■第4話 魔法武器職人レイ (3)

●3


 目当ての魔法武器職人{マジック・スミス}レイがいるのは、酒場のあるフロアのふたつ下だ。

 奥の通路から階段を真っ直ぐ下りていけば、甲高い金属音が聞こえてくる。


「まさか本当に、こんなところで武器を作っているのですか?」

「……槌の音、です!」


 未だ半信半疑の女神と違い、ポルテが大きく息を呑んだ。


「思い出したです! ポルテも……武器を鍛えたことあったですよ!」

「なに? どういうことだ」

「まさかあなた、欠損した記憶が!?」

「はい、です。たぶん、少しだけ……」


 驚く俺の前でポルテが空中にウィンドウを呼び出した。

 そこに表示させたのは、自分が身につけているスキルだ。


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【スキル】

体力増強 LV25

怪力 LV9

??? LV?

??? LV?

??? LV?

??? LV?

??? LV?

鍛冶技術 LV13

??? LV?

??? LV?

------------------------------


 バグのためかほとんどが「???」の中、確かに【鍛冶技術】の名があった。


 待て。俺はパーティに入ったポルテのステータスを確認したが、そのときはこんなもの出てなかったはずだ。


「バグが……消えたのか? 確かにドワーフ族は鉱物に明るいからな。鍛冶のスキルを身につけていてもおかしくはないが」

「よかったですわ! きっかけを得ることで記憶が蘇ったのですね!」


 ぎゅうと女神がポルテを抱きしめた。


「あうぅ、苦しいです~!?」


 豊満な巨乳に埋まって、ポルテは迷惑そうな顔をしていたが。


 そうか、「???」になってはいるが……ポルテにもNPCとしてちゃんとバックボーンが用意され、設定に合うスキルが割り振られてるってことだよな。

 さすが『エムブリヲ』、抜かりなしだ。


 ということは素材と場所さえ用意すれば、ポルテにも武器が鍛えられるってわけか?

 レベルが13なら、大したものは作れないだろうが……。


 それに俺が欲しいのは特別な魔法武器だ。

 レア度の低い武器で満足できるか! 俺は槌の音の聞こえる部屋の前に立ち、無造作に扉を開けた。


「こら、クライ! ノックくらいしないと、礼儀にもとりますわよ? ……わひっ!」


 ガギイインッ!! と空気さえ震わす音に肌を叩かれ、俺の後ろで女神がびくつく。

 どうせこの音で、ノックなんて聞こえないんだ。ずっと部屋の前で立ち尽くすことになるから勝手に入るしかないのさ。


 金属塊が山と積まれた部屋の中で、1人の女が燃えさかる紫の炎の塊で鋼を叩いていた。

 明らかに魔法の炎だ。他に明かりはなく、その炎の槌を振るうたびに火花が散り、ショートパンツに袖をまくったジャケットを着た女の姿を鮮やかに浮かび上がらせた。


 だがそれでも、彼女は闇に紛れる肌の色をしていた。


「……おお。ダークエルフ、ですか?」


 ポルテが呟いたとおり希代の魔法武器職人{マジック・スミス}レイは、濃い緑色の髪に褐色の肌と尖った耳を持つ、魔法に長けた黒エルフ族の女性だった。


「んん? なに、アンタらは。仕事の邪魔じゃんか」


 ……性格はいわゆる「黒ギャル」といったところだ。


 やって来た俺たちに気付き、つけていたゴーグルを頭の上にまでずらすと、不機嫌そうに金色の目を細めた。

 屈んでいた体勢から身を起こせば……俺より背が高いぞ?

