■第5話 勇者マリア(4)
●4
勇者マリアの勇姿を前に、広場の端にまで下がっていた騎士たちがおおお、と唸る。
「なんと……さすがは勇者様だ!」
「強い! たった1人で、あっという間にあのゴーレムを……!」
同じく、女神やポルテもあまりの強さに見とれていた。
「す、すごいですわ! これが勇者なのですね!?」
「これって、ご主人様よりも……?」
「……一撃で5000近いダメージだと?」
さすがに俺も舌を巻いた。
マスターゴーレムの防御力{DEF}さえ無視する、魔法属性による貫通攻撃だ。
『ブフォッ……ブファッ!』
ゴーレムはもう、口から蒸気を吐き出すのがやっとだった。
その頭の上に跳び乗り、マリアが大剣を振り上げる。
「さあ。もうおしまいだよ?」
一気にゴーレムの頭部をかち割って、終わらせようというのだろう。
だがな……冗談じゃないぞ。
「待て、【大回復{ビッグヒール}】!」
俺の手から放たれた治癒魔法の輝きが、手足を失い地に伏せたゴーレムを包み込み、【9999ヒール】の文字が躍った。
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【アイアンゴーレム(マスター)】LV130
HP:10847/22000
MP:????/????
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『ブフォオオ、オオオオオーーーーーッ!』
マスターゴーレムの腕が1本再生し、頭上にいたマリアを払い除ける。
「きゃああっ、ちょっと!? なによー!」
「……クライ! なにをやっていますの!?」
「ご主人様っ?」
側にいた女神もポルテもぎょっとしながら俺を見た。
「バカな、ゴーレムに回復魔法などと……!? クライ殿、いったいこれは!」
ざわつく騎士たちの中からゴルドラがわめいた。
俺も少し驚いている。咄嗟にやったことだが、無機質の敵にもちゃんと治癒魔法は効くんだな。だが、効いてよかった。
「ちょっと、あんた! なに考えてんのよ、もーー!」
「うるさい。殺すなということだ、マリア」
ゴーレムの上から飛び降りて、剣を構え直しながら睨んできたマリアに俺は警告する。
「勇者が規格外に強いのはわかった、さすがだ。だがトドメは待て、得策じゃない。……こんなところまで付き合わされたが、ここから先は俺のやり方に従ってもらう」
「バッカじゃないの!? アタシはさっさと終わらせるって言ったでしょ! ええいっ!」
マリアが一切躊躇せず、跳び上がってゴーレムに斬りつけた。
【4886ダメージ】
『ブファアアアアアアアア!!』
「無駄だ。【大回復{ビッグヒール}】!」
【9999ヒール】
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【アイアンゴーレム(マスター)】LV130
HP:15960/22000
MP:????/????
------------------------------
マリアに受けたダメージ以上に俺の魔法はマスターゴーレムを修復する。腕が2本とも再生し、消えかけていた瞳の奥の炎が勢いを取り戻した。
「なにアタシの邪魔してんのよ、あんたはーーーー!」
「邪魔してるのはそっちだ。いいか、ここでそいつを倒したらどうなるか……」
「こうなったら、本気で決めるからね!」
ゴーレムに向き直り、マリアが空中にウィンドウを呼び出した。
そこで確認するのは、スキルか? ……しまった。
「これでどうよ! 【ブレイブスラッシュ】!!」
構えた大剣の輝きが天に向かって爆ぜた。光の刃が膨張し、長さ10メートル以上になる。
「とあああああーーーーーーーーーーーーーっ!!」
それは真っ直ぐ振り下ろされ、マスターゴーレムを頭から一刀両断してしまった。
【16053ダメージ】
……1万超えだと?
攻撃力の限界は、普通はアイテムを使っても9999止まりのはずだ。
それを突破できるとは、やはりチート職ってことか。
『ブシャアアアアッ……!!』
ゴーレムが真っ二つに割れて倒れ込む。
そのときには、俺は慌てて離れていた。全力疾走だ。素早さ{AGI}だけは自信があるからな。広場の端まで退避する。
置いてけぼりになった女神とポルテが間抜け顔をしたが……。
【アイアンゴーレム(マスター)を倒した!】
そんな表示が出たのと同時に、城壁の外で変化が起きた。
【アイアンゴーレムが停止した!】【アイアンゴーレムが停止した!】【アイアンゴーレムが停止した!】【アイアンゴーレムが停止した!】
大穴の開いた城門の向こうでそんな文字が無数に出た。暴れていたアイアンゴーレムの群が、マスターゴーレムを倒したことでまとめて活動をやめたのだ。
直後、あちこちから断末魔の叫びのごとく蒸気が噴き出す。
それは2つに切断されたマスターゴーレムからも漏れ出し、周囲に撒き散らされた。
城壁の外と広場が一瞬で白い熱波に包まれる。こいつは……。
【「太古の呪い」が発動しました】
「へ? なに今の、呪いって……ふぎゃうっ!?」
蒸気の中でそんなマリアの声がした。他にも次々、無様な悲鳴が聞こえてきた。
「え、えっ? これって、いったいなにが!」
「……どうしたですか!」
ゆっくりと蒸気の霧が薄くなっていく中、広場に立っていたのは女神とポルテ、それに俺くらいだった。
「呪い系だったか。なるほど」
巻き込まれずに済んで俺はほっとする。どうやら逃げなくてもよかったようだ。
