■第6話 キメラ巫女フランヌ(1)
●1
緊急バトルミッションは終わったが、王都は厳戒態勢のままだった。
戦いに散った者たちの穴を埋めるように、各地に出向いていた騎士たちの部隊が続々と集結し、防衛を強化する。並行して始まったのは城や城壁の復旧作業だ。
連続して緊急バトルミッションが行われることは、さすがの『エムブリヲ』でもないが……今回のことでウェスタ王国に巣くう魔物を一掃できたわけじゃない。
だからこそ復旧作業が最優先となり、関連する仕事の依頼が冒険者ギルドに溢れていた。そのひとつを俺も適当に選び、請け負ってみたのだが。
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【依頼契約】
履行者:勇者マリア(代行)
達成条件:城壁素材の運搬×300
成功報酬:ゼリー飴×10
依頼署名:白魔道士クライ
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「なんで、アタシがこんな目に~~~!」
「いいからちゃきちゃきやれ、マリア。お前のために仕事をもらってきたんだからな」
破られた北の城門前で、大勢の冒険者たちがその修復作業に集まっていた。
そこに混じり、華やかなビキニアーマー姿には似合わない四角い岩を持ち上げて、マリアがよろよろ進んでいく。
「ふ、がんばれよ。300個、石材運びを手伝うまで解放されないからな」
その様子を俺は、修復用の足場が組まれた城壁の上から見下ろしていた。
「300とか、バカー! なんでそんな作業量なのよーー!」
「ポルテを指名してくれれば、もっと早く終わらせられるですのに。ご主人様ったらあ」
俺の側にいるポルテが、まだ10個と岩を運べていないマリアの有様に不満げだ。
確かに小柄ながらも怪力のドワーフ族の方が、力仕事に向いている。
しかしこれはマリアへの仕置きだ。パーティのリーダーとして勝手に俺を引きずり回した報いを、今思い知らせているのだ。
リーダー権限で、こうやって依頼を無理矢理押しつけて、な。
普通はパーティの皆でこなすものだが、こうして1人を指名することも可能なのだ。
「はあ、はあ……だ、だいたい、対価が飴玉10個ってどうなのよ! もっとマシなのいくらでもあったでしょうがー!」
「難易度が低い仕事だからな、報酬も安いんだ。そんなことも知らないのか?」
いい眺めだ。岩を地面に下ろしてへばるマリアに、俺は嘲笑を浮かべていた。
確かに「ゼリー飴」なんて、たいしたST{スタミナ}回復量のない食糧アイテムだ。
ゲーム上では単なる時間経過で果たされる、ぱっとしない仕事だからな。
その一番ぱっとしないのを、あえて選んできたわけだが。
「なんてひどいことを! クライ、あなたという人は、もうっ!」
普段ならそんなふうにうるさく女神が言うだろうが、シルヴィーナはここにはいない。
王城で催された酒宴にて呑み過ぎて、【酩酊】を通り越して【二日酔い】になり、まだ城で寝ているのだ。
……【酩酊】のさらに上を行く状態異常があったとは俺も知らなかったが、鬱陶しくなくていい。マリアを存分に痛めつけるには絶好の機会なのだ。
「ほうら。そんな調子じゃ日暮れまでに終わらずに、失敗に終わるぞ。この程度の仕事でまさか勇者様がポカしないよなあ?」
一応この依頼には期限がある。俺はマリアの傍らで【07:56】とカウントされる数字を、城壁の上から指摘した。
「早く終わらせることもできるんだから、がんばれがんばれ!」
「8時間? なにもしなきゃ、あと8時間もここに拘束され続けるの? 冗談じゃないってばー!」
マリアが岩を抱え直し、再び進み始めた。
「早くゲームを復旧させるためにも……さっさとクリアしなきゃならないのにいっ!」
「おー。勇者様の動き、よくなったです」
「ふん。クリア、ね」
気を取り直したマリアに感心するポルテと違い、俺は鼻で笑っていた。
この『エムブリヲ』を攻略するだって?
一朝一夕でいくものか。そんなに簡単なゲームじゃない。
確かに『エムブリヲ』は白の女神に与し、黒の邪神を倒せばいい……というストーリーだ。しかし邪神はシルヴィーナと違い、概念上の存在であり、どうやって倒せばいいのかまだ判明していなかった。
そもそも延々とプレイヤーに遊んでもらうのが課金ゲーム『エムブリヲ』だ。始まって十数年経つが、クリアした者などいない。最強の高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だった俺もだ。しかし運営側にいるマリアがそう言うのなら、終わりは設定されている、ということか?
