■第4話 魔法武器職人レイ (5)
●5
王城の地下空間で、小太りの騎士トニオの姿が変貌していく。
白い皮膚が裂け、赤い肉が膨張し、ぐちょぐちょになりながら体積を増やした。
それは取り囲んでいた他の騎士たちを押し飛ばすほどだ。
「女神様、こちらへっ!」
女神を抱きしめていたアンジェリカも慌てて一緒に退避する。
「離れろッ!!」
ゴルドラが命令しつつ、自らも巻き込まれかけて逃げた。
俺もポルテとともに後ろに下がる。
「でかいな!? こいつ……!」
そう明るくはない地下が、暗いオーラに染め上げられる。
ばきばきと牢獄の鉄格子さえ押し破り、トニオが変わり果てたのは、全身を黒い鱗に覆われた巨体だった。
【王国騎士トニオがワイバーンに変幻した!】
「飛竜か!!」
翼を持つ、細身のドラゴンだ。小型だがそれでも小さな家くらいはあるぞ?
もたげた頭は地下空間の高い天井すれすれまで届き、地下牢の出口を塞ぐ形になり、中にいた連中が逃げられずに悲鳴を上げた。
『オオオオ……コレガ俺ノ真ノ姿ダアアア!!』
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【ワイバーン】LV101
HP:7320/7320
MP:316/316
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飛竜が地下空間を震わせた。
さすがはドラゴンの一種、ものすごい迫力だ。一吠えだけで吹き飛ばされそうになる。
だが【恐怖耐性】を持っているせいか、足がすくむことはない。
むしろ冷静に状況を捉えていた。
「ポルテ! レイが巻き込まれるとやっかいだ、彼女を守れ」
「えっ。は、はいです!」
ポルテがすぐさま、転んだレイに駆け寄って少し離れる。
その間にゴルドラの指示のもと、騎士たちが態勢を立て直していた。女神の保護をアンジェリカに任せ、ゴルドラが先頭に立って剣を握り、漆黒の飛竜を包囲する。
今日は自慢の槍を持っていないようだが、まずいな。
飛竜相手に有効なのは、なるべく距離を置く戦い方だ。
なぜなら……ごふっと飛竜が喉を膨らませた。
「おい……来るぞ!!」
俺は一応警告した。
直後、飛竜の口から放たれたのはどす黒いブレスだった。
炎ではない。あれは炎竜や、それより上位のドラゴン特有のスキルだ。
飛竜が吐くのは毒霧だった。
「げほっ、がはっ!?」「ぐはっ!」「吸うな……ごほっ!」「毒だ!!」
閉鎖された地下空間に、毒のブレスがあっという間に染み渡る。
あちこちで【54ダメージ】【63ダメージ】【59ダメージ】と表示が出た。
早くに離れていたポルテやレイ、アンジェリカに女神までは巻き込まれずに済んだようだが、俺も毒を吸い込んでいた。
「くっは!」
視界が紫に染まり、【51ダメージ】を食らう。
全身が一気に熱っぽくなった。なるほどこれが【毒】の状態異常ってわけか。
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【白魔道士クライ】LV132 ――毒――
HP:47/98
MP:2958/2958
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ステータスの文字も見事なまでに紫色だ。
『ギャハハハハ!! 死ネ! ミンナ死ネエエエ!』
飛竜がげらげら笑う後ろで、どこにも逃げられない裏ギルドの連中が悲鳴を上げて毒に侵されていく。
「……解毒薬を、イオリに頼んで持ってこさせろ!」
ゴルドラが必死に叫ぶが、間に合うものか。
時間が経つだけでダメージがかさみ、絶命するぞ。まあ俺は【自動治癒{オートヒール}】があるから平気だけどな。
しかし、毒の気持ち悪さは気に入らない。
『最初カラコウスレバ良カッタンダ! 没落貴族ダカラッテ、騎士ナンテ使イッ走リニシヤガッタ連中、ミンナニ復讐シテヤルンダ!! 城ゴト壊シテヤル!!』
「そんな……そんなことのために、私たちを裏切ったの!? トニオ!!」
アンジェリカが叫んだ。
