■第4話 魔法武器職人レイ (2)
●2
ともかくメイデル姫との依頼契約は結ばれた。
なら、報酬のためさっそく動くのみだ。
姫とのHイベントはともかく、500万G{ゴールド}は大金だからな。
「ちょっとクライ、まだ話は終わってませんわ! ええ!」
しかし女神の説教は王城の外に出てからも続いていた。
勝手についてくるのだからしょうがない。
城の中では1人で動けたが、女神は強制的にパーティに加入しているからな。
「だ、だいたいアンジェリカに失礼だとは思わなかったのですか? イオリにまで手を出すなどと……」
「はいはい」
「だから、はいは1回ですわ!」
俺はやかましい女神と、さっきの罰で黙らせたままのポルテとともに王都へと繰り出した。
胸の淫紋と4枚になった翼はもらった毛皮の襟巻きで隠すが、女神信仰の国だけあってシルヴィーナはさすがに目を引くようだ。
確かに怒っていても、息を呑むほどの美女だからな。石造りの街並みを行き交う人々が、一斉にざわつくのも仕方がない。
おかげで周囲を気にしてか、女神の勢いが落ちた。
「……そ、そもそも……あんなにわたくしを求めておきながら、アンジェリカやイオリに手を出していたなんて。それにあまつさえ、今度はメイデル姫と……」
それでもまだぶつぶつ言っていたが、ん?
「もしかしてシルヴィーナ、妬いてるのか?」
「はひっ!? そんなわけがありませんわ、ええ! わたくしはあくまであなたを更生させるため、嫌々、契約を結んだに過ぎません! そのことを忘れてはいけませんわ!!」
真っ赤になって女神は声を荒らげた。が、それが余計に周りの注目を浴びて、慌ててしゅんとしおらしくなる。
いつもこれくらいおとなしければ助かるんだがな。
俺は静かになった女神とポルテを従えて、王都の南側へと進み続けた。
ゲームと同じ街並みだ。目的の場所まで迷うことはない。
しかし……通りにあふれる活気には舌を巻いた。
「すごい人出だな」
なんというキャラの数か! ゲームでもかなりわちゃわちゃしていたが、その比じゃない。
それに店の数が多かった。冒険者には関係なさそうな雑貨屋や、保存の利きそうにない食料品を扱っている店舗があちこちにあり、ポルテがいちいち物珍しそうに足を止める。
これだけの人が暮らすには、いろんなものが必要になるか。
『エムブリヲ』をリアルにすれば、確かにこんな感じなのだろう。
俺の幻想にしてはいちいちよくできた世界だ。
……もしかして本当に異世界なのか? なんて疑問が今更湧くが、振り返ったそこにいる女神に目をやり、一笑に付した。
「な、なんです? クライ。あっ、ようやく反省しましたか?」
「いや」
「ええっ!? じゃあなんでこっちを見たのですか、クライ~~~!」
別に。間違いなく白の女神シルヴィーナだなと思っただけだ。
この世界がどうあれ、どこまでも『エムブリヲ』ベースなのは変わらない。
だからこそゲームを熟知した俺は、白魔道士{ヒーラー}でありながら最強でいられる。
この世界は俺のご褒美ターンなんだ。
答えなんかどうでもいいだろ。
「それはそうと、いったいどこへ向かっているのですか? あなたは」
「ん? 言ってなかったか」
女神の横で、ポルテもツインテール頭を振ってぶんぶん頷く。
「説明するまでもないだろ。装備を調達しに行くんだ」
俺は転生したばかりの冒険者だからな。王都を出て旅をする前に、いろいろ買いそろえるものがある。
「特に武器が必要だ。どこかの誰かさんのせいで白魔道士{ヒーラー}なんてものに転生させられたからな」
「あ……そ、それは! もともと、あなたに戦ってもらおうとは思っていませんでしたもの! なのにまさか、あんな戦い方をするなんて……! もう自分を傷つけるようなマネはしないでくださいね!」
「俺もいちいちHPとMPを浪費する戦い方はしたくないんだよ。非効率だ。だから少しはまともな武器がいるんだよ」
「ん、んー!」
急にポルテが騒ぎ出した。
歩いてきた通りの後ろを指す。なんだ?