 エロCGを見たことのあるキャラだったが、こんなに長身だったのか。


 正直、大柄な相手から睨まれるとコミュ障の俺としてはちょっときつい。


 だがレイはゲーム上では攻略済みのキャラクターだ。

 気後れしてる場合じゃない。俺は勇気のリングに触れて、ウィンドウを呼び出した。


「俺は客だ。魔法武器職人{マジック・スミス}レイ、お前には俺の特別な武器を作ってもらうぞ」


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【アイテムオーダー】

依頼主:白魔道士クライ

アイテム:白魔道士用武器×1

報酬:50000G

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 事前に用意していた武器発注のオーダーを突きつける。

 アンジェリカからもらった10万G{ゴールド}の半分を突っ込んだ。


 ここからが「交渉」の始まりだからな。最初にありったけ提示するのは素人のやることだ。

 まずはどんなものが作れるのか、レイからの返答待ちだが。


「ふーん。……白魔道士{ヒーラー}? アンタの武器を作れ、だってえ?」


 黒エルフの鍛冶職人は俺をじろじろ値踏みして、鼻で笑った。


「アンタなんかにこのアタイの武器が扱えるわけないじゃん。出直しなっ」

「……ご主人様をバカにするなです!」


 俺より先にポルテが怒った。

 腰の後ろのハンマーに手をかけて、今にも殴りかかりにいきそうだったが、女神が慌てて止めに入る。


「ぼ、暴力はいけませんわ! でも、レイ……でしたか? このクライは他の白魔道士{ヒーラー}とは毛色が違いますわ。これまでにも強い魔物をたった1人で倒してきたのです。信じられないでしょうけれども」


 意外にも女神が俺の味方をした。


 そのときになってレイが女神にはっとする。


「アンタ、その背中の翼……? まさか白の女神ってヤツ?」

「はい、そうです。クライとともに行動しておりますわ。世界を邪な者から救うために。残念ながらわたくしの力は衰えてしまい、このクライに頼るより他にないのです」


 裏ギルドのNPCなのに、女神のことを知ってたのか。

 そう言えばこいつ、鍛冶職人になる前は普通の冒険者だった、とかいう設定だったな? 俺はレイのシナリオを思い出す。


 だが同時に思い出したのは、こいつの偏屈さだ。


「はん! それがアタイにどう関係するってワケ?」

「え、えええ? ダメですか? わたくしの頼みでも!?」

「アタイはさー、大金もせしめるけど……それ以上に気の向いた相手でないと自慢の腕を振るわないっての。なにせアタイの作る魔法武器は特別だもんねー」


 ほら、とレイは炎の槌で部屋の扉を指し示した。


「仕事の邪魔だから、とっととお帰りー。ばぁい!」


 そうだった。

 レイに武器を依頼するためにはまず、攻略してHイベントをこなさなきゃならないんだったな。


 ポルテがまた飛びかかっていきそうだったが、今度は俺が目で制して、再び作業を始めたレイへと近づく。

 落とし方はもう知ってるからな。


「な、なんだよ? アンタ……帰れって言ったじゃん!?」

「いいや、帰らない。ほら」


 幸いそのために必要なアイテムは所有していた。

 空中に具現化させるのは、城で見つけたあの「ミスリルの斧」だ。


 がづん! と重い音を響かせ、美しく輝く大斧が床に刺さった。


「ほわああっ、こいつは!? 精霊銀{ミスリル}製の武器じゃん!!」

「素材にそれを提供する。十分だろう?」

「……アンタ……」


 高レア素材がイベントへのフラグだろう?


 ……そのはずだったのだが。


「いや、これだけじゃダメだってば! 確かに精霊銀{ミスリル}はアタイの技量に見合う素材だけどさー、使い手がアンタじゃ分不相応じゃん!」

「なに!?」

「アタイを納得させたかったら、それだけの強さを見せつけてもらわないとねー」


 どうなってる?

 低ランクの白魔道士{ヒーラー}の弊害か!


 今までこんな職種{ジョブ}でレイと会ったことがなかったから知らなかったが、低ランクでの交渉だと、2段階のフラグが必要ってことかよ!?


 さすがに予想外で言葉を失う。


「強さって……ご主人様は存分にお強いです!」


 またポルテが憤慨したが、どうやれば攻略できるんだ?