「行き場のなかったキミに隊長が、騎士の仕事を与えたんじゃないの! 恩を仇で返すなんて、恥を知りなさい!!」
『黙レ、小娘ガアア!! 俺ノ家ハ王族ニ匹敵スル古イ血筋ナンダゾ! ……アア、ソウダ。メイデル姫ハ食ワナイデヤロウ。俺ノ伴侶ニ迎エテヤルノダ! ギャッハハハ!』
「いけませんわ! こんなの、即刻おやめなさーーーい!」
凜とした声を響かせたのは女神だった。
「試練があるのがこの世界の常というもの。それを乗り越えてこそ、人は成長するのですよ? なんて素晴らしいことなのでしょう。それなのに邪神にそそのかされ、邪竜に身をやつすなど……それでもあなたの心は人のままのはずですわ! これ以上誰かを傷つけてはいけません!!」
翼の一部を失っていても、堂々と言い放つシルヴィーナは神々しかった。
だが飛竜が鼻で笑い飛ばす。
『ソウカ! 女神モイタナ! オマエハ、闇ニハ触レラレナイヨウダカラ……裸ニシテハベラセテヤロウ! 愛人ダナ!』
「そっ、そんな……!?」
「無理だな。どっちも俺の予約が入っている」
俺はさっさと魔法を使う。
「【全体解毒{オールキュア}】!」
白い輝きが周囲を染め上げ、地下にいた全員の毒を消し去った。
自分1人で十分だったが、練度レベル99の【全体解毒{オールキュア}】は数ターン効果が継続するからな。いちいち毒を食らうのも面倒だから、ついでだ。
「クライ殿っ!」
解毒され、ゴルドラを筆頭に騎士たちの動きが息を吹き返した。
牢獄の中でも倒れかけた連中が起き上がり、壁際にまで退避する。
『ナニイイ!?』
飛竜が顔を引きつらせた。また毒のブレスを吐いたが、もちろん白い輝きがまだ残る俺たちに効果はない。
ゴルドラの指揮の下、騎士たちが飛竜を攻めようと動き出したが……。
「待て。俺1人でいい」
俺が告げると誰もがぎょっとしたが、ゴルドラが皆を引かせた。
わかってるじゃないか。
こいつは俺の獲物だ!
「まったく、好都合だ。ドラゴンなら間違いなく、ボス格の魔物だからな」
空中にはカウントを続ける【05:29】の数字が浮かんだままだ。
俺はポルテの側にいるレイを見た。
「そこでちゃんと見てろよ、俺を。お前の武器にふさわしいことを、こいつを倒して証明してやる」
「えっ。ひ、1人でか!?」
「……強さを見せつけろと言ったのはそっちだろ」
驚くレイから目を離し、俺が拾い上げたのは、床に転がっていた不細工な武器だった。
【アックススタッフを手に入れた!】
俺の杖と手斧を組み合わせただけのそれは、ちゃんと装備できたものの、白魔道士{ヒーラー}の手には重いか。
ちょっと武器の性能がおかしいことになってるからな。
だが今は十分だ。
『コノ俺ヲ……1人デ倒スダトオオオオオオ!? 毒ヲ防イダクライデ、イイ気ニナルナアアーーーーーーッ!!』
どがあっ! と地下空間を揺るがして、飛竜がこっちに向かって迫って来た。
が……遅い。
大きすぎる体や背中の翼が壁や天井にぶつかり、どうしても勢いが削がれるのだ。
だから俺だけでなく、巻き込まれかけたゴルドラたち騎士も悠々と避けた。
『オノレ、オノレエエエ!! 白魔道士{ヒーラー}ゴトキガアアア!』
「まったく、バカめ。だいたいそんなに大きくなって、どうやってこの地下から外に出る気だったんだ? 1階に出る階段は絶対に通れないだろ」
『……ア? ナ……』
「まあ関係ないか。どうせお前はここで、俺に仕留められるんだからな……ぜえええええいッ!」
暴れる尻尾にだけ気を付けて俺は飛竜に近づくと、手足の届かない胴体側面に向かい、アックススタッフを高々と振り上げた。
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【アックススタッフ】(50)
属性:斬
性能:ATK△75 MATK△4
重量:AGI▼15
消費:▼HP70
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……重い!! 素早さ{AGI}値はマイナス15だから、さほど重量があるわけじゃない。バランスの問題か?