「しゃべっていいぞ、ポルテ」
「……はいです! あの、ご主人様。武器屋ならさっき、通り過ぎてしまったですよ?」
「わかってる。だけど俺が求めているのは、普通に売ってる武器じゃないからな」
「そうなんですか?」
「白魔道士{ヒーラー}が装備できる低レア武器なんて、たかがしれてる。そんなものいるか」
俺は鼻で笑って歩き続ける。
いかに大都市とはいえ、ウェスタ王国の王都は『エムブリヲ』の序盤で訪れる街だ。
武器屋で扱っているアイテムにレア度の高いものはない。物価は安くて助かるから、冒険に出た後も頻繁に戻ってくるがな。
そんな王都にも、レアアイテムを入手する方法はある。
ちょっと高くつくし、素材を用意しなければならないが……。
「確か、こっちだな」
「ええっ? ……ここ、ですか?」
明らかに街並みの様子が変わり、ついてきた女神がぎょっとする。
王都の南端の一画は、ごちゃごちゃとした旧区画だ。
しかも高い城壁が迫るここは、一日中影に包まれ日が差さない。そのためあからさまな貧困街となっていた。
じめじめした馬車も通れない狭い道には、ゴミなどがそこかしこに落ちていた。ちょろちょろ走り回るのは黒いネズミだ。
リアル故に、ゲームでは感じられなかった変な臭いも漂っているし……普通なら臆するところだが、俺は気にしない。
高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}の頃はどの街のスラムでも平気で出入りしていたからな。
「嫌ならここで待っていろ。別についてくる必要はないからな」
「ポルテは平気ですよ、ご主人様あ」
「ま、待ってください! うう、これも人の子の営みの証……でもここ、とても不衛生ですわ~!」
ポルテに続いて女神は長いドレスの裾を持ち上げ、半泣きで歩く。
露わとなった白い足に、ひゅう♪ と口笛を吹くのは通りでたむろしていた男どもだ。
「げへへ。若いの、いい姉ちゃんつれてるなあ」
下卑た笑みを向けてくるが、無視だ。
相手にすると絡まれて、街の中なのにバトルになる。『エムブリヲ』のいわゆる「初見殺し」のひとつだ。無駄に強いんだよな、こいつら。
にしても、ここにいる連中はどうやら女神の顔を知らないようだ。街中には大きな石像もあるのにな。
流れ者で、女神教徒ではないという設定か。
毛皮の襟巻きでは隠しきれない、女神の背中にある翼が目を引くと思うが……まあここには異種族も多いしな。
事実、大半が人間種以外だ。
ポルテのような背の低いドワーフ族の老人もいれば、女神のように翼を持つ鳥人{バード}族の若者が、黒い羽で身を隠しながら歩いていた。
また、通りに立つ娼婦たちも多種多様な獣人{ビースト}族ばかりだ。
妖艶なクロネコ少女にバニー姿のウサギ耳、もこもこ頭のヒツジ娘と種類が豊富で、ケモノ好きなイラストレーターががんばったんだろうなあと思わされる。
「ああら、そこのお兄さん~。アタシとイイコトしないかい♪」
一際妖艶な、豊満なお※※いがたくさん揺れているウシ乳美女が声をかけてきた。
その※房のサイズはひとつだけなら女神に負けるが……こいつのエロイベントがまたすごいんだよな。
「み、見てはいけませんわ!」
「あわわ、前が見えませんですー!」
ばいんばいんに弾む複数お※※いに威圧されてか、女神が前をゆくポルテの目を押さえた。すぐにドワーフ族の怪力で引き剥がされたが。
娼婦ならGと引き換えで簡単にエロイベントに突入できるが、女神やポルテが一緒だとどうすればいいのやら……。
まあいい。今日の目的は、スラムの娼館じゃないしな。
「ほら、こっちだ」
俺は娼婦の誘惑から逃れ、スラムの深部へと進んだ。
そこはそびえる城壁の壁面に、張り付くように組まれた複雑怪奇な建物の中だ。
ごちゃごちゃとした構造の中、外階段を上がればやがて目当ての扉に行き着いた。
そこには蓋のついた覗き窓と、ふたつの欠けた月を模した印が記されていた。
冒険者ギルドの太陽のマークと対になる、「裏ギルド」の看板だ。
不徳{カルマ}が溜まった、いわゆるすねに傷を持つ連中が交流する場所である。
冒険者ギルドのように依頼斡旋はしないが、『エムブリヲ』では特殊な社交場として機能していた。
やり込みプレイヤーだけが集まって、技能の売り込みや高レアアイテムの交換をしてる場所だな。
女神もポルテも知らないようで、看板を見てもぽかんとしている。まあ説明表示も出てこないからな。
それに簡単には中に入れない。手順がいるのだ。
分厚い扉をノックすると、内側から覗き窓が開かれる。中にいた強面の男がぎろりと俺を睨んだ。
「……ガキが来るようなとこじゃねーぞ」
「『金と銀の月が天に輝いても俺たちは影にいる』、だったか?」
俺は合い言葉を口にした。
こいつを知るのにかなり苦労するのだが、そこは転生の強みだ。
にやりと男が笑い、すぐに扉が開かれた。
「ようこそウェスタ王国裏ギルドへ。まあ楽しんでいけよな」
「そのつもりだ」
中はまず酒場のようになっていて、テーブルに着く何人かの冒険者風の連中が、入って来た俺たちをじろじろ見た。
たじろぐのは女神だった。
「裏ギルド……? いったいなんなのですか、クライ! なんだかとても危なそうな名前ですがっ」
「気にするな。それより、目当ての店があるかどうかだが」
「店? こんなところに、まさか?」
女神は疑うが、俺は最初に酒場にあった掲示板に目を向けた。
そこには広い建物内のどこの階のどの部屋が、現在何に使われているかが書かれていた。
……日本語じゃないけど、読める。さすがはゲーム的世界だ。
「武器職人は……いた!」
俺は【魔法武器職人{マジック・スミス}レイ】の名を見つけた。
「いいぞ。おあつらえ向きに、魔法武器の鍛冶職人ときた。しかも、あのレイだって?」
裏ギルドではNPCが入れ替わりで、武器やアイテムを扱っている。そのとき居合わせる職人がどんなキャラなのかは運任せだ。
しかし俺が知る限り、レイは腕利きの魔法武器職人{マジック・スミス}だ。
そもそも武器に魔法属性を付加できる職人なんて、数少ない。会えただけでラッキーだ。
レイなら俺の要望にも応えてくれるか……?
まあ相応にふんだくられるんだがな。
そんなことを思いながら、掲示板の示した部屋を目指す。
「シルヴィーナ、ポルテ。お前たちはここで待っていてもいいんだぞ」
「……いいえ! わたくしはあなたが悪さをしないよう、見届ける義務がありますわ!」
「女神様がついていくなら、ポルテもご一緒したいです」
酒場で待っていればいいのに、女神もポルテも結局最後までついてくる。
武器を作ってもらうのは俺なんだから、2人には関係ないんだがな。
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