■第3話 薬師イオリ (6)
●6
【王国騎士隊長ゴルドラが現れた!】
かくして俺と騎士隊長ゴルドラのバトルが、城の中庭で行われることとなった。
ここなら隣接する食堂から、席に着いたまま観戦できるというわけだ。
「ちょうどいい。今夜は銀の満月か、かがり火はいらぬな」
中庭から夜空を見上げゴルドラが呟く。
巨大な繭の内側に生まれた異世界『エムブリヲ』の空には、昼は太陽がひとつだが、夜になると金と銀のふたつの月が輝いている。
設定だと繭の中心に世界の歪みが存在し、太陽や月はそこから出入りするらしい。
さらに月に至っては交互に満ち欠けもする。互いの影がどうの、という話だったはずだが……両方欠けているのが普通だし、どうなっているのやら。
今夜はゴルドラの言うとおり、大きい方の銀の月は真円で、石畳の敷かれた中庭を白銀色に照らしていた。
そういえばここは曲芸師などを呼んで披露させる場にも使われていたか。
その一座に紛れ込んで城内に侵入したこともあるから、よく覚えている。
2人が戦うには十分な広さがあった。
そこでさっそくゴルドラがウォーミングアップを始めていた。
「ふうんッ!!」
他の騎士たちより柄の太い槍を、重そうな鎧を身につけたまま軽々と振り回す。
なるほど、ロイヤルナイトの名は伊達じゃないか。
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【王国守護騎士ゴルドラ】LV75
HP:2643/2643
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ステータスもかなりのものだ。レベル70オーバーで、HPは2500超えときた。
その勇壮ぶりに息を呑むのは、食堂にいる大臣や騎士たちばかりではない。
他にも中庭に面した上階の通路や部屋から、城勤めの連中がこぞってこちらを見下ろしていた。
俺に集まる好奇の目を感じる。コミュ障だからな、そういうのには敏感なんだぞ。
どうやら俺は騎士隊長に叩きのめされる、身の程知らずな男ということらしい。
アンジェリカや女神、ポルテも心配そうに見守っていた。
嬉々として中庭に進み出るのはメイデル姫である。
「双方、覚悟はよいか?」
「このゴルドラ、いつでも。しかしあちらはどうかと」
槍を携えゴルドラが不敵に笑う。
「別に。待ちくたびれた」
俺はローブの下に手を入れたまま応える。
他に言うことがなかっただけだが、ゴルドラの眉間にしわが刻まれた。
あー、もしかして挑発したか? まあいいけど。
「では、この金貨が落ちたときを合図としよう。よいな?」
姫がメイドからG{ゴールド}硬貨を1枚受け取り、俺たちに見せつけてから高々と宙に投げた。
月光を反射しながら、硬貨がちょうど俺とゴルドラの間に落ちてくる。
中庭を見守る観衆の誰もが息を呑み、石畳に固い音が響いた。
「全力で潰すぞ……【雷光突き{ライトニング・スラスト}】オオオオッ!!」
いきなりゴルドラがスキルを発動させ、全身に光を纏って一気に俺へと突っ込んできた。
雷属性か! と思ったときにはもう、その槍の切っ先が俺の胸元に迫った。
それを俺はしっかりと捉える。
素早さ{AGI}を3桁まで育てているからな。目が追いつくらしい。
雷属性は自身の筋肉を電気的に刺激して、飛躍的にAGIを上げることもできる。でもな、装備の重い騎士では基本数値がかなりマイナスされるから、限界があるぞ。
その点俺は身軽な初期装備のままだ。こっちの方が合計AGI値で勝るようで、かわせるな。
だが俺は……避けなかった。
あえて自分から刃の前へと体を持って行く。
「なにい!?」
ゴルドラの顔が驚愕に歪んだ。
そのときには槍の先端が深々と、俺の胸を貫いていた。
「……ぐはっ!!」
痛みが走り、【704ダメージ】と致命的な数字が躍る。
俺のHPは少ない。得られたCPで多少強化していたが、最大HP93というていたらくだ。
どばっと鮮血が噴き出し、白いローブと中庭の石畳を汚した。
「クライ――――――――!?」
「ご、ご主人様あ!!」
「なんてこと、クライっ!?」
アンジェリカやポルテ、女神の悲鳴が聞こえてきた。
その他観客たちからもどよめきが生まれる。
