■第5話 勇者マリア(2)
●2
転生者が落ちてくるのと同時に、輝く『命の泉』が飛散した。
凄まじい勢いで散ったため、俺たちに水が降り注ぐことはなかったが、巻き込まれたのはテントだ。衝撃に揺れ、根元から引っこ抜かれ、破損する形ですべて消失する。
……強制的にキャンプが終了させられたのか?
だがそんなことよりも俺は、目の前に降り立った転生者にたじろいだ。
そいつは明らかに冒険者の格好をしていた。背中には鞘に収まった大剣を担ぐ、露出度の高い蒼銀の鎧を身につけた、青髪サイドテールの少女だ。
「精霊銀{ミスリル}のビキニアーマーに、あの大剣は……『光の牙』だと!?」
一目でわかるレア装備だ。明らかに重課金プレイヤーだが……こいつ、NPC{ノンプレイヤーキャラクター}じゃない?
つまり俺と同じ……。
「な、なんですかっ? わたくしの力が無理矢理引き出されて、今、転生が……?」
叩き起こされた女神は、汗だくで狼狽えていた。
どうやらこいつの仕業ではないようだが。
「転生、できた? ここが『エムブリヲ』の中……これが、アタシの体ってわけね? いいねいいね、超リアル! まさか、ここまでなんて……!」
俺たちの前で、テントが消えたバルコニーからの風景を見回してから、青髪の少女が自分の体をまさぐった。一人でしきりに感心している。
「あなたは……勇者様、ですか!?」
すると、胸当ての金具を直したポルテがいきなり叫んだ。……なに?
「うん、ちゃんと認識できてるみたいだね。ええと、確認はこうかな?」
少女は右手に着けられた指輪に触れて、空中にウィンドウを呼び出した。
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名前/種族:マリア/ヒューマン
年齢/性別:18/♀
ジョブ/ランク:勇者/SSS
LV/属性:200/特
HP:8000
MP:4000
ATK:3500(△1500)
DEF:2000(△800)
MATK:3000
MDEF:2000(△500)
AGI:600(▼500)
LUK:500
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「んっ、『勇者マリア』……それがアタシってわけね。よろしくう」
「勇者だと? ……あり得ないだろ!」
彼女、マリアのステータス表示を見て俺は吠えていた。
「この『エムブリヲ』に、勇者なんて職種{ジョブ}はなかったはずだ。邪神はいても魔王がいないんだからな。属性の『特』なんてのも聞いたことないぞ!」
しかも転生直後でレベル200とか、いろいろおかしい。
「クライ、なにを言っていますの」
だが、きょとんとした顔で俺を見るのは、ようやく立ち上がった女神だった。
「勇者……それは邪を払う、最強の転生者の称号ですわ。わたくしの導きなしに、自力でこちらの世界に現れることができるなんて、さすがは勇者様ですわ!」
「勇者様と出会えるなんて……奇跡ですよう!」
ポルテまでもがきらきらした目でマリアを見ていた。
ゲーム内では誰もが知っていることになる存在、それが勇者ってことか……?
「ま、そんな感じに調整してもらったからだよ。属性『特』は、特別待遇の『特』ってわけ」
マリアは面倒くさそうに俺をあしらった。
その言葉は明らかに、これがゲーム的異世界だと知るものだ。
「……ここに来られたのは俺だけじゃなかったのか」
「あんたがクライくん? ふーん、そっちは誰のデザインなんだろ。モブっぽいねー」
「は?」
「ま、ランクの低い白魔道士{ヒーラー}ならそんなもんか。アタシの外見、いいでしょ! もうちょっと時間くれたら、もっといい感じにしたけどね。でも締め切り内でいい仕事をするのがプロってもんだし? ほらほらっ」
俺たちに見せびらかすように、マリアはくるくるとその場で回ってみせた。
確かにサイドテールの髪型は特徴的だし、目も大きくて美少女だ。
ヘソ出しのエロい格好に、あちこちにあしらわれたブルーのリボンがよく似合う。
待てよ。俺はマリアの見た目にぴんときた。
「デザインって……それ、ゲームイラストレーターの、てんまり先生のことか? 確かにお前の見た目って、てんまり先生のキャラデザそっくりだが」
「てん……? なんですか、クライ?」
女神が首を傾げ、ポルテもきょとんとしている。
ゲーム外のことはやはりわからないようだが、俺はよく知っていた。イラストレーター「てんまり」は、『エムブリヲ』の初期からキャラクターデザインを手がける1人だ。
誰よりも手が早いことから、『エムブリヲ』に登場する膨大なキャラの半数はてんまりデザインと言われている。
ここにいる白の女神シルヴィーナやポルテも、確かてんまりデザインのはずだ。大人びた巨乳キャラからロリ系のつるぺたキャラまでそつなくこなすタイプである。
特に女キャラばかり手がけていて、エロCGでずいぶんお世話になっていたから、俺が見紛うはずもない。
「クライくんはアタシのこと知ってるんだ? 何を隠そうこのアタシこそが、そのてんまりだよ! ふふーん」
「はあ? てんまりって……お前が?」
「信じなくてもいいけどね。証拠もないし。でも、いいよねこの世界! ほんとすごーい! こんなにリアルになってるってだけで感動だけど、シルヴィーナ様に、隠れキャラのポルテまで、ちゃんと生きて動いてるんだもん。ねえねえ、ちょっと触らせてよ!」
「ひゃあ? くすぐったいですようー!」
いきなりマリアに飛びつかれ、ポルテはあちこちべたべたまさぐられた。
「華奢だねー。ドワーフだから、もちょっと肉付きのいい方が良かったかなあ。でもちっちゃくてかわいい方がウケるし、アタシが好きだし」
「ああうわううう~~」
最後は愛おしくツインテール頭を撫で回され、ポルテが困惑しながら固まった。
ひとしきり堪能してから、次にマリアは女神へと興味を移す。
「おおー! シルヴィーナ様は、美乳にしてくれってオーダーどおりにデザインしたけど……いい、すっごくいい! これすごいよ!」
「どっ、どこ揉んでるのですかあああ?」
「あ、ごめーん。でもこれ、触りたくなる大きさだよ! ほんとに、なにこのおっぱい?」
無遠慮に巨乳を揉みしだいて女神を悶絶させ、マリアはてへぺろと舌を出した。
気持ちはわかる。あの胸は本当に魔性の柔らかさだからな。
「しかも、このハリ! 10代の女の子みたい。いいなー」
「クライ! 見てないで助けてくださあい!」
女神が嘆くが、知ったことか。
そんなことより頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「なんなんだ……いきなり転生してきたかと思えば、それが『エムブリヲ』のキャラデザ担当? つまりここは、やっぱりゲーム世界ってことか? だが」
……本当に? 今まで俺はここが自分の幻想の中か、ゲームそっくりな異世界だと思い込んでいた。なぜならすべてがゲームより、圧倒的にリアルだからだ。
こんなもの、ゲームであるはずがない。あり得ない……。
「どういうことになってるんだ? いや、ここが本当に『エムブリヲ』だとしても、そもそもなんで、俺とお前しかプレイヤーがいないんだ」
ついバルコニーから、戦いの声が飛び交う城壁の方を見渡した。
あそこにいる冒険者どもからは、プレイヤーの気配がしなかった。
少なくともマリアみたいに「リアル」の話をした者はいなかったのだ。
「アタシが送られてきた理由? それってあんたのせいなんだからね、クライくん!」
「俺?」
「そう……こんなことするからだよ、ほらあ!」
マリアがつんつんとつついたのは、女神の胸に現れた、花のつぼみのような紋様だ。
俺が彼女を穢した証として刻まれた「淫紋」である。
「あんたのおかげで、女神様の力が失われるっていうバグが起きたのよ。おかげで『エムブリヲ』のシステムは大混乱! 制御するどころか、外からの観測さえ無理になって……とにかく大変なのよ! こんなにリアルに、アップデートできたっていうのにさ!」
「つ、強くつつかないでくださいっ、あっああん!」
「わあ、やっぱりこれ、すっごいや。視覚じゃなくて、知覚に直接フィードバックしてくるって、中に入るとすべて本物と変わらないレベルだよ! でも、これだけデータ量が膨大になりすぎたから、些細なバグが致命傷になったんだけどね……」
マリアが女神の胸を弄びながら溜息を吐いた。
「……ご主人様あ?」
話についてこれないポルテはともかく、俺はなんとなく理解する。
「まさか本当に、この世界は『エムブリヲ』のゲームの中で……『エムブリヲ』のバージョンアップ版ということか?」
「見ての通りでしょ。詳しい説明はできないけどね。運営初期から関わってるけど、アタシはプログラマーじゃないしさ」
「初期……。そういえば『エムブリヲ』はもう十数年続いてるゲームだったな。それに最初から関わってるってことは、お前って本当はアラフォー……」
「ちょっとお! まだギリ、アラサーだから! いや、こっちのマリアは18だからね。やめてよ、もう!」
マリアの反応を見るに、彼女がこの世界の外からやってきたのは確かなようだ。さながら精神ごと入り込める、進化型VR{バーチャルリアリティ}版と言ったところか。
だが、決定的にわからないことがあった。
「なぜ俺は、ここにいる? ……死んで、転生して、そこが『エムブリヲ』そっくりの異世界だと思っていたのに」
マリアの出現で俺の都合のいい妄想世界、という可能性も消えた。
「死んだ? あんたが? 嘘だよね。それこそあり得ないよ」
そのマリアが鼻で笑う。
ん? 運営側でも、俺のことを把握してないのか。
「とゆーかアタシは、あんたがどこから入り込んだのかは知らされてないよ。バグが起こる前の記録から、あんたが原因のひとつを作ったってことはわかったみたいだけどさ」
「先程から聞いていると、どうもこことは理の異なる、隣り合う別の世界の話のようですわね」
そこに女神が割って入った。こいつ……そう言えば?
「確かシルヴィーナ、お前……俺を転生させたとき別の世界がって言ってたな」
「ええ。クライ、誰があなたをここに呼んだと思っているのですか?」
「それはゲームの話だろ……」
「あー、もともと女神様には職種{ジョブ}の自動バランス調整とか、『エムブリヲ』の管理権限の一部を持たせてたみたいだから。それで多少はアタシたちの世界の存在を認識できてるのかもね」
「それはもう、神ですから!」
女神が自慢げに巨乳を揺らした。
「でも、そのせいで、女神様のバグがふたつの世界の接続にまで影響を及ぼしたみたいなの。とにかく、これを修正しなきゃってことで、今回アタシが勇者として降臨したわけだよ。ま、だいたいわかった?」
「……つまりは、世界の救世主として今ここに、勇者様が降臨したということですわね! ああっ、なんということでしょう!」
簡潔に女神がまとめた。そう、とマリアが笑って頷く。
「この状況を修正するには、ゲームを中から停止させるしかないのよ。要はクリアするってこと! そのために邪神勢力を蹴散らして、さっさと終わらせるよ!」
バルコニーからマリアは街を見下ろした。緊急バトルミッションで沸く、北の城壁の様子を確認する。
「まずはあれを処理しなきゃって感じかな。うんうん」
「勇者様が参戦してくれるですか? わあいっ、心強いです!」
「ああ、そうか。好きにしろよ」
ポルテははしゃぐが、俺にはどうでもいいことだ。
まだ混乱しているというのもあるが……勇者だって?
運営側のチートキャラと関わるなんてごめんだ。勝手にクリアでもなんでもすればいい。俺は俺で、このリアルなゲーム世界を気ままに楽しむだけだ。
「なに他人事みたいに言ってんの? あんたも一緒だよ、クライくん!」
けれどもマリアに睨まれた。
「はっ。なんで俺が……」
「協力してもらうってこと! 事態を悪化させたのはあんたなんだからねっ」
「嫌だ。冗談じゃない」
「拒否権はないよ、ほらっ」
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【勇者マリアのパーティ】
白魔道士クライ
戦士ポルテ
白の女神シルヴィーナ
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マリアが空中に呼び出したのは、パーティのリストだ。
それはマリアをリーダーとして表示されたものだが、バカな!
「なんで俺たちが入ってるんだ? お前と組んだ覚えはないぞ!!」
「これが勇者の固有スキルってわけ。最初からクライくんを狙ってここに来たからね、無理矢理アタシのパーティに入ってもらったよ」
女神はともかく、俺に隷属するポルテまで取り込まれている。
しまった。主導権を握られた。
「くっ……!」
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【パーティ離脱申請】
申請者:白魔道士クライ
許諾署名:_____
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「ダメダメ、クライくん。それはアタシには通じないよ? 却下で!」
即座に作成したパーティ離脱の申請書を、マリアが一撫でで消し飛ばした。
「お前……普通は申請を出したら受諾するものだろ! パーティにいたくないって言ってるんだからな!」
「素行の悪い仲間を管理するのもリーダーの役目だよ。アタシはそういうプレイヤーなの!」
「なんと素敵なのでしょうっ。そうですわ、クライにはあなたのような導き手が必要だったのです!」
女神だけは喜んだが、最悪だ。
確かにリーダーシステムは『エムブリヲ』の自浄作用のひとつだ。俺が今まで女神やポルテにしてきたように、リーダーの権限は絶対であり抵抗できない。
キャンプすると決めたら従うしかないし、一定の範囲内から出ての行動も許されないのだ。……だから俺はソロプレイ専門で、そういったややこしいことには関わってこなかったのに!
「さあさあ。アタシの手伝いをばっちりしてもらうからね、クライくうーん」
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