■特別編 火霊使いスカーレット(2)

「どうぞご自由にお選びくださいね♪」


 ギルド長カトリーヌに見送られ、俺はカジノの人混みをすり抜け進んでいく。


 目指すは奥の闘技場、ではない。

 あれは大穴でもなければ一攫千金は狙いにくい。出場者になってもリターンはさほど多くないしな。


 俺が辿り着いたのはカジノの片隅にある、閑散とした一画だった。

 そこはルーレットのコーナーだ。


 有名なゲームだから説明するほどでもないだろうが……赤と黒に色分けされた数字のついた円盤{ホイール}を、胴元{ディーラー}が回してボールを投げ入れるというヤツだ。

 そのボールが止まった場所{ポケット}の数字や色を当てれば勝ち、なのだが。

 ……この『エムブリヲ』では、そう簡単にはいかないんだよな。


『バトル・ルーレット』


 ホイールの置かれた大きな台には、そう読める異世界の文字のプレートが貼られていた。


 バトル、というのが曲者だ。

 おかげで誰ひとりプレイヤーは寄りついておらず、暇そうにしていた背の高い金髪の修道女が、近づいた俺を見てウィンクしてきた。


「そこの君、バトル・ルーレットやってかない? 特殊ルールのルーレットだけど、倍率{オッズ}は最低でも10倍からだぜ! まぁ、負けても最低10倍払ってもらうけどさ。にひひー」

「ああ、やらせてもらおう」

「おかげでビビってなかなか客がこなくて、あたし暇でさー。……え? 今、なんて?」

「だから、プレイすると言ったんだ」


 俺は台の上に、持っていたコインを全部積み上げた。

 賭ける場所は即決した。「黒」のマスだ。

 数字に関係なく、黒にボールが入れば最低倍率{オッズ}の10倍もらえる。


 別に赤でもよかったんだが……気分の問題だな。

 ざわついたのは周囲にいた客たちだった。


「おい、あいつ……バトル・ルーレットに手を出すぞ!」

「無謀だな。初心者か? 勝てるわけないんだよ……」

「よりによって今日のディーラーは、あの『火霊使いスカーレット』じゃない。久々にスカーレットの戦いぶりが見られるわ!」


 観衆がどっと押し寄せてきた。

 火霊使いとは、魔法使いの中でも火炎魔法に特化した高ランク職種{ジョブ}だ。


「そっちは白魔道士{ヒーラー}かあ。あんまり燃えない相手だなー」


 スカーレットが俺の白ローブ姿を見て、鼻で笑う。


「ま、いいや。コインを置いた時点で降りるのはナシだぜ? 初心者にも容赦しないのがあたしだ。でも、ルールくらいは確認させてやってもいいぜ!」

「必要ない」


 俺はルールを熟知している。

 バトル・ルーレットとはその名の通り、ホイールが回っている最中に戦闘行為が許される、という『エムブリヲ』独自のゲームだ。


 つまり投げられたボールをプレイヤーは実力行使で、ホイールが止まるまでに賭けたポケットに落とせばいい。

 しかし、もちろんそれをディーラーであるスカーレットも、実力をもって排除しに来る……というわけだ。


 だが、それがどうした?


「さあ、始めろ。ボールが黒で止まれば俺の勝ちだ」

「……それ以外ならあたしの勝ちで、そっちは10倍払いだぜ! じゃあルーレット、スタートだ!!」


 慣れた手つきでスカーレットがホイールを滑らかに回転させた。

 そしてすぐ、白いボールが投げ入れられる。


【バトル開始!】


 空中に表示が出た。

 食い気味に見ていた観衆も、俺から少し距離を開ける。


 カラララララララ……!


 ボールが音を立てて減速を始める中、俺もスカーレットもまだ動かない。


「へえ、直接飛びかかってこないのか。もしかしてこのまま、運任せで黒に入るの待ってる?」

「…………」

「そういうやり方もあるけどさー、絶望に焦がしてやるよ! あたしの【玉入れ】スキルのレベルは95だぜ。狙ったポケットに落とすなんて楽勝なのさ! もちろん今回は、黒じゃなくて赤にね。にひひひひ!」


 スキルの修練レベル95?

