■第5話 勇者マリア(5)


●5




 少しの浮遊感の後、俺たちは見覚えのある場所に降り立っていた。


「ここは……」


 王城の、キャンプを張ったことのある広いバルコニーの上だ。振り返れば王都の街並みが見て取れて、先程までいた北の城門前の広場が遠くにあった。


「一瞬で戻ってこれたですか? さすがは女神様です!」

「女神って、まだ力、が……?」


 ポルテと、その背に担がれたマリアが驚きに目を見張る。


「……万能ではありませんわ。先程の、転移魔法を真似てみただけのことです。それに残りはたった3回ですわ」


 もともと6枚あった翼の片側をすべて失い、白の女神シルヴィーナは溜息を漏らす。


 また、力を振り絞ったせいだろう。その場で片膝をつき、額に浮かんだ汗を拭った。


「だから、わたくしにできるのはこれくらいですわ。でも、クライ! これなら……」

「よくやった、シルヴィーナ」


 城の中ではまだ戦いが続いているようだ。バルコニーのすぐ上の階が騒がしい。

 姫のいる最上階手前で奮闘している、という状況か。


「ぎりぎり間に合ったな。だが」


 慌てて上に向かう前に……俺はまだポルテにしがみついたままの勇者に向き直った。


「やっておくことがある。マリア、従ってもらうぞ」

「へ? な、なに……え?」


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【リーダー譲渡申請】

リーダー署名:_____

リーダー譲渡先:白魔道士クライ

報酬:300000G

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 俺はウィンドウを呼び出して申請書を作り上げた。それをマリアに突きつける。


「ふむ、こんなものか。こいつを俺と結んでもらうぞ、マリア。それにしても30万G{ゴールド}とは、けっこう持ち合わせがあるんだな、お前」

「ちょっと……なに、よ、これっ?」

「クライ!? あなた、いったい!」

「ご主人様っ?」


 マリアだけでなく、女神やポルテも面食らったようだ。


「見ればわかるだろ。マリアがリーダーの地位を俺に譲るために、必要な手続きだ。……勝手に振り回されるのはもう御免なんだ。今後は俺の好きにさせてもらう。いいな?」

「ちょっと! そんなことをしている場合ですか、クライ!」


 女神が非難がましく睨んでくるが、それがどうした。


 ……上の階からは、やられたと思しき人の悲鳴が届いてきた。かなり追い込まれているようだが、それでも俺はまだ動かない。

 こんな状況だからこそ、勇者なんてチート職相手に駆け引きができるんだからな。


「黙れ。絶対にリーダーは譲渡してもらう。マリア、すぐにサインしろ。呪いの効果が抜けてなくても、それくらいできるだろう」

「って、なん、で! これ、あんたが……G、もらってんの、よっ!」


 へばっている割には元気にマリアが噛みついてきた。

 しかし、やっぱり素人だなこいつ。


「何も知らないんだな。あのな、パーティのリーダーってのは本来、クソ面倒くさいものなんだよ。確かにいろいろ権限を持つが、パーティを預かる義務も発生する。入手したアイテムを独り占めすることはできないし、食糧の管理や分配をするのもリーダーだ」


 だからこそ俺もしぶしぶ、空腹になった女神を放置できずにST{スタミナ}回復アイテムをくれてやるんだ。NPC相手に組んでいるときは、その程度でいいから楽だが……。


「パーティ内でもめ事が起きたときは最悪だ。いちいち話を聞いて、仲裁しなきゃならない。だから従ってるのが気楽でいい、ってのが大半だ。そんなだからリーダー権を移す際には『報酬をつけて引き取ってもらう』って形になるのさ」

「そ、ん、な……?」


 マリアの顔が強ばった。……本当は自分からパーティを脱退してしまえば、自動的に解散になるから、リーダーもクソもないけどな。

 けれどもマリアは何も知らないらしい。明らかに動揺していた。


 そこに上からの、さらなる破壊音が状況に拍車をかける。


『ギャオオオオーーーーーーーーーン!』


 バルコニーの真上の壁が突き破られ、大きな破片が落ちてきた。


「きゃああーーーっ!?」


 幸い巻き込まれることはなかったが、破片を受けたバルコニーがぐらついて、女神が悲鳴を上げる。


 だが俺は穴の開いた上階からぬっと飛び出た、異形の頭を見て息を呑んだ。

 あれは鋭利な牙を剥いた、漆黒の鬣を持つ獅子か。


「ひゃああ! 今の、見たですか!? ご主人様あっ!」


 ポルテが声を上げたときにはもう、獅子頭は口から炎を吐きながら硬い壁を噛み砕き、再び中に引っ込んで消えた。

 確か城内に飛んで突入したのは合成獣{キメラ}だったよな。


「……何体いるかは知らないが、あれが襲撃している魔物か。凶暴そうだ」

「早くっ、しない、と……!」


 マリアが焦る。しかし彼女は相変わらず、ポルテの小さな背中にしがみついているのがやっとだった。


 だから俺はいっそうマリアを追い詰める。


「気に入らないなら条件を変更してやる。これならどうだ」


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【リーダー譲渡申請】

リーダー署名:_____

リーダー譲渡先:白魔道士クライ

報酬:500000G

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「適当に変更しているだけだが、50万G? お前、まだそんなに大金を持ってたのか。もしかしてもっとあるのか」

「なっ、なにを……あん、たは!」

「これもダメか。じゃあこっちで」


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【リーダー譲渡申請】

リーダー署名:_____

リーダー譲渡先:白魔道士クライ

報酬:精霊銀のビキニアーマー×1

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「はっ、今度はレア装備ときたぞ。これくらいで俺は手を打ってもいいが、まだか」


