■エピローグ
王国北側の城門から俺は旅立つことにした。
暇な4日の間にこの王都でいろいろ調べ回ったのだが……冒険者ギルドで扱う魔物討伐クエストも、裏ギルドで得られた情報のどちらもが、北の砦近くで魔物の動きが活発なことを示していた。
あの騎士トニオが援軍を阻止したのも北の砦関連だ。
そこに向かえば何かしら、邪神勢力を率いるボス格の魔物についてわかるかもしれない。
「クライ! 用意できたわっ」
開かれた城門の手前で、武装したアンジェリカが1輌の馬車を停車させ俺たちを誘った。
北の砦まで彼女がパーティに入り、【乗馬】スキル持ちの御者として送ってくれるのだ。
「すまない、クライ殿。うちのアンジェくらいしか貸してやれず」
多くの騎士たちを引き連れて見送りに来たゴルドラが、改まって頭を下げた。
「現在、我々は王都の防備を固めているところだ。各地に派遣した傭兵たちにも帰還命令を送っている。その中で多くの戦力を割くわけにはいかぬのだ。……無理を押して北に派兵した部隊がやられた今となってはな」
「別に、気にしてない」
どのみちパーティが組めるのは『エムブリヲ』では5人までだ。
大軍が一緒でも俺に利はない。
むしろ馬車を貸してくれただけありがたかった。
徒歩だと時間がかかって仕方ないし、無駄にST{スタミナ}値を消費するしな。
俺1人ならともかく……。
「ご主人様、先に乗り込んでおくですね」
「では皆さん……ごきげんようですわ」
ポルテはいいが、やっぱり女神もついてくる。
ここに残れば? と提案したが無駄だった。
彼女はポルテに続いて馬車に乗る前に、ゴルドラたちに向かって女神らしく優雅に微笑んだ。
「再び戻るときは、クライが無事、この地から魔物を追い払ったときですわ!」
おおっ! と騎士たちが盛り上がる。
さすがは女神信仰の国だ。他にも城門にいた兵たちも、凜々しい女神に見惚れていた。
……戦うの俺だけどな?
「白の女神様ご一行の武運と無事を祈り、敬礼ッ!」
ゴルドラが槍を掲げて吠えると、皆が一斉に拳を腹に当てた。
見送りの連中が整然と並ぶ中、俺が最後に馬車に乗ると、アンジェリカが御者席で手綱を操る。
俺たちが王都に来たのと同じ、十字の星の紋章が刻まれた馬車が、2頭の馬に引かれて動き出した。堀に架けられた橋を渡り、他にも人や荷車の行き交う街道へ進み出る。
……だがそのとき異様な音が鳴り響いた。
カンカンカンカン!!
甲高い鐘の音だ。
「なんです、ご主人様?」
ポルテが不穏な空気を感じ取る。俺もだ。
明らかにその鐘は、時刻を告げるものや誰かを祝うための音色ではなかった。
「警鐘!? これは、まさかっ!」
御者席から開いた小窓を通して、アンジェリカの声が届く。
同時に女神が肩を抱いて身震いしていた。
「こんな、ことって……闇の気配が迫っていますわ、クライ! それもたくさん!!」
「なに?」
すると馬車から見える外の風景が、いきなり暗くなった。
闇のオーラが世界を包み込んだのだ。
戦闘開始か!?
「魔物だーーーー! 総員、迎撃態勢に入れ!!」
慌ててアンジェリカが馬車を止めると、通り過ぎてきた城門から、そんな声が放たれた。
「王都が襲撃を受けるってのか!?」
強制参加の緊急イベントか……! 俺の血が騒いだ。
当然だ。この世界はハードな『エムブリヲ』だからな!
「クライ! あ、あれ見てっ……!」
そして御者席のアンジェリカが、馬車の前方を指さした。
小窓越しにはよくわからない。
だから俺は慌てて馬車の外に出て確認する。
「う、おっ!?」
城門の鐘が鳴り続ける中、街道にいた人々は一斉に橋を渡り、王都へと走って行く。
赤い穂の田園が広がる風景の端から、こちらに向かって押し寄せてくるものすごい数の群れがあった。
地を這いながらやって来るそいつらは、まだかなり離れていても異形の者たちだとわかる。
「あれって、魔物の集団ですかあ!?」
俺を追いかけてきたポルテが叫ぶ。
間違いない。女神はまだ馬車の中で震えていた。
何よりも数が異様だ。シルエットのサイズがまちまちだから、ちゃんと数えられないが……100や200ではきかないぞ?
「数百から1000体はいるのか? 大規模戦闘か! ははっ」
「ご、ご主人様?」
ポルテは怯えていたが、俺は笑った。
緊急バトルミッションが始まろうとしている。
逃げられはしない。むしろ周辺の冒険者には、冒険者ギルドから参戦要請が飛んでいるはずだ。
戦闘領域への強制転送アイテム【赤札】が同時に送られ、嫌でも集結させられるはめになる。冒険者ギルドに登録していなければ回避できるが……俺もクエスト依頼を見るために、つい先日登録していた。
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【王都防衛】
概要:ウェスタ王国の王都を守り切れ!
条件:王都陥落の阻止、王都民の死守
報酬:生存者×10000Gを参戦者で山分け
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ギルドからの通達が俺のもとにも届けられた。
この王都で10万人はいるか? なら10億G{ゴールド}をギルド登録者で分ける、か。
そう簡単にはいかないだろうが、悪くない。
「戦うですか、ご主人様!」
「ああ。もう巻き込まれてるしな。しかし、この王都が直接襲撃されるだなんて。……そうか、騎士トニオが手引きしてたのか?」
あのイベントはこの緊急ミッションの前振りだったか、と今更腑に落ちる。
……大戦争だ。
きっとたくさん死ぬだろう。それが『エムブリヲ』だからな。
課金転生をあおるため、低レベルプレイヤーはまず掃討される。
レベルの高くないポルテが青ざめ、女神とともに身震いしていた。
だが俺は違う。
「すべての城門を閉ざせ! 今すぐにだッ!!」
城門の方から、指揮を執るゴルドラの声が聞こえてきた。
「クライ、戻るわ! 門が閉まる前に、王都へ!」
我に返ったアンジェリカが馬車をUターンさせ、吊り上げられていた巨大な扉が下りていく城門へと誘った。
まあ王都で迎え撃つのが得策だろう。俺もポルテもすぐ馬車に戻る。
「思ったよりも早く、リボルバーショットスタッフの使い勝手が試せそうだ」
慌てて駆け出した馬車の中から、後方に迫り来る魔物の群れを眺めて俺は哄笑を上げた。
「ははっ、こいつは楽しくなってきたな……!」
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