だとするとそれは、邪神勢力を退け続けた果てに見えてくるものだろうが……。
「面白くないな」
「……ご主人様?」
「俺以外のヤツに、『エムブリヲ』を攻略されるなんて許さない。ここは俺の世界だ。クリアするなら俺の手でやってやる」
「なんだかよくわからないですが、ポルテはご主人様についていくです。はい!」
「本当は、もっとのんびり楽しむつもりだったんだがな……」
勇者マリアなんてのが来たせいで、状況が変わった。
異世界に転生しただけと思っていたが……そうじゃないなら、俺はどうなったんだ。
もしかしたらその真相にも迫っていくことができるかもしれない。
「ひとまずはあの、フランヌの背後関係が判明すれば次に進めるか」
王城を襲撃したキメラ巫女のフランヌは、地下牢のひとつに入れられている。
そこで拷問が行われているはずだが、さてどうなっていることやら。
そんなことを思っていると、修復作業中の現場に白馬を駆ってやって来た、1人の騎士の姿があった。
目立つ赤毛で、城壁の上からも一目で判別できる。女騎士アンジェリカだ。
「クライ! ここにいたのねっ」
そのアンジェリカは馬上から俺を見つけると、手を振ってきた。
「キミに伝言を頼まれたの! キメラ女の尋問に立ち会って欲しいって、イオリが!」
「なに?」
「どうにもうまくいかなくて、クライの協力がいるみたい! いい?」
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【依頼契約】
履行者:白魔道士クライ
達成条件:キメラ巫女フランヌからの魔物情報の取得
成功報酬:キメラ巫女フランヌ×1
依頼署名:_____
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俺の目の前に新しい依頼契約のウィンドウが開いた。
「フランヌのエロシナリオか」
報酬を見るに、そういうことなのだろう。
俺自身が背後関係の聞き取りに協力すれば、イベントが発生するのか。
なら迷う必要はない。俺はさっさと署名欄にサインした。
【契約は結ばれました】
「ありがとう、クライ!」
アンジェリカが他の騎士を呼び寄せて、俺を城へと運ぶ馬車を準備させる。
その間に俺はポルテとともに、足場に組まれた階段を使って城壁の下へと向かった。
「ちょっと、なによ? どうなってるの、クライくーん! ア、アタシはまさかここで置いてけぼり? こらー!」
石材を担ぐマリアだけがわめいてたが、もちろん俺は無視した。
……こいつにまで情報をやる必要はないからな。
『エムブリヲ』をクリアするのは、俺1人でいいのだから。
◇
アンジェリカの手配した馬車で王城まで戻ると、馬が足を止めた正面玄関まで出迎えに現れた者がいた。
城のメイドたちに支えられて顔を見せた、白の女神シルヴィーナである。
「ク、クライ~~~! わたくしも、ご一緒しますわああぁ……うぷっ。おぷうっ!」
「お前、なにやってるんだ?」
まだ【二日酔い】が治ってないのは明白だ。顔色は真っ青だし、ちょっと歩いただけでえずいている。まったく面倒なヤツだ。
だから俺は隣にいたポルテの肩をとん、と叩いた。
「シルヴィーナのことは任せる、ポルテ。邪魔くさいからベッドにでも縛り付けておけ」
「はいです、ご主人様~!」
「あああっ、ポルテ? ダメっ、そこを触ってはあああ! ……出るっ、ん、うむうっ!?」
ポルテに抱え上げられた女神が、両手で口を塞いだまま運ばれていく。
そこに寄り添うのは、俺をここまで案内したアンジェリカだ。
「女神様、大丈夫ですか! クライ、私も心配だからついていっていい? 地下牢への行き方は……」
「平気だ。わかる」
「うん。イオリがいるから、あとはよろしくね」
かくして俺は1人で地下に続く階段へ向かった。
正面玄関から城の中に入るのではなく、まだ瓦礫の片付けられていない庭園を抜ける。
メイドたちもついて来ることはない。皆が自然な形で俺から離れるのは、これからフランヌとのシナリオが始まるからだろう。
庭園の先に、騎士たちが守る鉄のゲートが存在した。俺の姿を捉えると彼らはすぐに、その入り口を開放する。現れたのは城の地下へと下りていく、石造りの階段だった。
さて、イオリが待っているということだったが……どこだ?
王城の地下は天井の高い大空間となっていて、地下牢が広がっていた。
以前、俺が飛竜に変幻した騎士トニオと戦った場所でもある。あちこちに巨大な竜の暴れた痕跡が残っていて、鉄格子が壊された牢獄もまだそのままだった。
「あっ。クライさん!」
その一角で労せず、白衣に眼鏡の黒髪美女が見つかった。
薬師イオリは地下通路に出て、休憩していたようだ。壁に吊り下げられた地下を照らすランタンの側で、ずれた柱の石材に腰掛けて何かを呑んでいた。
ガラス製の試験管に入っていたそれを呑み干せば、【999ヒール】の文字が出る。
HP回復用の秘薬といったところだろう。
「イオリ、俺の手を借りたいらしいが……なんだ。そういう薬があるなら、白魔道士{ヒーラー}の出番はなさそうだが」
「いえ、あの! ……クライさんの回復魔法頼み、というわけではなくてですね。ええと……とにかく、中に入ってもらえますか?」
回復直後の割には疲れた顔のまま、イオリが俺を近くの部屋まで案内する。
そこは鉄格子ではなく、分厚い鈍色の扉で塞がれた一室だった。
……この前、魔法武器職人{マジック・スミス}レイが鍛冶用に使った、身分の高い者用のVIP牢獄ともまた違う。むしろその逆だ。足を踏み入れた瞬間感じたのは、居心地の悪いほど湿って冷えた空気と、不快な臭気だった。
「ここは……拷問部屋か」
ゲームでは立ち入ったことがあったため、すぐわかった。起き上がった棺桶のような「鋼鉄の処女{アイアンメイデン}」に、手枷足枷のついた椅子が置かれている。棚には不気味な器具がひしめいていた。
「はい。ここはずっと使われてなかったんですけど、あれだけ強力なキメラでしたから、こちらで尋問することになったんですよ。ほら」
そちらに、とイオリが奥を指し示す。
天井の隙間から入るわずかな光が降り注ぐ下に、十字架型の鉄のベッドに拘束された、両腕のない女の姿があった。
「遅かったこと。やっと連れてこられたのですね、白魔道士{ヒーラー}クライ!」
首だけ起き上がらせて、つぎはぎだらけのキメラ女フランヌが、青白い顔に笑みを浮かべた。
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