■第5話 勇者マリア(6)
●6
「愚かなことですね。貴様は、ただの白魔道士{ヒーラー}ではないですか」
フランヌが薄く笑い、侮蔑した。
「先に貴様を殺して差し上げます。治癒魔法で手間取らされては困りますから。よろしくて?」
「……お前にやれるか? 今日の俺は最高に不機嫌だぞ」
俺はウィンドウを呼び出し、【装備】ボックスを開く。勇者なんてのが来たせいですっかり失念していたが、新しい武器をまだ試していなかった。
選択するのは魔法武器職人{マジック・スミス}レイに作ってもらったばかりの武器だ。
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【リボルバーショットスタッフ】(999)
属性:打
魔法効果:耐火 耐久
性能:ATK△900 MATK△100
重量:AGI▼10
消費:▼HP450 ▼爆裂草の種×1
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俺の背丈ほどもある長い杖、「リボルバーショットスタッフ」が現れた。その先端はハンマーのようになっていて、回転式拳銃{リボルバー}のように6つの穴が開いている。
「攻撃力{ATK}は900か。白魔道士{ヒーラー}が非力だからトータルでも1000は超えないが……おっと」
どうにも少し持て余し、片手ではふらつくため慌てて両手で支え直した。
「勇者のようにはいかないが、手数でどうにかするか……」
「ぷっ。口だけは達者なようですが、なんですかその武器は? 構えるだけでやっとではないですか」
「言ってろ。どこまで使えるか……お前で試し撃ちさせてもらうぞ」
笑うフランヌに向かい、俺は猛然とダッシュした。
俺の素早さ{AGI}は3桁だ。その速さに表情を強ばらせても、もう遅い。
リボルバーショットスタッフの先端が、咄嗟に突き出された獅子の頭に当たっていた。
「【成長促進{バースト}】!」
瞬間、俺は魔法を発動させる。
白き魔法の輝きが宿ったのは、振り下ろした杖の先だ。そこにあらかじめ込めておいた爆裂草の種が、成長を促され爆ぜる。
凄まじい衝撃が俺の腕を駆け抜けた。
「う、ぐッ!」
穴に仕込んだ種が爆発し、俺の肉体の限界を超えた加速で杖が叩き込まれた反動だ。
炸裂音は6発同時だった。
【909ダメージ×6】
「……ははは!」
嬉しい誤算だ。激痛を【痛覚耐性】で堪えながら、俺は哄笑を上げていた。
どうやらリボルバーショットスタッフには「隠しスキル」が付加されていたらしい。
6つの穴に入れた種の数だけダメージが加算し、6倍攻撃となったのだ。
一撃でフランヌの、獅子の右手が千切れ飛んでいた。
「あああああああ!? フランヌちゃんの右手が、右手があああ!」
「トータル5000超えのダメージか! 勇者の通常攻撃以上じゃないか、さすがは魔法武器職人{マジック・スミス}レイだな」
さすがによろめくフランヌだが、同時に俺も【450ダメージ×6】を食らっていた。
たった1回使っただけで、俺の全身の筋肉や骨がいかれたらしい。それがこの、白魔道士{ヒーラー}の限界を超えた武器を使用するリスクだった。
本来はとても扱える代物ではない。最大HPの99を超えるダメージだが、【即死回避】スキルのおかげでHPは1残り、耐えられた。
そして【自動治癒{オートヒール}】が発動した。【98ヒール】と全回復する。
「さあ、次にいくぞ」
俺は一度フランヌから離れながら、【アイテム】ボックスから爆裂草の種を呼び出すと、リボルバーショットスタッフのハンマー部分に6つ補充した。
これがないと使えない代物だが、種は十分な数を確保している。
「フランヌちゃんの美しい体を、よくも……よくもおお! 殺します、絶対に殺して差し上げます。お覚悟を!」
フランヌが残った大蛇をしならせて鋭く振り下ろしてきた。
痛烈に硬い床をえぐったが、俺は紙一重で回避して再び懐に飛び込んでいた。
「【成長促進{バースト}】!」
【905ダメージ×6】
うねる大蛇の鞭がもげた。
「きゃあああああ! このフランヌちゃんがまさか、貴様なんかに……信じられません!?」
やはり俺も【450ダメージ×6】を食らうが、瞬く間に【自動治癒{オートヒール}】で傷が癒える。そのわずかな隙を突いて、両腕を失ったフランヌが頭の角をこちらに向けて突進してきたが……。
「はっ、【成長促進{バースト}】!」
加速した杖の先端が真正面から2本の角を打ち砕いた。
【911ダメージ×6】【450ダメージ×6】【98ヒール】
角の破片と黒い鮮血が飛び散り、杖に弾かれたフランヌが床で跳ねた。
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【キメラ巫女フランヌ】LV??