 つまり95%の確率でイカサマができるってわけだ。


「……それ言っていいのか? 余計に客が集まらないぞ」

「う、うるさいな! で、こうすれば……君が直接、ボールに手出しはもうできないぜ! 【火輪防壁{ファイアウォール}】!!」


 ばっ! と炎の花が台の上に咲いた。

 観客がどよめく中、できあがったのは回るホイールを包み込むよう生まれた、揺らめく炎のバリヤーである。


 本来は防御用の火炎魔法を、ホイールを守るためだけに放ったのだ。


「えっへん! どうだ、まいったかー!」


 スカーレットがご満悦といった表情だ。


 そしてホイールが勢いを失い、その上でボールが止まり始める。

 カラン、と最後に落ちたのはスカーレットの狙い通り、赤い数字のポケットで……。


「【心臓圧迫{カウンターショック}】!」


 完全に止まる直前、俺は魔法を発動させていた。

 手のひらでルーレットの台に触れ、白い輝きとともに強い振動を放つ!


 これ、俺は今まで使ったことはないが……HPが0になって倒れたばかりの仲間に行使すれば、たまにHP1で蘇生できるという、いわゆる「心臓マッサージ」の魔法だ。

 大した威力はないものの、台をわずかに揺らすには十分だった。


 炎に包まれたホイールの中で、ボールがひとつ横のポケットにずれた。

 赤の隣の、黒にな。


「な、なんだってーーーー!?」


【バトル終了。プレイヤーの勝利です!】


 今更スカーレットが騒いでも無駄だ。ボールが完全に止まり、俺の勝利が確定する。


 台の上に置かれていたコインが煌めき、10倍の数に増えた。

 その光景に観衆たちが狂乱し、押し寄せてくる。


「すげえ! バトル・ルーレットで勝ちやがったああ!」

「初めて見たわ、あのスカーレットが負けるところ!」

「こんなことならついでにおれも、参加しておけばよかった……!」


 あーもう、うるさいな!

 俺は増えたコインに触れて、アイテムボックスへと消失させる。


「お、おい! 勝ち逃げか!?」


 スカーレットが台の上の炎を消して、身を乗り出してきた。


「こんなの、納得しないぞ! 燃えてきた……もう一勝負しろよ、白魔道士{ヒーラー}!! このあたしがこんなことで、負けるわけないんだってのー!!」

「……何度やっても同じだぞ。俺が勝つ」

「う、うるさい! いいから賭けろよっ!」


 スカーレットは必死だが、俺はコインを出さなかった。


 どうせ意味がないからな。

 このバトル・ルーレットで勝った後の展開は知っていた。


「あらあら~。負けちゃいましたか、スカーレットさん♪」

「うあっ! 姐{あね}さん!? いや、これは……まだ勝負はついてないって!」


 急に割り込んできたのは、あのカトリーヌだ。

 しかし彼女は笑顔ひとつでスカーレットを黙らせる。


 ……目が笑ってない。


 周りにいた観衆も、一斉に静まり返った。


「いやですね~、そんなに盛り下がらなくても♪ 大丈夫ですよ、皆さま。ここは冒険者の方々に楽しく遊んでいただく場所ですから~。でも、クライさまにはちょっと、レートが低かったかもしれませんね~?」


 来た。

 そう、ここからが俺にとっての本番だ。


 このバトル・ルーレットを攻略した者だけが、さらにハイリスク・ハイリターンのゲームに参加できるのだ。


「どうです、クライさま? あなたに相応しい接待をさせていただきますわ~。よろしければVIPルームを手配しますが♪」

「ああ、頼む」

「はい♪ ではこちらに~。……あとスカーレットさんもね?」

「う、うううっ。はい……」


 ついでに部下も呼びつけて、カトリーヌは俺を別室へと連れて行った。

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