一撃で終わったように見えたからな。
だが、俺は死んでいない。倒れない。
ステータスは瀕死の赤に染まっただろうが、まだ動ける。
おそらくHPはギリギリ「1」残っているはずだ。
俺は光属性だからな。恩恵として【即死回避】のスキルを習得できるのだ。
いわゆる白の女神の加護ってヤツだ。
それだけは光属性の利点だな。
……練度レベルは1のままだから残存HPが最低の1になるが、十分だ。
痛みも【痛覚耐性】が効いているようで我慢できる。
ゲーム上では大ダメージ後に起こる麻痺を回避するためのスキルだ。その練度は99まで上げているせいか、胸を刺されても注射されたくらいの痛さで済んだ。
血が大量に流れたために、多少くらくらするが……。
直後、【自動治癒{オートヒール}】が発動した。
「な……ばっ、バカな!?」
突き刺した槍が、塞がっていく傷に押し戻されて抜け、ゴルドラが慌てて下がった。
流れ出た血液さえも逆再生の映像のように、治癒魔法の輝きを帯びた俺の体に戻っていく。
一緒にローブの赤い染みも消えてしまった。
瀕死状態に陥ると自動で発動する【自動治癒{オートヒール}】は【小回復{リトルヒール}】以下の回復量だけどな、俺には事足りる。
【92ヒール】
俺のHPが最大値である93に回復し、その文字が赤から白に変化した。
ステータスが正常値に戻ったのだ。
俺は息を呑む皆の前で笑ってみせた。
「俺を殺すのは至難の業だぞ、騎士隊長。お前では無理だ」
「貴様……何を得意げに! そんなもの魔力が尽きれば終わりだろうが!」
ゴルドラが槍を構え直す。
「いくら傷を癒やせたとしてもそれが何だ? このオレを倒すことはできぬぞ!!」
「さて、どうかな。俺がその気になれば……ここにいる全員を一瞬で血祭りに上げることもできるがな」
「……ふざけるなあッ! 白魔道士{ヒーラー}風情があああ!!」
またもやゴルドラが突進してきた。
「【七星突き{セブンスター・スラスト}】オオオッ!!」
しかも今度は両腕と槍に雷光を纏わせて迫る。先程より速度は劣るが、7回連続攻撃のスキルだ。
手数で俺のMPを消耗させようという気か。
その判断は正しい。
……俺が治癒魔法しか使えず、攻撃手段を持っていないならな。
だが俺の右手がローブの下で、あるアイテムを呼び出して握りしめていた。
それはあの植物園で入手した黒い種子だ。
この世界のあちこちに自生する「爆裂草」の種である。
「ほら」
それを俺は突っ込んできたゴルドラの眼前に5、6粒放り投げた。
同時に呟き、発動させるのは【成長促進{バースト}】の魔法だ。
爆裂草は天然のトラップだ。
赤く熟した種に近づけば、それだけで爆ぜて大ダメージを食らう。
注意すれば回避できるし、熟す前の黒い種子は、粉にして火薬のように使えるらしくそれなりの価格で売却可能だ。
ただしこちらも日数が経過すると赤くなり、勝手に爆ぜるからやはり注意が必要だが。
それを俺の魔法が、強制的に熟れさせた。
【成長促進{バースト}】は、治癒魔法の回復効果を上昇させる【回復促進{ブースト}】の下位魔法に過ぎないが、植物の種にはこれで十分だ。
咄嗟にスキルキャンセルし、防御態勢を取ったゴルドラはさすがだが……もう遅い。
中庭に爆炎の花が咲き、空気を焦がした。
「……くっ!」
凄まじい威力だ。【51ダメージ】と、俺も種を投げた右手を焼かれた。
低レベルの冒険者なら、直撃すればたった1発で即死する威力だ。
それを数発まとめて放てば、多少の巻き添えは仕方がない。
【自動治癒{オートヒール}】が発動するほどではなかったから、自分で【小回復{リトルヒール}】を唱えて傷を癒やした。
だが、まともに喰らったゴルドラはただでは済まなかった。
【2472ダメージ】
「がはぁあッ!!」
炎が収束した中から、半身を黒焦げにした騎士が現れ、槍を落とした。
膝をつき、息も絶え絶えという有様だ。
「き、貴様ああ……こんな、手、をっ!」
「言ったはずだ。その気になれば一瞬で血祭りにできるってな。でも、やるじゃないか。即死のところを防御して耐えるとは、さすがだよ。ロイヤルナイト」
中庭の石畳すら砕ける威力だ。ゴルドラの身を包む鎧も一部が破損し、血に汚れている。
「隊長!?」
さすがにアンジェリカが心配してか、今度はゴルドラを呼んだ。