HP:2305/27000
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そのステータス表示は残存HPが10%を切り、瀕死の赤に染まる。
「……こん、な、こんなっ?」
起き上がろうとしても両腕を失ったせいで、うまく立てない。
代わりに残った背中の翼を羽ばたかせ、よろよろと飛び上がった。
だがもうそこに、必殺の杖を振り上げた俺が迫っていた。
「終わりだ。【成長促進{バースト}】ッ!」
【702ダメージ×6】【450ダメージ×6】【98ヒール】
翼で身をくるみ、瞬時に防御態勢を取ったのは見事だが……それでも最後の一撃でキメラ女のHPが0になった。
その体は寝所の壁まで吹っ飛んで、重い音を響かせて張り付いた。
へし折られた翼とともに、その体がずるずると落ちていき……。
【キメラを倒した!】
【1500CPを手に入れた】
勝利の表示が現れて、金色の輝きとともにフランヌを倒したボーナスが与えられる。
俺は重いリボルバーショットスタッフの先端を床に落とし、長い息を吐きながらほくそ笑んだ。
「使えるじゃないか、こいつは。クセは強いが、いい武器だ」
【冒険者たちの活躍により王都は守られた! 緊急バトルミッションに勝利した!】
さらにそんな表示が出ると、ずっと周囲を包み込んでいた黒いオーラが晴れた。
【王都民12万404人×10000G÷参戦者(生存者)2762人=435930Gを手に入れた】
……やった。ミッション報酬が支払われ、43万G{ゴールド}も手に入れた。
「勝った……守ったわ、クライ! 王都を、王国を……!」
アンジェリカが走ってきて、俺に飛びついた。
「あはははは! すごいわ、クライ! やはり私の目に狂いはなかった。あのキメラを1人で倒してしまうなんて!」
「危ないところだったがな。お前たちが最後まで姫を守ってくれていたから、助かった」
「そ、そんなこと……騎士としては当然の役目だから」
アンジェリカは照れて俺から離れ、ともに姫を守り切った同僚たちの顔を見る。
「余からも礼を言わせてもらおうぞ、クライよ」
その後ろからメイデル姫がベッドから下りて来て進み出た。
騎士たちが、アンジェリカが素早く床に膝をつき、頭を下げた。
「勇者とともに城を離れたそなたが駆けつけてくれねば、余はどうなっていたことか。この国の王族はもう余だけだ。ここで殺されては、王国の血が絶えるところであった……。クライ、そなたには感謝しきれぬぞ」
この姫ときたら……口調は堅苦しいが、やはり見とれるほどの美人だな。
いい香りがする。それに瞳を潤ませ、頬まで染めて俺を見つめていた。
困った。こういうときにコミュ障が出て来て、俺は返答に詰まる。
……そのときだった。
「かはっ、こほっ! メイデル姫を……殺害するのが、フランヌちゃんに与えられた使命ですのに……!」
「姫様、お下がりください! こいつ、まだ生きているの?」
壁際に倒れたつぎはぎだらけの体が、もぞりと動いて血を吐きながら口を開く。
慌ててアンジェリカが剣を構え直し、他の騎士たちも駆けつけた。一斉にフランヌを取り囲み、息を合わせてそれぞれ刃を突き立てた。
だがフランヌは意に介さない。
「この程度でフランヌちゃんは死にませんことよ……。最初から生きてはいないのですから。おわかり?」
苦痛をまったく感じていないようで、串刺しになった姿で血まみれの笑みを見せた。
まだベッドにいたメイドたちが悲鳴を上げ、卒倒する者も出てくる。こいつは……。
「アンデッドか」
俺は正体を言い当てた。
「命を持たない、動く死体……なるほど、だからしゃべり方と同じでチグハグな体をしていたのか」
「この体は、あのお方にいただいたものです……! フランヌちゃんに勝ったくらいでいい気にならないことね、よろしくて?」
「あのお方?」
黒の邪神、じゃないようだ。邪神ならそうだと口にしているだろう。別の魔物がフランヌを差し向けた、ということか。
しかし、勝敗が決しても死なないということは。
「……刃で刺しても死なないのなら、ばらばらにするか焼いてしまうか、ね。魔法の炎なら完全に焼き尽くせるはずよ。姫様、すぐ処置いたしますので、ご安心を!」
「待った。こいつは貴重な情報源だぞ」
騎士たちに指示を出したアンジェリカを俺が止めた。