だが他の連中は皆、地面に倒れ込んでいた。
死んではいない。マスターゴーレムの残骸が消えた側では、あのマリアが大剣を落として固まっていた。起き上がろうとするも、顔を上げるのがやっとだ。
「な、に、これ……う、動けっ、ないっ……! 勇、者の、アタシがっ?」
「マリア。お前が迂闊に倒すから、こんなことになるんだ!」
俺はバカにも聞こえるように声を張った。
「こいつらの目的は城門の破壊じゃない、あくまで城の陥落だ。だから中ボスを倒したときには、足止めの罠{トラップ}が発動するんだよ!」
呪いはそのひとつだ。
爆発が起きたり、【睡魔】や【混乱】の状態異常がかけられたりと、何が発動するのかはわからない。しかし必ず、戦った者たちがまとめて巻き込まれるようになっている。
「たぶん今回は、敵に与えたダメージに比例して、体が麻痺するってヤツだろう」
「な……え……?」
だからこそ最もゴーレムにダメージを食らわせたマリアが、一番動けないのだ。
他にも騎士たちやゴルドラ、生き残った他の冒険者どもも同様だった。マリアよりはマシなようだが、誰も立ち上がれないでいた。
一方、今回魔物どもと戦わなかった俺や女神にポルテだけが影響を免れた。
「クライ! あなたは、だから先程、倒すなとマリアに言ったのですね?」
「ふわあ。さ、さすがはご主人様ですっ」
「…………。だが結局、こいつが中ボスを倒しちまった。状況は最悪だ」
俺は倒れたマリアのもとへ歩きながら、王都の中心にそびえる白亜の城に目を向けた。
そのとき、王城の方から轟音が響いてきた。
直前に俺は、なにかが空を飛翔して城の塔に突入したのを捉えていた。
【キメラが王城に侵入した!】
はっきりと俺たちの前に、赤い警告が現れる。
「なん、だ、とおっ……!」
騎士たちの中からゴルドラが呻いた。
俺たちをここで足止めしている間に、容赦なく王城が襲撃されたのだ。
「これが『エムブリヲ』だ。だから中ボスを追い込むときには、戦力を割いておく必要があったんだ! いや、少なくとも俺くらいは城に残っておくべきだったのにな」
「あ。う、そ……アタシ、のせ、い……?」
マリアが顔を強ばらせたが、今更だ。
「す、すぐ戻りましょう、クライ!」
女神が慌てるが、俺は静かに首を振る。
「間に合うものか。姫がいるのは城の最上階だぞ」
広場から王城を見上げ、その遠さに舌打ちする。もとより足がない。また、たとえ馬があっても残った俺と女神とポルテには、操るスキルがなかった。
ここから徒歩で向かうしかないのだが、走ってもかなりかかるだろう。
「そうです、ご主人様あ! 来たときみたいにアイテムがあればなんとかなるですよ!」
ポルテが「転移の宝珠{フライ・オーブ}」のことを思い出すが、無理だ。
「ない。あれは1回こっきりだ。特別なんだよ、ああいうアイテムは。あんなところで使う代物じゃなかったんだ。なあ、勇者様よ」
俺はマリアに一瞥もくれない。その価値もなかった。
「クソ、あの転移アイテムはたぶん、メイデル姫の緊急脱出用だぞ。なのに誰かさんが奪ったせいで、姫が城から脱出できる手段もなくなったんだ」
「う……アタ、シ……そんな、つもり、はっ」
「これが現実だ。開発チームにいたからって、『エムブリヲ』をやりこんでたわけじゃなかったようだな。なにが勇者だ、ド素人が!」
俺はただ城を眺め、暗い空を見つめていた。
それもじきに晴れるだろう。魔物の勝利による、ミッションの終了という形でな。
城の方で今度は爆発音が轟き、最上階近くの外壁が崩落した。
「……ミッション失敗は確定だ。さっきのマスターゴーレム以上の敵が現れたはずだ。城に残る戦力だけじゃ止められない」
なんという敗北感だろう。こんな無様なことがあるか!
まさかこの俺が、『エムブリヲ』のミッションを落とすだなんて……。
「ま、待ちなさい、クライ! なんとかならないのですか!?」
女神が食い下がるが、知るか。
「そうですわ。ほら、回復魔法をかけるのです! そうすればきっと、マリアだってすぐ動けるようになりますわ! 他の皆も……」
「無理だぞ。普通のダメージなら俺の魔法で治療できる。だが、これは呪いだからな」
僧侶{モンク}の仕事だ。……そう言えばゴーレムの侵入時に、巻き込まれて死んでたのがいたな。
「それにな。忘れてるようだが、パーティのリーダーは俺じゃなくてマリアだ。マリアが行動を決めないと、動けない。簡単に言うとだな、俺たちはマリアを放って駆けつけることはできないんだ」
「そ、それは……!」
女神も『エムブリヲ』がそうなっているのを知っているのだろう。
勝手に動こうにもきっと、何かが邪魔をする。
「……いいえ、わたくしがなんとかしてみせますわ! クライ!」
「お前が? はっ、いったいどうやって」
「ポルテ、マリアを背負ってくださいな!」
「へ? は、はいです……?」
女神に命じられるままにポルテが、マリアをドワーフ族の怪力で担ぎ上げた。
「あ……あんた、た、ち?」
そうか、こいつには……と思ったときには、女神は4枚に減っていた背中の翼を1枚、むしり取っていた。
ばっと霧散したそれは、眩いほどの白い輝きを放った。
堕神化した白の女神シルヴィーナに残された、奇跡を起こすための非常手段だ。
「わたくしたちだけでも、姫のもとへ!!」
瞬間、発動したのは転移魔法か。
女神を、マリアを担いだポルテを、そして俺を煌めきが包み込み……。
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