■第5話 勇者マリア(3)
●3
「こちらです、姫様!」
「なんということであるか。本当に、勇者ではないか……!」
このリアルな『エムブリヲ』でも、本当にリーダーであるマリアの側から離れられないのか。それを確認しようと俺は、1人でバルコニーから城の中に逃げようとした。
だがそれを阻むように現れたのは、騎士アンジェリカに導かれるようにやって来た、衛兵たちに守られたこの国の姫君だ。
「やだ、メイデル姫じゃない! そうだよ、このお城にいたんだよねっ」
ロールした長い金髪が煌びやかな姫を見て、マリアが駆け寄る。
姫の側にいるアンジェリカも、衛兵の男たちも阻まない。マリアとメイデル姫はお互いに手を取り合った。
「余がウェスタ王国当主、メイデルである。勇者マリアよ、このようなときに現れてくれたことを心より感謝する」
「いえいえ、勇者のお仕事をしに来ただけだから~」
……やはりNPC{ノンプレイヤーキャラクター}である姫たちも、あっさりマリアを受け入れていた。
無視して俺はこの場を離れようとしたが、バルコニーの出入り口の窓でアンジェリカが立ちはだかる。
「クライ! まさかキミが、あの勇者様と仲間だったなんて。もう、教えてくれればよかったのに」
「おい、邪魔だ。どけ」
「えっ、どうして?」
アンジェリカはきょとんとして、まったく退く気配がない。
しまった。やはりパーティに属していると、無理矢理離れることはできないのか。
それでも強引に押しのければ……と思ったときだ。
「何か必要なものがあれば、何でも申しつけるがよい。この国を、民を守るためであれば余は、協力を惜しむつもりはない」
「やったね! じゃあ、いきなりお願いしてもいいかな? 転移用のアイテムがあったらもらえる? 面倒だからあそこまで、ぱっと行ってきたいんだけど」
「ふむ。……余が身につけている、王族に伝えられし『転移の宝珠{フライ・オーブ}』ならばあるが、これでよいであろうか? 短距離でしか使えぬ代物であるが」
マリアと依頼契約を交わすことなく、姫が水滴の形をした虹色の宝石を取り出した。
転移アイテムはかなり貴重だ。俺も思わず振り返る。
【転移の宝珠{フライ・オーブ}を入手した】
「あの戦場まで行ければ十分だよ。使わせてもらうね!」
だが受け取るやいなやマリアが消費した。
宝石がバルコニー中を虹色の光に染め上げる。
「きゃああっ!?」
「ポルテたちの体が……光ってるです?」
しかもそれは女神にポルテ、俺やマリアの体を包み込んだ。
さらに現れるのはいくつかの行き先リストだ。
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【転移先】
・王城前
・冒険者ギルド
・武器屋
・スラム
------------------------------
「うん、この王都内ならどこでも行けそうね。えーっと、あそこは……」
リストをマリアがスクロールすれば、ご丁寧に「▽」のサインが出現し、バルコニーから見下ろせる風景に重なった。
「ここね! 『北の城門』っと」
「おい、待て!」
「じゃあ行ってくるね。大活躍してくるよ!」
俺が止める間もなくマリアが北の城門を選択し、俺たちは一瞬で転送された。
◇
光が掻き消えたとき、俺は北の城門前の半円状の広場に降り立っていた。
もちろんマリアと、女神にポルテも一緒だ。
ここは戦場のど真ん中だった。
「……隊列、防御! 来るぞ!!」
北の城門の前には百を超える冒険者どもと、盾を構える数十人の騎士たちが横一列に並んでいた。その中で指揮を執るのは、あの騎士隊長のゴルドラだ。
彼らは転移してきた俺たちに気付くことなく、正面にある北の城門に集中している。
……塞がれた城門に今、重い破裂音を立てて、大きな亀裂が刻まれた。
次の瞬間、木片と石材の破片が爆炎とともに飛んでくる!
城門から100メートル以上離れていた俺たちは平気だったが、騎士たちより前に出ていた冒険者連中が、熱波と瓦礫の雨に巻き込まれた。
「ぎゃああああ、ぐごっ!」
「げふっ!」
上がった悲鳴も押しつぶされ、城門の周りは血と肉の海と化した。
さすがはリアル版『エムブリヲ』だ。相変わらずグロい。
「うっそ、マジで!? やだ、もー!」
俺たちの近くに千切れた腕が一本落ちてきて、マリアが俺の後ろに隠れた。
「おい。お前が戦うために、俺たちまで巻き込んで戦場に飛び込んで来たんだぞ」
「わ、わかってるよ。でも……キモいよ、これー! こんなにリアルだったなんて……!」
「……なんてことですか、あああっ、クライ! すぐに治癒魔法を!」
マリアと違い、駆け寄って汚れるのも構わず腕を抱え上げたのは女神だった。
だがその手の中で、血の汚れと腕は消滅する。回復させるには手遅れだった。
「死んじゃった、ですか!?」
ポルテが漏らしたとおりだ。
強固な城門をついに破壊したのは、外から放たれた火炎魔法のせいだろう。
降り注いだ瓦礫に巻き込まれた連中は、炎に巻かれて【163ダメージ】【152ダメージ】【159ダメージ】と追加ダメージをもらい、次々に絶命していく。
【剣士シックスが死亡しました】【狩人ルナが死亡しました】【賞金稼ぎチャウが死亡しました】【僧侶アビゲイルが死亡しました】
彼らは倒れ、瓦礫の中で消滅する。この程度で死ぬとは低レベルな連中だ。
「そんな……今のわたくしには転生させる力がないのに。ごめんなさい……!」
女神が地面に頽れ、ぽろぽろと涙した。
だがいちいち悲しんでる場合じゃない。
『ブフォオオオオオオオオーーーーーーーーーーー!』
虚ろな咆吼を上げて、破壊された城門をさらに崩して巨大な魔物が現れた。
全身から蒸気を放ち、地響きを立てて外の堀を一またぎするそいつは、黒鉄の体を持つ巨人だ。
【アイアンゴーレムが王都に侵入した!】
赤い警告表示が出る。
「……中ボスの登場か」
重すぎて四つん這いの体勢になっているが、身の丈は20メートルほどもあるだろう。
幼児のように頭がでかく、赤い炎を宿す目の空洞が不気味で、息を呑まされた。
ついに、緊急バトルミッションは第2段階に入った。
戦場は街の中に移り、このボス格を倒すことが勝利条件となるのだ。
しかし、でかいな。
「ちょっと、大きすぎるでしょ、これーー!」
マリアの感想には同感だ。ゲーム内のイラストだと、ここまで巨大な印象はないが。
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【アイアンゴーレム(マスター)】LV130
HP:20450/22000
MP:????/????
