!」

「なるほど、そうだな、お前は開発側の人間だったな」


 単なるにわかプレイヤーじゃないことを俺は思い出す。


「しかしあのゼロは、本当に捕まえられるのか? ……相手は転移魔法を使えるんだぞ。その気になれば逃走不可能な魔物からも逃げ切るぞ」


 俺が高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だったとき、ボス格の魔物を振り切ったことがあった。あれは結局、ボスが後から追いかけてきて、街をひとつ壊滅に追い込んでしまったが。


「わ、わかってるよ。たぶん、竜ヶ崎零一を直接捕らえることは難しいと思う……」


 マリアが少し返答に詰まった。


「でも、だからこそ! 当初の計画通り、『エムブリヲ』をクリアしようと思うの! それが唯一、正規のやり方でゲームを終わらせられる方法だからさ!」

「ゲームを終わらせる?」


 そうか。ここはあくまで『エムブリヲ』だ。故に、ルールには基本的に縛られる。


「そうすればアタシも元に戻れるし、竜ヶ崎零一も現実に強制送還されるってわけ! たぶん、あんたもね。クライくん」

「……俺は……」

「だから協力してくれない? お願い!」


 マリアが手を合わせてきた。


 依頼契約もなしに、か?

 この『エムブリヲ』では論外な行為だが、「クリア」が条件になると、それが果たされた後にすべてが終わるならどんな報酬も無意味だ。


 しかし、バカらしい。


「俺はずっと、この世界を楽しんでいければそれでよかったんだけどな」

「クライくん?」

「だがあいつ、自分が無敵だとほざいた。俺の前で、だ。それが許せるか」


 ……『エムブリヲ』で最強無敵なのは俺だけでいい。


「いいだろう。攻略を手伝ってやる。もとより『エムブリヲ』をクリアできるのは、俺以外にはないだろうからな」

「よかった! ありがとー!」


 マリアが隣に腰掛ける俺に飛びついてきた。が、すぐに真っ赤になって離れる。


「こ、こほん! とにかく……これでアタシたち、正式に仲間だね。じゃあ、リーダー権返してくれる?」

「は? なぜだ」

「ええっ? だって!」

「それとこれとは話が違うだろ。リーダーは俺でいい」

「う、嘘おーーー?」


 バカが。俺はゼロだけでなく、マリアも気に入らないんだ。

 俺の『エムブリヲ』で好き勝手する奴らは全員、な……!

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