悠長に席について観戦していた大臣たちも腰を浮かす。
動揺する観衆の前で、ゴルドラは槍を拾おうとしたが無理だ。利き手が動かないらしい。
槍{スピアー}は両手武器だからな。加算ATKは高いが、ダメージを受けすぎれば『エムブリヲ』では扱えなくなるというデメリットがある。なるほど、こういう状態のことか。
こうなったら予備の武器に切り替えるか、素手で戦うしかないわけだが……。
「そこまでである!」
凜とした声が中庭に放たれた。
メイデル姫が再び俺とゴルドラに割って入り、バトルの終わりを告げたのだ。
「白魔道士{ヒーラー}クライの実力は明らかとなった。これ以上の戦いは無益だと判断するが、いかがか?」
「姫! ……オレは、ま、まだっ」
「ゴルドラ、彼の白魔道士{ヒーラー}は敵ではない。頼もしき余の剣{つるぎ}だ」
姫が涼やかに微笑んだ。
「そしてそなたは余の盾よ。ここで失うことは許さぬぞ」
「…………!」
【王国騎士隊長ゴルドラを退けた! 戦いに勝った!】
俺の勝利が確定する。煌めきとともに報酬のCPも手に入った。
観衆がどよめいた。それは驚きと、勝った俺に対する畏怖の声か。
だが俺の勝利を喜ぶ者もいる。
「やったです、ご主人様! やっぱりすごいです!!」
ポルテが俺に飛びついてきた。
女神もこちらに走ってくる。
しかしシルヴィーナが駆け寄ったのはゴルドラのもとだった。
「大丈夫ですか? かなりの深手ですわ……! ああ、わたくしにもとの力があれば、すぐ癒やせるものをっ」
「隊長! 肩を貸すわ!」
アンジェリカも他の騎士たちと駆けつけて、血で汚れるのもかまわずに倒れかけたゴルドラを支えた。
俺が悪者みたいだな。女神が強く睨んでくる。
「クライ、あなたいくらなんでもやりすぎですわ! 爆裂草の種なんて、あんな危ないものを使うなどと……!」
「ふん。工夫して戦う力を身につけて何が悪い?」
「悪いですわ! わたくし、本当に怒っているのです!」
女神ときたら俺に詰め寄り、しかし泣きそうな顔になった。
「あんな無茶な戦い方……あなたも痛かったでしょうに」
「え?」
「もうやめなさい、あれを使うのは。見ていて哀しくなりますわ」
女神は焦げた傷の癒えた右手や、槍を抜いた俺の胸に触れてきた。
どぎまぎして、俺は反射的に振りほどいてしまう。
「うるさいな……。【痛覚耐性】を試してみたんだ。騒ぐほどのものじゃない」
「クライ!! あなたって人は……!」
説教はたくさんだ。ポルテを前に押しやれば、女神は慌てて身を引いた。
別に命じたわけではないが、また胸を揉みしだかれると思ったのだろう。
代わりに前に出て来たのは、長い金髪を揺らすメイデル姫だった。
「ともかく、白魔道士{ヒーラー}クライよ。勝利したのはそなただ。依頼報酬の件しかと吟味しよう。だがその前に、余の大事な騎士であるゴルドラの傷を癒やして欲しいのだが」
「……男を、俺が?」
冗談だろ。そんな趣味はない。
「あたしがします、姫様。お任せください」
そこに姿を見せたのは、白衣を着た細身の眼鏡美人だった。
薬師のイオリだが、この場にいた誰もが面食らう。ほっそりと痩せた彼女を最初は認識できなかったらしい。
だがイオリが懐から薬の瓶を取り出し、騎士隊長の傷をみるみるうちに癒やしていけば、ゴルドラが正体に気付いた。
「お主、まさかイオリか? なんだ、その姿は……!?」
「これは……クライさんに変えてもらったんです。身も心も」
「なんだと?」
「あたしは、もっと胸を張っていいと」
穏やかに微笑むイオリには、ぽっちゃりしていた頃のおどおどした様子はなかった。
そこまで変えた気はなかったが……イオリの回復薬は【999ヒール】と効果を発揮し、どうにかゴルドラは自分の足で立てるようになった。
すると彼は俺の前にやって来て、深々と頭を垂れた。
「……完敗だ、クライ殿」
「ああ」
「それにイオリ。お主の薬のおかげで助かった、礼を言う」
「はい!」
俺のときよりも長く頭を下げられ、イオリが頬を染めて微笑んだ。
「皆さんのお役に立つことこそが、薬師の役目ですから。ね、クライさん♪」
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