「ならアタイの前で、強い相手と戦ってみせなよ」


 レイがにやりと笑った。


【魔法武器職人{マジック・スミス}レイがパーティに加入しました】


 いきなり出た表示に驚かされる。


 強制イベントか! 一時的にパーティに入ることで、依頼人である俺の強さを測ろうというわけだ。

 同時に出たのは【12:00】のカウントだ。


 数字がすぐに【11:59】と減り始める。

 強制イベントのタイムリミットだ。レイが手をかざすと、床に刺さっていたミスリルの斧が消えた。

 第2段階のフラグとして斧は回収され、時間内にイベントをクリアできなければ自動的に没収か。


 さすが『エムブリヲ』、容赦ないな。

 仕方ない。装備はまったく整っていないが……期限は半日だ。余裕がない。


「わかった。強い相手ってことは、それなりの魔物とでも戦って勝てばいいんだな?」

「ふふん、察しがいいヤツはアタイ好きだよ」


 手に宿していた炎を消して、レイが代わりにマントを纏った。

 出かける支度はできたようだ。


「ポルテたちについてくるですか? 鍛冶職人さんも?」

「確かに……クライの強さは、一見するに限りますが」


 いきなりの展開に困惑するポルテや女神はともかく、さて。


 ……問題は、どの程度の強さの魔物なら納得するか、だ。

 たぶん王都の周辺にいるザコ敵を倒した程度では無理だろう。

 いわゆるボス級となると、ダンジョンに潜る必要がある。

 ここから一番近いダンジョンの深部まで、12時間あれば潜れるか? うーん。


 だが思案する俺の耳に、唐突にやかましい足音が届いてきた。


「出入りだあ! 逃げろ!」


 駆け込んできたのはあの、裏ギルドの扉を開けた強面の男だ。

 が、男はすぐに背後から蹴り飛ばされ、続けて入って来た連中に組み伏せられた。


「邪神教徒どもめッ! 神妙に縛につくがいいわ!!」


 どかどかと乱暴に踏み込んで来たのは、どれも全身鎧を着込んだ者たちだ。

 その出で立ちに見覚えがあり俺は驚く。


「……王国騎士だと?」

「キミ、クライ!? それに白の女神様まで!」


 面食らったのは向こうも同じらしい。鞘から抜いた剣の先をどこへ向けたものかと迷わせる。

 その先頭に立ち、兜の中で声をくぐもらせた相手がバイザーを押し上げた。


「アンジェリカ!?」

「そうよ。いったいどうしてこんな場所に……!」


 数名の騎士たちを率いていたのは、あの赤毛の女騎士だった。


「ご主人様は武器を作ってもらいに来たですよ」

「は、はい。アンジェリカはどうしてこちらに……?」

「……邪神の配下たる連中がここにたむろしている、との情報があったのよ」


 ポルテと女神の返答に、アンジェリカが部屋の奥を睨みながら言った。

 そこにいるのは黒エルフのレイだ。


 邪神の配下? 闇属性か。

 確かに裏ギルドには、すねに傷を持つ冒険者が出入りするから、そういう連中も多いが……。


 待てよ。


「そこのダークエルフの女! 邪神教徒の容疑で捕縛するわ!」


 アンジェリカが堂々と言い放ち、配下の騎士が俺たちを無視してレイに剣を向けた。


 ええっ? と面食らうのは女神にポルテだ。


「邪神教徒? この方が……!」

「ええと、つまり、闇属性ってことですか?」


 そう、レイは確かに闇属性だった。

 ダークエルフはだいたいそうだ。


 彼女自身も否定できず、剣に囲まれたじろいだ。

 すぐさま騎士たちが飛びかかり、彼女の腕を後ろ手に拘束し、猿ぐつわまで噛ます。


「言い訳は城で聞くわ!」

【魔法武器職人{マジック・スミス}レイがパーティから離脱しました】

「……なにい!?」


 目の前でレイをかっさらわれ、俺はさすがに狼狽える。


「待て、アンジェリカ! そいつには俺の武器を作ってもらう手はずになってる。お前の権限でなんとかしろ!」

「えっ? そ、そんなこと言われても……邪神教徒を捕らえるのは王国騎士としての務めだもの! キミの頼みでも、私の一存ではとても無理よ」


 では、と一礼し、アンジェリカがレイと強面の男を捕縛した騎士たちと出て行く。

 そうだった……。王都の治安維持は騎士の仕事か。

 俺も高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}のとき何度も追いかけられたものだ。毎回必ず撃退したがな。


 しかし……空中には相変わらずカウントが【11:54】と減少を続けていた。

 こっちのイベント、継続中か!


 もう素材としてミスリルの斧は提供済みだぞ!?


「冗談じゃない」


 俺は慌ててアンジェリカたちを追いかけた。女神とポルテもついてくる。

 しかし裏ギルドの中はもう他の騎士たちでいっぱいだった。


「アンジェリカ! アンジェリカは……クソ!」


 連れて行かれたレイの姿さえもう見えない。

 数十名はいる騎士たちは建物内にいた連中を片っ端から捕まえて、外へと連行しているようだ。


 こうなったら一度、王城へ戻るしかないようだな……!

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