■第3話 薬師イオリ (3)

●3


 だが街に出ようとした俺をアンジェリカが止めた。


「クライ! とにかく城に滞在してちょうだい……女神様を迎えるために部屋も用意してあるわ。その間に私も、キミの力が必要なことをもっと皆に訴えてみせるから!」


 そう言って彼女は俺たちに、あるアイテムを渡してきた。

 この城の客人の証たる【在城許可証】だ。


「へえ、こいつは」


 通常、ただの冒険者がこの城の中を自由にうろつくことは許されない。


 だが【在城許可証】が手に入れば話は別だ。

 姫の部屋や宝物庫といった場所への侵入はともかく、かなり散策の範囲が広がる。


「いいだろう。しばらく城にいてやる」

「よかった……部屋の案内はメイドに任せるわ。私はどうにかしてもう一度、検討の場を設けてもらえないか掛け合ってくる!」


 かくして俺はアンジェリカと別れ、メイドたちに城のある部屋へ通された。


 そこはまるでテレビでしか見たことのない、高級ホテルのスイートルームだった。

 見晴らしのいい明るいバルコニーに出られるリビングがあり、豪華なソファやテーブルが置かれていた。


 そこから俺や女神、ポルテに与えられた3つの個室にアクセスできる。

 トイレは『エムブリヲ』的に存在しないが、猫足バスのシャワールームが個室ごとに設けられていた。


 女神がいるからだろう。俺やポルテも含めてVIP待遇というわけだ。


「すごいです、ご主人様! ふかふかです~」


 革鎧を外してくつろぐポルテがソファの上でぽんぽん跳ねた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~……たまらないですわああ」


 女神は個室のドアを開けっぱなしにしたまま、自分にあてがわれた個室でベッドに沈んでいた。

 気持ちはわかる。HPとMP回復の手段でしかないキャンプに比べたら、好きなだけごろごろできるからな。


 だが俺は適当なところで切り上げ、白いローブを羽織り直した。

 やりたいことがあったからだ。


「ご主人様、どこへ行くですか?」

「うん? ちょいと城の中をうろつきにな」

「ポルテもご一緒するですよ!」


 すぐにポルテがソファから下りて、革鎧を拾い上げる。

 女神も慌てて個室から飛んできた。


「クライ! まだ話が終わっていませんわ。あなた、わたくしだけでなくまた無茶な依頼条件を……! そもそもわたくしとこの世界の救済を契約したはず。ならば今回の件は、無償で引き受けてもっ」

「うるさい。ポルテ、女神を捕まえて胸でも弄んでやれ」

「はいです!」


 俺の命令に忠実なポルテが、真正面から女神の体に抱きついた。そのまま豊満な胸に顔を埋める。


「きゃああっ、ポルテ!? あなた、ちょっと……あン! そ、そこをこりこりしちゃダメっ、敏感なのにっ。やぁあん!」


 4枚の翼をわななかせ女神が身悶える。

 その隙に俺は部屋を出た。


          ◇


 ……久しぶりに1人だ。ほっとする。

 なにせソロプレイが俺の本来のスタイルだからな。


 通路を進み、俺は城内の散策を始めた。

 広大で複雑な城の中はダンジョンに匹敵するが、その構造はだいたい把握できていた。

 盗賊{シーフ}の上級職である怪盗に転生して、潜り込んだことがあるからな。


「いただけるものはいただいておかないとな」


 ゲーム画面と違って俯瞰で周囲が見えないから、巡回する衛兵たちの気配を掴むのはやっかいだが、通り過ぎるだけなら【在城許可証】を所有しているおかげか見咎められることもない。

