■第4話 魔法武器職人レイ (4)

●4


「どうした、クライ殿? なにかあったか?」

「なぜスラムの裏ギルドを襲ったんだ」


 騎士たちを取り仕切る大本は当然、騎士隊長のゴルドラだ。

 その居所が王城の地下であると突き止め、俺は髭面の槍使いとようやく対面した。


 最初はメイデル姫に直談判しようと思ったが……謁見するだけで大臣3人の許可がいるとかで断念した。そんな細かいイベントをこなす余裕が今あるか!

 もう外は日が暮れて、強制イベントのカウントは【05:56】と半分を切っていた。


 ゴルドラ探しにも手間取りすぎた。

 無駄にイベントになってたんだよな。メイドたちに話を聞いて詰め所にも行ったし、武器庫にも足を運んだが……やっと見つけたのはここ、王城の地下牢の前だった。


「クライ殿!」


 天井の高い、発光植物の入ったカンテラに彩られた無駄に広い地下空間には、重装備のままのアンジェリカの姿もあった。


 他にも何人か、武装した騎士が立っている。

 並び立つアンジェリカたちはどうやら、その後ろにある牢の見張り番のようだ。


 鉄格子の向こうは窓ひとつない大部屋となっていて、捕らえられた30人ほどがまとめてぶち込まれている。

 全員が闇属性なのだろう。手には枷をはめられ、暗がりの中で座り込みおとなしくしていた。


 だが牢の外に1人、レイが出されているところだった。


 地下牢の前には机が用意され、向かい合う形で椅子が置かれていた。

 そこにレイは座らされ、反対側にゴルドラが腰掛けていたのだ。

 尋問中といったところだ。机には吊り下げ式のカンテラが置かれ、雰囲気を出している。


 知ったことか!


「バカか、お前は」


 俺は詰め寄ってカンテラをはたいた。光が揺れる。


「このレイは優秀な魔法武器職人{マジック・スミス}だ。邪神の手先なわけがあるものか」

「アンタ……」


 いきなり割り込んできた俺にレイが驚いているようだ。


「あの、クライ? もう少し言い方というものがですね!」


 俺の後ろから、ポルテと一緒についてきた女神が苦言を呈してくる。


 うるさいな。俺が気遣いなんてできるものか。

 ゴルドラは軽く苦笑して受け流した。


 もう俺のことはわかっているようだ。


「レイというのはこの女のことだな? 今、尋問を始めたところだ。しかし……闇属性となっているぞ」


------------------------------

名前/種族:レイ/ダークエルフ

年齢/性別:97/♀

ジョブ/ランク:魔法武器職人/S

LV/属性:71/闇

HP:664

MP:1077

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 ゴルドラが呼び出した、レイの簡易ステータスが空中に現れた。


 確かに闇堕ちしているが……。


「少なくとも、アタイは関係ないって言ってんじゃん!」


 両手を拘束されたまま、レイが机を叩いて抗議した。


「闇属性なのは生まれつきじゃん! ダークエルフなんだしさあ! でも、アタイは魔物が大嫌いだっつーの! なんのために武器を作ってると思ってんのさ、このトンチキ!!」

「なんだと?」


 ゴルドラが強面で睨み付ける。


「だが捕らえた中では貴様が一番怪しいぞ! 門兵の記録でも、邪神勢力が活発化したここのところ、頻繁に王都を出入りしているとある。貴様が外部に情報を漏らしていたのではないか!?」

「そ、それは……必要な素材を採りに出て行ってただけじゃん! もー!」

「黙れ。おかげで北に向かっていた兵が、砦に着く前に襲撃を受けたのだ! ……被害は深刻だ。無事、ここまで報告に戻れた騎士は1人のみだぞ! なあ、トニオ!」

「は、はい」


 ゴルドラに名を呼ばれた、アンジェラの側にいた騎士が応えた。


 まだ若そうな、少し太った体型の男だ。

 アンジェリカと比べると明らかに鍛えていないが、家柄だけの名誉騎士とかか。


「自分たちは完全に待ち伏せされていました。魔物を率いた邪神教徒の仕業なのは間違いありません! だとすると、王都を発った部隊のルートを漏らした者がいた可能性が高く……そもそも魔物が口走っていたのです! 『裏ギルドからの情報は正しかったな』と……!」

「これが確かな証拠だ。わかったな?」


 ゴルドラはレイだけでなく、俺にも向けて言ったようだ。

 それでこの有様になったわけか。


「……だがレイが、その犯人ってわけじゃないだろ」

「なに? しかし、クライ殿……!」

「俺はこいつが邪神の手先なんかじゃないって確信してるけどな」

「まあ、まあまあまあ! なんて素敵なのでしょう! クライの口から人を信じている、だなんて言葉が聞けるとはっ」


 後ろで女神が1人はしゃいだ。

 うるさい。こいつは魔法武器職人{マジック・スミス}のNPCなんだ。それ以外の役目が『エムブリヲ』上であるか!