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「そうか、こいつ『マスター』クラスか」
ゴーレムの頭上に現れた簡易ステータスを見て、俺は納得する。
「ご主人様! まだ、外にいるですよ!」
ポルテが破壊された城門の向こうに、別のアイアンゴーレムの姿を見つけた。
それも1体や2体じゃない。外で戦う冒険者どもを蹴散らして、侵入を果たした「マスター」に続こうとしている。
要はこのマスターゴーレムこそが、他のゴーレムを率いているリーダーなのだ。
「わかりますわ……邪悪な気配が! この特別な1体から、他のゴーレムたちに強大な魔力が供給されていますわ!」
女神が涙を拭い、ゴーレムどもを睨み付けた。
「先頭の1体を倒せばきっと、他のゴーレムも停止するのですね?」
「クライ殿!? 女神様に、それと……そこにいるのは勇者殿か!」
被害の少なかった騎士たちの隊列を下がらせながら、ゴルドラが俺たちに気付いた。
「この窮地に、心強いぞ! 頼む、手を貸してくれ! 他の魔物どもは冒険者たちの手を借りて駆逐したが、残ったゴーレムどもが倒せないのだ。通常攻撃が通らぬ!」
確かにゴルドラの言うとおり、爆炎を逃れた冒険者たちが攻撃を始めるが、マスターゴーレムのHPを削れない。剣も矢もその表面で弾かれていた。
ゴーレムはそもそも魔法で動く代物だ。格下のウッドゴーレムやストーンゴーレムならともかく、このクラスになると魔法系の攻撃しか通じないのだ。
しかもその口が大きく開けば、目がいっそう鮮やかに燃えた。
空気を吸い込み、体内で火球を育て始めたのだ。発動にはしばらく時間がかかるが、また強烈な爆炎を吐くつもりだろう。
威力は高いが、動きは止まっている。正面から逃げれば直撃することはないが……。
「い、いけません! またあの炎が撒き散らされたら……今度は、街が!」
マスターゴーレムの頭が向いた先を見て、女神が青ざめた。
ちょうど大きな通りが延びており、きっと炎は真っ直ぐ焼き尽くしていくだろう。
「王都を守れえっ!!」
それを阻もうとゴルドラが、騎士たちとともにマスターゴーレムの正面に移動した。
1枚で人1人を覆える盾を騎士たちが重ね、壁と成す。
残っていた冒険者たちは、この隙に逃げ出した。勝てないと悟ったのだ。
代わりに前に出たのは、背中から大剣を引き抜いた勇者マリアだった。
「とにかく、あれを退治すればいいんでしょ。ふー、さて……これ、使えるよね?」
「やるですか、勇者様? ……わ、わっ」
ハンマーを構えていたポルテの隣に立ち、同じように構えた大剣の刃が、いきなり白く発光した。
魔法剣「光の牙」だ。
その名の通り光の刀身を持つ、魔法で強化されたレア装備だった。
「うん、いける。体が軽いよ!」
その大剣を片手で振るい、マリアがとんっと身軽に跳ねた。
ここはリアルじゃない。『エムブリヲ』の中だ。そして白魔道士{ヒーラー}の俺とは違い、勇者はきっと身体能力に長ける職種{ジョブ}だろう。
次の瞬間地を蹴って、弾丸のごとくマリアが疾駆した。
「たあーーーーーーーーーーっ!!」
『ブフォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
走り込んだ彼女は勢いのまま、四つん這いになったゴーレムの前足を斬りつける。
今まで攻撃の通らなかった黒鉄の皮膚が滑らかに切断され、マスターゴーレムが傾いた。地面に大きな顎をぶつけ、溜めた炎を噛み潰す。
【4944ダメージ】【スキルキャンセル発動!】
痛烈なダメージに、ゴーレムは爆炎を吐き損ねたようだ。全身から蒸気を漏らして憤怒する。
そのときにはまた、マリアの光の刃が翻った。
「あっは。これ、楽しーーー! さっすが勇者だよ!」
勇者マリアの強さは圧倒的だった。
残ったゴーレムの手足を次々切断する。
【4831ダメージ】【4920ダメージ】【4907ダメージ】
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【アイアンゴーレム(マスター)】LV130
HP:848/22000
MP:????/????
------------------------------
瞬く間にマスターゴーレムのHPが一割を切り、瀕死の赤に染まった。
まともに身動きも取れず、後はマリアがトドメを刺すだけだ。
「ひゅー。やったね、アタシっ」
悠々と大剣を掲げて、勇者マリアが勝ち誇った。
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