 あとはタイミングを見計らい、鍵のかかってない部屋に潜り込むだけだ。


 棚や壺の中をあされば食料アイテムくらいなら簡単に見つかった。

 しかし俺が本当に求めているものは、ない。


「……武器が欲しいんだよな」


 俺はつい独白する。

 山羊頭の魔物には勝てたが、まともな武器が山刀だけというのは心許ない。


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山刀(34) ATK△7

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 アイテム欄で確認すれば、耐久値が残り34しかない。

 魔法だけ使っていれば減ることはないが、いざというとき困るからな。それに攻撃力{ATK}の加算値が1桁台って、しょぼすぎるだろ。


 どうしても、もう少しマシな装備をそろえたかった。

 幸いここは城の中だ。


「よし、あった!」


 俺は武具のひしめく城の武器庫へと侵入を果たし、その奥で宝箱をひとつ見つけた。

 壁に飾られた剣や槍はがっちりと固定されていて入手できない仕様らしいが、お目当てはこの宝箱の中身だ。

 鍵はかかっていない。ここまで侵入を果たしたプレイヤーに対するボーナスのようなもので、ここにはランダムでレア度の高い武器が収められているはずだった。


 さあて、いったいなにが出るか……!


【ミスリルの斧を手に入れた!】


「……斧、だとお? うおお!?」


 宝箱を開けて俺が手にしたのは、確かにレア度の高い精霊銀{ミスリル}でできた美しい片手斧だった。

 だが、持ち上げられない! 重すぎる!


「こ、これだから……白魔道士{ヒーラー}ってヤツは!」


 明らかに適性の合っていない武器だった。

 戦士職専用武器だろうが、レベル制限もかかっているはずだから、今のポルテでも装備できない代物だぞ。


「クソ。まあ、売ればそこそこにはなるか……!」


 俺は「ミスリルの斧」をアイテムボックスに放り込み、さっさと武器庫を後にした。


 残念ながら俺の記憶が正しければ、城で得られるおいしいアイテムはこれで打ち止めだ。

 他にもいくつか残っているが、たいしたものはなかったはず……。


 ついでだ。それらも入手しておくか。


          ◇


「ん? ここは……」


 俺がたまたま足を向けたのは、城の庭園の一部を占めるガラス張りの巨大な温室だ。

 高さはゆうに建物の4階ほどもある、立派な植物園である。中に入れば暖かく、土と草の濃い匂いに満ちていた。


 そこに細い水路が組まれ、いろんな草木が生い茂っている。

 バナナのような形をした赤い実をつけた木や、毒々しい色合いの花もあれば……。


「薬草に、毒消し草だな」


 俺はゲームのグラフィックで見たことのある、回復アイテムが生えているのを発見した。丸薬になってないぶんHPとMPの回復量は低いが、ここで定期的に採取できるんだったな。


 それ以外にも確かランダムでいろいろ出てくるんだったか。あそこにあるのはマンドラゴラか?

 天然物は敵として出てくる、根っこが蠢く植物系魔物の一種だ。

 だがこうして人工栽培されたものは、傀儡使いの低レベル人形{パペット}に使えたはずだ。


 後は、運気{LUK}を一時的に上げるラックの実や、ラッパの形をした攪乱用の騒音花に……こいつは?