 だけど、このことはプレイヤーである俺にしかわからないのか。

 女神はともかく、ゴルドラは納得できないという態度だ。


 なら、目に見える形でわからせる必要があるな。


「ポルテ。女神を捕まえろ」

「はいです、ご主人様」

「きゃあっ? な、なんですかなんですか!? クライ?」


 俺の命令ですぐにポルテが女神の腕を掴み取った。


 驚くのはゴルドラや周りにいた騎士たちだ。


「クライ殿!? 白の女神様をなぜ拘束する?」

「レイが邪神教徒じゃない証拠を見せてやる。……闇属性は光属性と反発するんだ。相性の問題だな」

「な……?」


 周囲がざわつく。アンジェリカもきょとんとしていた。

 明らかに誰も知らないという反応だ。


「属性の、相性、ですって……確かに、それはっ」


 女神だけが実感していた。

 ポルテに触られているだけで力が抜けるからな。


 ポルテはイレギュラーなだけで闇属性ってわけじゃないが。


「普通はそういうことは起きない。だから知れ渡っていないんだろうな。けど、ここに白の女神シルヴィーナがいる。闇属性とは対極の、純度の高い光そのものだ。その女神がぶつかったら、本当に闇に堕ちた狂徒はどうなると思う?」


 俺はばしっ! と手を強く叩いて、にやりと笑った。


「反発が起きるのさ。あからさまにな。だから……ポルテ! レイに女神を押しつけろ」

「はいです!」

「……わきゃああああああっ!?」


 ポルテが腕力で女神を振り回し、一緒になってレイの方に駆け寄った。


「な、なになにっ、ちょっとお!?」


 咄嗟に椅子から腰を浮かせたレイと女神がぶつかった。


 が、それだけだ。2人は互いに抱き合う格好のままびっくりしている。


「ほらな。反発は起きない」


 俺はゴルドラに示した。


「バカな! では本当に違うというのか……!?」

「もともと不徳{カルマ}が大したレベルじゃないんだ。王国の部隊を罠にはめたのなら、もっと罪深くていいはずだろ?」

「た、確かにそうだが……」


 ゴルドラはまだ信じられないという顔だ。


「あのな。闇属性でも、皆が邪神崇拝ってわけじゃないんだ」


 俺は、自分が高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だったときそうだったからわかる。


「そういうのを闇堕ちじゃなく、黒堕ち止まりって俺は呼んでるけどな。だいたい本当に闇に堕ちてたら、今頃魔物に変化して、暴れ回ってるとこだぞ」

「そう! そうだよ、アタイそんなことしないもん! ……変幻スキルだってないしさ」


 レイが頷く。


 そうだ。魔物に変わるにはそれなりにスキルの習得が必要なんだよな。

 だけどそっち方向のスキルを育てても不徳{カルマ}が加算されるだけだから、興味がないならわざわざCP{コストポイント}をつぎ込むこともないだろう。


「ええ。クライは、嘘は言わない男ですわ!」


 レイとくっつく女神も神妙に頷いた。


「わたくし、ずっと見てきましたもの。まあ、やり方は少し乱暴ですけれど……」

「……でも、どうして?」


 レイが俺を見る。


「アンタ、アタイのためにここまでするワケ?」


 そんなの決まっているだろう。


「ポルテ。お前がさっき作った武器を見せてやれ」

「へ? あ、はいです。これですね、ご主人様」


 俺に促され、ポルテがアイテムをひとつ呼び出した。


 具現化して冷たい石造りの床に落ちたのは、さっき武器庫に立ち寄ったときあり合わせの素材で作らせた、不細工な武器だ。

 ……俺の持っていた木の杖と、武器庫にあった「鉄の手斧」を革の紐でガチガチに結びつけただけ、という代物である。


「ポルテの作ったご主人様専用武器、『アックススタッフ』ですよ。えっへん!」

「このていたらくだ」


 自慢げなポルテには悪いが、修練レベル13の【鍛冶技術】だとこれが限界らしい。

 だいたい制作時間がたったの【00:05】と出た段階で、おかしいなと思うべきだったんだよな。鍛冶してないし。


 まあ白魔道士の持てる武器というオーダーには応えられたんだから、そこは褒めてやるべきかもしれないが……。


「俺は白魔道士{ヒーラー}だが、後衛職でいるつもりはない。だがそのためには強力な武器がいる。魔法で強化された、壊れないヤツがな」


 俺が魔法武器にこだわるのは、オーダーするのに手間暇かかるが、使い減りしにくいという点にある。

 消耗コストは低レアの初期装備以外、武器も防具も「99」が限界だが……魔法で鍛えられたものは上限突破され「999」まで伸びる。


 そして修理対応すれば回復し、ずっと使っていけるのだ。


「だからレイ。どうしてもお前が欲しいんだよ、俺は」

「…………! そ、そうっ。わかったよ」


 レイが顔を真っ赤にした。


 俺、何か変なこと言ったか? 女神も目を丸くしてるし、アンジェリカも息を呑んでいる。

 まあいい。これでレイも了承したってことでいいんだよな?