 俺はマリアの返答をいちいち待たず、どんどんと条件を吊り上げていく。60万Gになり、80万G、そしてついに100万Gになった後は「光の牙×1」まで登場した。


「クライ!? あなたという人は、こんなときにー!」


 女神が憤慨するが、俺は淡々と条件を更新していくだけだ。


「……わ、わかったよ! サイン、すれば……いいんでしょ!」


 矢継ぎ早に変わっていく内容にびびって、ついにマリアが折れた。指先を伸ばし、署名欄に「勇者マリア」の名を刻んだ。


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【リーダー譲渡申請】

リーダー署名:勇者マリア

リーダー譲渡先:白魔道士クライ

報酬:勇者マリア×1

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「クライくん……! これであんた、アタシの代わりに……戦って、よ、ね!」


【パーティのリーダーが譲渡されました】

【新たに白魔道士クライがリーダーになりました】


 ふたつの表示が続けて出た。

 よし、と思いつつも……報酬が「勇者マリア×1」だと?


 そのことに気付いたのはどうやら俺だけだったらしい。マリアはサインするのがやっとだったし、ポルテや女神は細かい中身まで見ていなかったようだ。

 まあいい。今はとにかく慌てるときだ。


「ようやく、俺のターンだな」


 もうマリアに振り回されることはない。気の向くままにやるだけだ。

 俺は真っ先にバルコニーから城内へと飛び込んだ。


 城の廊下はあちこちに戦いの痕跡があり、壁はひび割れ、敷かれた絨毯もずれたり破れたりしていた。その中を俺は、上への階段目指して駆け抜ける。


「ご主人様あ!」


 マリアを担いだポルテや、女神が急いでついてきた。

 だがこっちがいちいち足並みを合わせる必要はない。……リーダーは俺だからな。



          ◇



 戦場はもう、この城の最上階に移っていた。

 女神たちをぶっちぎって俺は、見つけた階段を1人で駆け上がる。


 破られた重厚な扉に辿り着けば、そこは広すぎるメイデル姫の寝所となっていた。

 ちょっとしたホールほどもある中に、豪華なソファやテーブルといった調度品が置かれていたが……今はどれも蹴散らされ、部屋の端まで押しやられているという有様だ。


 無事なのは奥にある天蓋付きの巨大なベッドだけで、そこにメイデル姫やお付きのメイドたちが逃げ込んでいた。

 その前で姫を守るのは、鎧を着込んだ数名の騎士たちだ。どうやらぎりぎりで間に合ったらしい。皆、かなりのダメージを受けて立っているのがやっとという有様だった。


 中にはあの赤毛のアンジェリカの姿もあった。


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【王国騎士アンジェリカ】LV45

HP:641/1622

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 彼女もまた負傷し、寝所に飛び込んで来た俺に気付くだけの余裕もない。右腕が動かないのかだらりと下げ、盾を捨てた左手で剣を握り、睨み付けるのは迫り来る敵だった。

 しかし……いたのは1体だけ、だと?


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【キメラ巫女フランヌ】LV??

HP:18655/27000

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 しかもそいつは、女の姿をした魔物だった。

 俺の知らないヤツだが……。レベルも不明ときている。


「キメラの巫女……?」


 背が高く、白い髪と肌を持つ女だ。裸体に金の装飾品という、ほぼ半裸のその体はあちこちが「フランケンシュタインの怪物」のようにつぎはぎで、両腕の肘から先が異形となっていた。


 合成獣{キメラ}というだけあり、右手にあの黒い獅子の頭がついていて、アンジェリカたちを睨んで牙を打ち鳴らす。左手には銀の鱗を持つ大蛇が生えて、鞭のようにしなりを見せた。

 さらに背中にはコウモリのごとく漆黒の翼があり、頭にもねじれた山羊の角が生える。そのどちらも強力な武器として使うのだろう、血まみれだ。


「さて、フランヌちゃんも飽きてきました。そろそろ終幕のときだと思うのですが、お覚悟はよろしくて?」


 そしてキメラ巫女フランヌが、アンジェリカたちに悠然と迫る。


 ……妙な口調だ。子供っぽく自分の名を呼んだかと思えば、どこか品のある言葉遣いをする。ともかく、これ以上好きにさせるわけにはいかない。


「【全体回復{オールヒール}】!」


 獅子の腕が唸りを上げて騎士たちに襲いかかったとき、俺は魔法を放っていた。


【1203ヒール】【1199ヒール】【1212ヒール】【1221ヒール】【1185ヒール】


 白い光がアンジェリカたちを包み込み、一瞬でその傷を癒やす。


 一気にまとめて複数人の回復を行う【全体回復{オールヒール}】は、【大回復{ビッグヒール}】と同等の第四位階の魔法だが、回復量はあまり高くない。

 けれどもレベル50以下のアンジェリカたちが相手なら、この程度で十分だ。


「……クライ! 間に合ったのね!」


 すっかり右手の傷も治り、アンジェリカが両手で剣を持ち直して、獅子頭の牙を受け止めた。

 それでもフランヌの一撃は重く、アンジェリカの体が弾き飛ばされる。


「あぐっ!」


【405ダメージ】


 だが他の騎士たちが槍や盾で牽制し、フランヌの追撃を抑え込んだ。


 苛立った様子でキメラ女が振り返り、その冷たい目で俺を捉える。


「なんですか、貴様は。このフランヌちゃんの邪魔をなさるのですか?」

「ああ。倒しに来たんだ。このミッションを終わらせるためにな」

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