■第6話 キメラ巫女フランヌ(3)
●3
「もう、クライさんったら! ……どうせならする前に、あたしにも声をかけてくれたらよかったのにい」
仕方なく自分だけ服を着て、俺は拷問部屋の外にいたイオリを呼んだ。
全裸で果てているフランヌの惨状に愚痴りながらも、彼女は白衣の内側から小瓶をいくつか取り出した。
「気付け薬を作ってみますね。これと、これで……では、【調合】!」
薬師イオリのスキルが披露される。鉄のベッドの横に置いていた小瓶の中から、空き瓶を見つけてそこに薬を注ぎ込んだ。黄色の液体と青い粉が混ざり、きらりと輝き反応を起こす。
みるみるうちにできあがったのは琥珀色の薬品だった。
【成功! 気付け薬が完成しました】
「はい、できました! じゃあこれを呑ませて……」
さっそくイオリが気付け薬をフランヌの口に注いだ。とろりとした瓶の中身が喉を通っていけば、ぐったりとしていたフランヌの手足がぴくぴくと反応し……。
次の瞬間、がばりと彼女は起き上がった。
「ぶはあっ!? 辛い、辛いーーーっ!」
フランヌは勢い余ってベッドから転げ落ち、痛打した頭を押さえながらも立ち上がる。
「痛い、痛いいいい……フランヌちゃんになにをしまして!?」
「ほら。起きましたよ、クライさん!」
涙目のフランヌを前にイオリが平然と告げた。
……確かに「気付け薬」はすごい効果だが、使われるのは勘弁だな。フランヌは咳き込み、喉に残る味にまだ苦悶していた。
「げほげほ! うう~、どうしてフランヌちゃんがこんな目にいっ」
「でも、あの。クライさんが判断されたことですから、大丈夫とは思いますけど……拘束を解いてしまってよかったのですか? 腕も癒やしてしまったようですし……」
「心配するな。もうフランヌは俺の隷属下だ。背後関係についても少ししゃべってもらった。確か、ゼロとかいうヤツだな?」
「ゼロ、ですか?」
イオリが目を丸くする。
「さすがはクライさんっ、もう情報を得ていたなんて!」
「だがまだ、そいつがどんな相手なのか詳しくは訊けてない。さあフランヌ、もういいだろう。ゼロについて……お前の知っていることすべて吐いてもらうぞ」
「ゼロ様の、すべて……。それは、う、ううっ」
鉄のベッドにまだかけてあった俺のローブを手に取って、裸の体に抱き寄せながらフランヌが震えた。
寒い、というよりもそれは恐怖によるものか。
「……あの方はフランヌちゃんを作った存在なのです。キメラとして、翼や獣の腕を与えてくださり、フランヌちゃんに城を襲撃しろと……なのに、フランヌちゃんはその命令を果たせず……! 失敗したことはもう、あの方の耳にも届いておられるでしょう。ならば、フランヌちゃんはっ!」
「ク、クライさん? 様子が、ちょっと!?」
べきりっ、とフランヌの掴んだ鉄のベッドの端が歪み、イオリが怯えた。
すごい力だ。アンデッドでなくなっても、つぎはぎで作られたその体は常人より遥かに力で勝るらしい。
「おい。今更、また姫を狙おうだなんて考えるなよ。フランヌ、お前の新しい主として俺がちゃんと命じておくぞ」
だがよもや、また緊急バトルミッションが始まりはしないだろう。
何よりフランヌが昂ぶっても、周囲がバトル開始を示す暗いオーラに包まれることはなかった。それで十分判別できる。
【※%$#@が跳躍してきた!】
……そのはずだったのに、「そいつ」は暗いオーラを放つことなく、いきなり虚空から出現した。
「な!?」
拷問部屋の、鉄のベッドのさらに奥だ。冷たい石の壁しかないはずのそこに、突如として大きな穴ができあがった。
薄暗いこの中にあって、さらに濃い「闇」の穴だ。そこから無造作に出て来たのは、全身をすっぽり黒衣で包んだ、漆黒の仮面を着けた者だった。
「えっ。な、なんですか!?」
空中に表示が出たことで、イオリもそいつの姿を捉える。
「どなたですか? 騎士……の方ではないですよね? こちらは、今はあたしの許可がなければ立ち入って欲しくないのですけど」
「待て、イオリ。こいつはっ」
確かに人に見えた。顔こそわからないが、背丈は俺と同じくらいだ。
だが仮面には大きな歯車のようなものが中央に張り付き、まるで無機質な「一つ目{サイクロップス}」だ。そもそも王城の拷問部屋に【跳躍】してきた、だと?