「腕もなく、最後の一撃で全身の骨も折れて、まともに立ち上がることもできない状態だ。殺すならいつでもやれる。それよりそっちで締め上げて、背後関係を聞き出せ。緊急バトルミッションは終わったが……王国領域の魔物を根絶できたわけじゃないだろう」
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【依頼契約】――進行中――
履行者:白魔道士クライ
達成条件:ウェスタ王国領域にいる邪神勢力のボスの撃破
成功報酬:5000000G+プリンセスメイデル×1
依頼署名:プリンセスメイデル
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俺は一応、引き受けた依頼をウィンドウに呼び出して確認する。
まだ解決していない。「進行中」だ。
ならばこのフランヌを送り込んだ相手こそ、裏で手を引く邪神勢力のボスだろう。
「やめなさい……フランヌちゃんを殺しなさい! い、今すぐにです!」
青白い顔をあからさまに歪めたのはフランヌだ。
「なるほど、クライの言うとおりね。捕らえる価値はありそうだわ」
すぐにアンジェリカの手引きで鎖が持ってこられ、フランヌを拘束した。
捕縛されたキメラ女は転がったまま、憎々しげに俺を睨む。
「この屈辱、フランヌちゃんは忘れませんことよ! ええ、生かしておいたことをいつか必ず後悔させて差し上げます! 白魔道士{ヒーラー}のあなた!」
「屈辱に泣きわめいていろ{クライ}、それが俺の名だ。その脳みそを掻き回されても、しっかり覚えているがいい」
「の、脳みそ? それはさすがに遠慮申し上げっ、もごもごっ」
騎士たちがフランヌの口に布を突っ込み黙らせると、数人がかりで抱え上げ、アンジェリカの先導で外に運び出していった。
それとすれ違うのは、女神とポルテをつれて駆け込んできたマリアだった。
「……終わらせたの、クライくん?」
「今頃のこのこ登場か、勇者様は。表示は見ただろ」
俺はリボルバーショットスタッフを【装備】ボックスで非選択にし、手元から消した。
片付いたことはマリアが動けるようになったことで、十分わかるだろうに。
緊急バトルミッションが終わったから、この短時間で呪いから解き放たれたのだ。
「さすがです、ご主人様!」
「クライ、間に合ったのですね……よかったですわ」
「そうである。白魔道士{ヒーラー}クライは見事、最後の敵を倒して、余を救ってくれたのだ。……そして女神よ、貴公も……その翼、どうやら尽力してくださったようであるな。恐縮する」
ポルテの側でへばった女神の姿を確認して、メイデル姫が一筋の涙をこぼした。
それをすぐにそっと拭い、姫は部屋に残ったメイドたちに言いつける。
「まだ邪神の手の者がこの国を狙っているようだが、ひとまずは戦ってくれた者たちへのねぎらいと、多くの犠牲者たちの弔いを行おうぞ! 早急に手配するのだ、よいな」
◇
戦いが終わった王都では、王城から生き残った者たちに酒が振る舞われた。
それもなんと「薬命酒{エリクシル}」ときた。ST{スタミナ}だけでなくHPも一緒に回復する、高価な代物である。
俺は呑まずにとっておくことにしたが……王城に戻って来たゴルドラ率いる騎士連中は、さっそく皆でありついていた。
「姫様の無事に!」
「……倒れていった戦友たちに!」
破壊を免れた城の大ホールが開放され、そこに無事だった冒険者たちも招かれて酒宴が開かれていた。
連中も遠慮なく、浴びるようにピンク色のとろりとした薬命酒{エリクシル}を呑み、体の傷を癒やしていく。その中になぜか女神まで混ざり、すっかり【酩酊】していた。わんわん泣いてくだを巻く。
「ううっ、すみませ~ん! わたくしがちゃんと神としての力を持っていれば、犠牲となった皆さんを転生させられましたのに~~~!」
「女神様? ちょっと、ポルテ、動けないですようー!」
捕まったポルテが困り果てるが、俺は巻き込まれたくなくて1人、こっそりホールから離れた。
と言っても城の外に出てしまえば、パーティを組む女神たちが勝手についてくるだろう。だから逃げ込んだのは適当に選んだ、ホール近くの部屋だったのだが……。
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