なにせ「消費:▼HP70」ってのがおかしかった。
めきめきと俺の体が悲鳴を上げる。
どうにも普通の白魔道士{ヒーラー}では使いこなせない武器のようだ。
だが俺ならできる。
痛みは【痛覚耐性】で堪えられた。
かまわず俺は全力で、飛竜の体にアックススタッフを叩きつけた。
『ギャッアアアアアアア!?』
鱗を砕いて手斧の刃が刺さり、【60ダメージ】の数値が出た。
大げさなヤツだ。ドラゴンのHPからすれば大した傷じゃないだろう。
それよりも同時に俺が【70ダメージ】を食らっていた。
「ぐっ、おおっ!」
武器を振り下ろした俺の腕が、妙な形に曲がっていた。
【痛覚耐性】があっても痛い! 耐えられないほどじゃないが……完全に骨折していた。
腕だけじゃなく、背中も、足も全身が痛い。
アックススタッフの反動に俺の体が耐えられなかったのだ。
【即死回避】が発動してHP1で耐え、【自動治癒{オートヒール}】で全快する。
瞬く間に腕が治り、全身の痛みが消えた。
……怪我の程度には驚いたが、問題ない。おおむね予想どおりだ。
多少ダメージを食らいながらでも、この武器が使えることがわかった。
なら……後は手数で押し切るのみだ。
【58ダメージ】【61ダメージ】【64ダメージ】【57ダメージ】【68ダメージ】
俺は地下空間で動きの鈍る飛竜相手に、連打をかました。
この武器の重さでAGIが多少落ちても、俺の方が倍以上速いからな。避けては当てるの繰り返しだ。
そのたびに俺もきっちり【70ダメージ】と自爆するが、【自動治癒{オートヒール}】のおかげで動き続ける。
『コノ程度デ殺レルト思ッタカアアアア!!』
だが相手もさすがはドラゴン、まだまだ元気だ。
地響きを立てて黒い巨体を旋回し、尻尾で薙ぎ払ってくる。
「はっ! 本命はこっちだ」
俺は大きく後ろに下がってかわす前に、武器で傷つけた飛竜の赤黒い肉に無数の黒い粒を擦り込んできた。
もちろん爆裂草の種である。
「【成長促進{バースト}】!」
俺の魔法の輝きが種の生長を促した。
その数、20粒以上が一斉に紅蓮の炎の華を咲かせる!
【6453ダメージ】
『……アアァァァァアアアッ!?』
飛竜の鱗と肉が爆ぜ、悲鳴が掠れた。太い足が吹っ飛んで天井を抉る。
地下空間にいた俺たちも凄まじい熱風に少し焼かれた。俺は白いローブが少し焦げる。
どうやら会心の一撃が決まったようだ。
『バカ、ナアア……!?』
飛竜の出血は完全に致命傷だった。ゆっくりと倒れ、もう頭を起こすこともできない。破れた翼が力なく垂れた。
『コン、ナ……コンナ、白魔道士{ヒーラー}ガ……イル、ダ、ナンテ……!』
「なんだ知らなかったのか? そうか、出兵から戻ってきたばかりだったな」
息も絶え絶えな飛竜に向かい、俺は近づく。
もう終わりのようだ。まだ意識はかろうじてあるが、巨体が傷口から風化を始めていた。
撒き散らした黒い血さえ粒子となり、地下空間に溶けて消えていく。
『ア、アアァ……イヤダ! イヤ、ダ! 俺ハ、家ヲ再興サセルンダアア!! 邪神ノ力ヲ使ッテデモ、ナニヲシテデモ……! ガハッ!』
「後悔にむせび泣け{クライ}。それが、お前を倒した男の名だ。塵と化しても忘れるな」
『クラ、イ……? 貴様サエ、イナケレバ……バレナカッタ、ノ、ニ……!』
最後にそう言い残し、飛竜はついに絶命した。
頭が崩れ完全に消滅する。
【ワイバーンを倒した!】
空中に、決着がついたことを示す文字が出た。
わっ! と沸き立つのはゴルドラたち騎士だ。
黒いオーラが晴れ、俺はバトル報酬の【2000CP】をゲットする。
「ああ、お前に女神を押しつけたことだがな……あれは嘘だ」
なかなか悪くないCPにほくそ笑み、俺は今更ながら真相を明かした。
「光属性と闇属性が反発するなんて、知るかよ。女神が神殿から出たのは今回が初めてだぞ? と言っても、もう聞こえてないか。ははっ」
「ええっ? なんですってえ!?」
死んだ飛竜に代わって声を上げたのは、アンジェリカとともに駆け寄ってきた女神だった。
「嘘だったのですか、クライ!?」
「ん? ああ。でもバカは釣れたぞ」
「そんな、そんな……わたくし、あなたのこと信じてましたのにー!!」
知るか。女神の嘆きを俺は無視する。
そんな俺の腕を取ったのはアンジェリカだった。
「クライ! この腕、平気なの?」
「これか? そうだな……【小回復{リトルヒール}】」
武器を振るってまた折れていた腕を、俺はあっさり治癒してみせた。
だが手にしていたアックススタッフはもうぼろぼろだ。
使用制限の限界近く叩き込んだせいで、手斧と杖を結びつけていた革紐がほどけそうになっている。
「やはり、まともな武器がいるな」
「……うう、ごめんなさいです。ご主人様……」
遅れて駆けつけたポルテが、武器の有様を見てツインテール頭を落とした。
「ポルテがもっといい武器が作れたらよかったですけど」
「気にするな。そのために、専門の魔法武器職人{マジック・スミス}を見つけたんだ」
俺はずっと浮かんでいたカウント表示が消えているのに気付いた。
つまりイベント条件をクリアしたんだ。
「アンタの実力、見せてもらったよ。確かに……アタイの武器が必要そうじゃん」
レイがやって来て白い歯を見せた。
ようやく魔法武器作りが始まるか……!
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