こんな芸当、簡単には……。
「……ゼロ様っ!」
振り返り、そいつを最後に確認したフランヌが狼狽した。
『フランヌ……僕の飼い犬よ。与えた命令ひとつこなせないどころか、なぜ僕の支配下から逃れた?』
仮面のせいか、こもった声がわんわんと響く。こいつが……ゼロか!
『不具合が出たのか? まあいいか、後始末は僕がやれば。【爆炎{エクスプロージョン}】』
そいつは無造作に片腕を上げ、魔法を唱えた。やばい、と思った瞬間には、その指先に漆黒の輝きが生まれていて……凄まじい炎が噴き出した。
「きゃああああああーーーーーーー!」
イオリの悲鳴が聞こえたのを最後に、俺の視界が暗転した。
痛みを覚える暇もなく、焼き尽くされたのか? ……即死レベルの火炎系攻撃魔法だった。が、光属性で【即死回避】を持つ俺は死なない。
【98ヒール】
瞬く間に俺の体は【自動治癒{オートヒール}】で癒やされ、視界も元通りになった。
しかし、周囲の光景が一変していた。
薄暗かった拷問部屋に、外からの光が降り注いでいる。焦げた異臭が鼻をついた。
石でできた壁や天井が融解し、巨大な穴を開けていたのだ。
ここはちょうど王城の、庭園の地下に位置するらしい。そのため土が一緒に吹き飛ばされただけで済んだが、それでもすぐ向こうに見えた城の一部から、騒ぐ声が聞こえてきた。修復作業のためかけられていた布が裂け、組まれた足場も崩壊する。
あそこまで熱波が届いたということか。
空気もまだ熱く揺らめく中、平然と立っていたのはあの仮面の男だけだった。
『へえ。自己修復できる、白魔道士{ヒーラー}か』
けれどもゼロが俺を見たのは一瞬だけだ。
すぐに、半壊した拷問部屋の隅に仮面を向ける。
「クライさあん!」
そこから、聞き覚えのある声がした。
すべてが焼き尽くされた中で、薬師イオリが眼鏡を直しながら起き上がろうとしていた。少し白衣を焦がした程度で、まるで無傷だ。
なぜなら彼女を押し倒す形で背中を炭化させた、全裸のキメラ女がいたおかげだった。
「う、くっ……!」
------------------------------
【キメラ巫女フランヌ】LV??
HP:2106/27000
------------------------------
フランヌの簡易ステータスが一気に瀕死の赤に染まっていた。
2万以上はHPがあったはずなのに、一撃で削ったのか?
彼女が盾にならなければイオリは消し炭になっていただろう。しかし瀕死のフランヌも自力で起き上がれない有様だ。それを見てゼロが、仮面の中で溜息をこもらせた。
『そのキャラを庇ったのか? フランヌ、いったいどういうことだい。僕はそんなふうに作っていないぞ』
「痛いっ、苦しいぃ……フランヌちゃんは、こ、この感覚を知ってしまいました……」
「フランヌさん!」
イオリが白衣のポケットから何かを取り出し、振りかける。
いつぞや呑んでいた回復系の薬品か。【999ヒール】の文字が現れ、フランヌの背中の火傷が少しだけ癒えた。
「だから、フランヌちゃんはっ、勝手に体が動いてしまったのでしょう……。命は、かけがえのないものですからっ!」
『アンデッドでなくなったのか? なにをされた? ……いや、もういいか』
再びゼロが腕を上げた。
『無駄な時間は、僕は嫌いだ。失敗作に用はない』
まずい。二発目の魔法が来る。
それを防ぐ手立ては俺にはなかった。
「……あんたはーーーーーーーーーーーーー!」
けれどもそこに割って入った者がいた。大きく開いた穴から地下へと飛び込んできたのは、ビキニアーマーを着た青髪の少女だ。
空中で大剣を呼び出し、手に取りながら勇者マリアが俺たちの前に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます