■特別編 暗殺者サツキ(1)
【8hの休息を取りました。HP・MP完全回復です】
そんな表示とともに、今日も俺は城のVIPルームで目を覚ます。
しかしもうひとつの表示が、相変わらず時を刻んでいた。
【24:48】
「24時間……まだ1日あるか」
俺はそのカウント数値を見てぼやく。
魔法武器職人{マジック・スミス}レイに頼んだ、俺の武器が完成するまでの残り時間だ。
まいった。
もうやることがない。
「G{ゴールド}もそれなりに潤沢だし、ST{スタミナ}回復用の食料も買い込んだしな」
他にも必要なアイテムはざっとそろえた。
後は武器ができれば冒険に出るだけなのだが……どうやら今日1日は、暇を潰さなければならないようだ。
こうなったら街に出て冒険者ギルドで、少しはマシな依頼でも引き受けてみるか?
……もっとも、依頼ミッションとは自分から引き受けに行くものだけじゃない。
勝手に向こうからやってくるものもある。それが『エムブリヲ』の世界だ。
「ほら、クライ! 朝ご飯ですわよ~」
白のローブを纏って、ベッドのある個室から出れば、広いリビングダイニングのテーブルに女神が着いていた。
まったく、この食いしん坊女神ときたら。ワゴンに朝食を載せてやって来たメイドを、こうして待ち構えるようになっていた。
「おはようございますです、ご主人様!」
ポルテも早起きで、いつものようにメイドから朝食のトレーを受け取る。
小柄な体で、そそくさと俺のぶんを運んでくるのが甲斐甲斐しい。
だが俺は、妙な違和感を覚えていた。
それは今日、部屋に来たメイドの姿を見たからだ。
ドワーフ族のポルテとあまり変わらない、背の低さはいいとして。
なんで……頭に黒いネコミミが生えてるんだ?
「獣人{ビースト}族、だと?」
ネコミミメイドとはな、さすがは『エムブリヲ』。萌えどころも抑えている。
でもここは、ウェスタ王国の城内だ。
人間種の国であり、ここでネコミミメイドを見たのは初めてのことだった。
そんなことを思っていたとき。
【暗殺者サツキの奇襲攻撃!】
「なに!?」
いきなりそんな表示が空中に出ると、周囲の空気が暗くなる。
バトル開始……しかも奇襲だと!?
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【暗殺者サツキ】LV44
HP:???/???
MP:???/???
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敵のステータス表示が出る。
だがそれより俺は、ネコミミメイドの動きに気付いた。
彼女は俊敏に俺の背後に回ったのだ。スカートを翻して手にしたのは、長い尻尾に握らせていた、光らないよう黒く塗られたナイフか。
が、俺も速い。敏捷力{AGI}を強化してあるからな。
だから後ろから迫ったナイフを、俺は振り返りながらかわしてみせた。
「ご、ご主人様あっ!?」
ポルテが慌てて駆けつけて、いつも革の胸当てとともに装備している、腰の後ろのショートハンマーを手にした。
「えええええっ、なんですかなんですかああ!?」
女神の方はあたふたして、椅子から転げ落ちていたが。
奇襲に失敗したネコミミメイドはそんな女神を身軽に飛び越え、俺やポルテから離れた。
【暗殺者サツキの奇襲失敗!】
戦闘終了の表示が出て、暗くなっていた空気が晴れる。
「まさか今の一撃をかわすなんて……なかなかやるのだ!」
ネコミミメイドが不敵な笑みを浮かべた。
「……お前が、暗殺者サツキか?」
「ふっふっふ。よくぞ見破ったのだ!」
俺たちの前でその姿がかわる。メイド姿から、黒装束のロリ系少女へと。
【変装】スキルの持ち主らしい。
正体を現した暗殺者サツキは、鎖帷子を網タイツのように履きこなす、女忍者の格好をしていた。
でも頭の上の黒いネコミミと長い尻尾は健在だ。
いや、変装しきれてなかったということか。
……なんだか大した相手じゃなさそうだぞ、このロリ。
「暗殺者……ご主人様の命を狙ったということですか!? どうしてです!」
俺の代わりに、こっちのロリであるポルテが問うた。
「それはもちろん、依頼を受けたからに決まってるのだ。暗殺はこのアチシのお仕事なのだ!」
悪びれもせずサツキが言う。
依頼? 俺を誰かが殺したいってことか?
「ほらあ、クライ! やっぱりあなたという人は……悔い改める必要があるのですわ!」
やっと立ち上がった女神が、なぜか俺に噛みついた。
あのなあ。
「言っておくが、俺は白魔道士{ヒーラー}に転生させられてから、カルマを溜めるような行為はしてないぞ」
「はい? そ、そんなわけないですわ!? やり方がいちいち……」
「属性が闇に堕ちたわけでもないし。狙われるような心当たりはない」
俺は断言した。
女神が目を白黒させていたが知るか。
だがこの街に来て、少し目立ったかもしれない。
邪険に思う連中がいてもおかしくはないか。
「どこのどいつだ、依頼人は?」
「にゃっふーん♪ それをアチシが言うと思うのだ?」
べーっとサツキが舌を出した。
「オマエはこのアチシの、名誉ある最初の獲物として、無残に死んでいけばいいのだ!」
「それって……つまり駆け出しの殺し屋ってとこか」
「ここからアチシの暗殺伝説が始まるのだ!! オマエ、なかなか手強くていいのだ。伝説の第一歩として、アチシと勝負といくのだ!」
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【依頼契約】
履行者:白魔道士クライ
達成条件:暗殺者サツキの暗殺依頼の失敗
成功報酬:500G
依頼署名:_____
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いきなりサツキが突きつけてきたのは、空中に呼び出した契約だった。
そうか、これもイベントというわけだな。
しかし……。
「どうなのだ! アチシを諦めさせたなら報酬まで払ってやるのだ! ほれほれ~♪」
「……バカか? 誰がやるか」
「にゃはあ!? な、なんでなのだあーーー!?」
「当たり前です! そもそもご主人様は、ポルテが守るですよー!」
ポルテが憤慨するが、それ以前の問題だ。
「報酬がしょぼいんだよ。500Gぽっちとか、そんなので俺が付き合うわけないだろう。帰れ!」
しっしっ、と俺は仕草でサツキを追い払う。
「にゃ、にゃ、にゃ……アチシの、華麗なる暗殺伝説の始まりが~~~~!!」
「隙ありです! ……あっ!?」
飛びかかったポルテだが、それより速くサツキが動いた。
まさに猫のような俊敏さを見せて、彼女は部屋の扉をするりと抜けて出て行った。
「今に見てるのだあ! 絶対に、勝負させてやるのだああああ!」
そう捨て台詞を吐いてサツキが消える。
扉には、わずかな隙間が空いていた。
さりげなく挟み込まれていたのは、部屋のソファにあったクッションだ。
「逃げ道を確保していたのですか? あのコ……!」
女神も目を丸くし、ポルテもさすがに息を呑む。
なるほど、暗殺者の職種{ジョブ}はダテじゃないか。
「しかし……こっちが契約を結ばなくとも、また襲ってくるってことか?」
まったく、面倒なイベントだ。
退屈しのぎにはなりそうだがな。
「追いかけるですよ!」
さっそくポルテがハンマーを握ったまま、部屋を飛び出して行こうとする。
だがその前に、半開きのままの扉をノックして現れたのは、赤毛の女騎士だった。
「失礼するわ。女神様? なんだか騒がしかったけれど……なにかありましたか?」
「あっ! アンジェリカ、いいところに来ましたわ! クライの命を狙う暗殺者という少女が……」
「おい待て、シルヴィーナ!」
騎士アンジェリカに駆け寄った女神を俺は制した。
「どうかしたですか、ご主人様?」
ポルテもきょとんとしていたが……あのなあ。
部屋を訪れたアンジェリカの頭には、明らかな違和感があった。
見覚えのある黒いネコミミがちょこんと生えていたのだ。
「…………。お前、アンジェリカじゃないだろ。サツキ!」
「にゃあっ!? 一目でばれたのだあ!」
アンジェリカのお尻から垂れた尻尾が跳ね上がり、瞬く間に小柄なサツキの姿に戻る。
えええ、と狼狽えるのはポルテに女神だ。
「そんな! アンジェリカにまでなれるのですか!?」
「わからかなったです!」
……こいつら……。
いや、NPC{ノンプレイヤーキャラクター}の2人には判別できないってことか?
「やっぱりオマエはアチシの相手に相応しい標的、というわけなのだ! ほらほら、さっさと契約をするのだあ!」
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【依頼契約】
履行者:白魔道士クライ
達成条件:暗殺者サツキの暗殺依頼の失敗
成功報酬:800G
依頼署名:_____
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「うるさい、黙れ。消えろ」
800Gとか、話になるかバカ!
「にゃふうっ!? ……これでもダメとか、覚えてるのだ! 次こそ殺してやるのだー!」
またサツキが素早く逃げた。
「待つですよー!!」
慌ててポルテが追いかけるも、サツキは逃げ足だけは優秀なようだ。
見失い、すごすごとポルテが帰ってきた。
「あっという間に見えなくなったです……ごめんなさいです、ご主人様あ」
「あいつマジで、こっちが契約を呑むまで何度でも襲ってくる気か?」
やれやれ、と俺は溜息をついた。
「ほら。悔い改めないからですわ!」
女神のドヤ顔が鬱陶しい。
それは関係ないと思うが……本当に面倒なことになったようだ。
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