 ……待て。まだカウントが【05:43】と出たままだ。


「でも、アタイが依頼を受けるかどうかの条件は譲らないよ。アンタの腕前をちゃんと見なきゃ、納得できないじゃん?」

「なにい? マジか!?」

「うん、マジもマジ。アタイもプロだからねー」


 一筋縄ではいかないか。さすがは『エムブリヲ』だ。

 だったらすぐに出立する必要がある。


「おい、ゴルドラ。レイの枷を外せ! 連れて行くぞ」

「ま、待て、クライ殿! このダークエルフが邪神教徒でないことはわかったが、ならばいったい誰が情報を流したというのだ!」


 慌てて椅子から立ち上がり、ゴルドラが吠えた。


「他の連中も調べがついているが、他に有力な者などいないのだぞ!?」

「ああ? なら……情報が間違ってたんじゃないのか?」

「そんな、バカな!!」

「……最初に思ったんだが、裏ギルドに闇属性の連中がたむろしてるなんてのは周知の事実だろ? 今更だ」


 引っかかることがある。


 俺はアンジェリカの横にいる、あの太った騎士のトニオを見た。


「その情報ってのは、そこのトニオが言ってるだけなんだろ。他に裏は取れてるのか?」

「なに? 騎士トニオの得た情報が間違っていたというのか!?」


 ゴルドラもアンジェリカも、他の騎士たちも一斉に信じられないという顔をした。


 注目を浴びたトニオが青ざめる。


「いや、確かに! 自分は襲撃の中、魔物が裏ギルドの名を出したのを聞きました! 間違いありません!!」

「……だが捕まえた連中に、めぼしいヤツはいなかったんだろ。なら」


 俺はようやくピンときた。


「シルヴィーナ。トニオに抱きつけ」

「はい? ええっ、どうしてですか?」

「こいつの白黒をはっきりさせるためだ。闇属性に堕ちてなきゃ、白の女神に触れても平気なはずだろ?」

「それは……!」


 俺の言った意味を理解し女神が息を呑み、周囲がざわついた。


 ぽん、と手のひらを打つのはポルテだ。


「つまりご主人様は、あの騎士様が怪しいと思ってるですか?」

「ああ。よくよく考えればおかしいんだよな。部隊が壊滅するほどの襲撃で、なんでこいつは無傷でここまで逃げてこれたんだ?」


 イオリの薬草の手当てがあったとしても、なまっちろいその顔や手に傷跡くらい残ってもおかしくはない。


 トニオの顔はいつしか汗でびっしょりだった。


「いや、これはっ、先輩方が自分を逃がしてくれたからで……!」

「ふうん。王国騎士ってのは仲間が戦っているのに、1人だけ逃げてくるものなのか」

「ち、違う! 王国への報告も、騎士の大事な役目なんだ! 自分はそれを果たしただけです!」

「いいから、潔白を証明したければ女神と触れ合え。それで済むことだろ」

「きゃあっ!?」


 女神をレイから引き剥がすと、トニオに向かって突き飛ばす形になった。

 ちょっと力が強かったか? 悲鳴を上げて女神がトニオへとよろめく。


 しかしそのトニオはあからさまに女神を避けた。


「あううっ!?」

「女神様!」


 鉄格子に女神がぶつかり、慌ててアンジェリカが駆け寄った。


 がしゃん、という格子の揺れる音が残響する中、誰もがトニオを凝視する。


「ち、違います、今のは……白の女神様に自分ごときが触れるなど、おこがましくて! それでっ」


 間抜けな言い訳だ。


 ゴルドラから怒気が放たれる。


「貴様、トニオ!! 王国騎士でありながら、邪神にそそのかされたか!?」

「まだ違うって言うのならここで見せろよ。お前の簡易ステータスを」


 俺はトドメを刺してやった。


「邪神教徒ならしっかりと闇属性になってるはずだ」

「ぐ……おのれえええ!!」


 トニオが腰の鞘から剣を抜いた。

 確定だ。こいつがレイをはめようとした邪神教徒だ! 他の騎士たちが瞬時に反応し、抜刀してトニオを囲む。


 多勢に無勢だが……トニオは剣で自分の喉を貫いていた。


「破、レ、ル、ヤ!!」


 鮮血とともに黒の邪神へ祈りながら。

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