「あ、あのっ、ダメです……!」


 葉の裏にびっしりと小さな黒い種をつけた植物に触れようとしたとき、いきなりそんな声がかかった。


 俺はそこで初めて自分以外の人がいることに気付く。

 植物の大きな葉っぱの後ろに隠れてこっちを見ていたのは、白衣に似た格好をした女性だった。


 ちょっとぽっちゃりした体型が目につく、地味な感じの黒髪の眼鏡っ娘だ。

 俺は思い出す。一部のマニアに人気のある、城勤めの薬師だ。


「あ、あたし……この植物園の管理をしてる、薬師のイオリです……。あなたは、その、女神様と一緒に来られた白魔道士{ヒーラー}さんですね?」

「……ああ、白魔道士{ヒーラー}クライだ」


 俺は珍しくスマートに自己紹介できた。

 相手がどうやら俺と同じ、コミュ障っぽかったからか。


「ここは、イオリが管理しているのか。欲しいものがある。いくつか持って行くぞ」

「あああ、だからダメです、困りますう。扱いに注意が必要なものもありますし~~!」


 強引に採取しようとしたら、彼女は慌てて飛び出してきて俺の腕を掴んで止めた。


 しまった。こいつ、アイテム入手の邪魔をするキャラか。

 しかもけっこう力が強い。薬師の職種{ジョブ}はぱっとしないが、意外と基礎数値が高いんだよな。


「もういい、放せ」

「あっ。ご、ごめんなさい……」


 俺が諦めるとすぐ、イオリは顔を真っ赤にして離れた。

 少し気になるものを見つけたが仕方ない。いないときに出直すか。どうせまだ城には滞在するしな。


 そう思い、面倒な相手の前からさっさと立ち去ろうとしたが。


「あ、あのう! クライさん、その……少し、いいですか?」

「なに?」

「ううっ、ごめんなさい! だけどあたし……あのとき、あそこにいたんです。謁見の間の隅っこに……」


 そうだったか?

 もしかしたら壁際に控えていたメイドたちの中に混ざっていたかもしれないな。


「どうしてあなたは、あんなにも堂々としていたのですか? 白魔道士{ヒーラー}なのに……」

「はあ?」

「ち、違うんです! あたしはクライさんのこと、すごいなって思ったんです! だって……あたしたちって回復とか補助とか、そういうやり方しかできないじゃないですか。だからあたしなんて、お城でも肩身が狭くて……」


 確かに薬師も不人気職種{ジョブ}のひとつだ。

 だが白魔道士{ヒーラー}よりはマシだぞ。そこそこのレベルになれば、身体能力を一時的にアップさせる秘薬も使えるしな。


「でも、クライさんは違うじゃないですか! どうしてそんなふうに堂々と振る舞えるんですか? あのっ、だから……教えて欲しいんです! どうしたらあなたみたいになれますか? あたし……自信が欲しいんですっ」

「自信……? お前、今のレベルは?」

「はい? レベル、ですか……ええと、65です」


 ついゲーム的に訊ねたがイオリが応えた。

 戦闘時ではないからステータスが出ることはなかったが、あのアンジェリカより高いじゃないか。


「レベル65なら十分だろう。別に卑下することはない」

「そ、そうですか? でも……」


 イオリは納得がいかないようだが、NPCだからか?

 俺の感覚だと『エムブリヲ』では、レベル50を超えられるかどうかがひとつの壁だぞ。


 その手前で死んで転生することが多いしな。


「自信がないならもっと鍛えればいい。レベルを上げるんだ。経験値を溜めてな」

「経験値……は、はい。そうですよね……!」


 ……『エムブリヲ』ではCP{コストポイント}だったな。


「じゃあ、あの! あたしに……経験を積ませてくださいっ。クライさんがよければ……」


 言い直そうと思ったとき、イオリが空中に小窓を表示させた。


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【依頼契約】

履行者:白魔道士クライ

達成条件:薬師イオリのハーレムシナリオ

成功報酬:植物園にあるアイテム×10

依頼署名:_____

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「なに? クエスト依頼? しかしこれ、条件が……」


 ハーレムシナリオってことは、Hイベントをこなすってことだぞ?


「は、はいぃ~! あたし……ま、まだ、その、男の人を知らないんですよぅぅ」


 耳まで赤くして、イオリが消え入りそうな声で言った。


「それで、ですね……ちゃんと経験を積めば、いいのかなって……。こんなあたしでも、変われるのかなあって。はうぅ」

「……俺に抱いて欲しいっていうのか」

「は、はい! あたし……クライさんになら、女にして欲しいって、初めて思えたんです……! あっ、でも、あたしこんなだから……嫌ならごめんなさい……。わ、忘れてください」


 自分の太めの容姿を気にしてか、イオリがしゅんとする。


 俺はぽちゃ好きのマニアってわけじゃないが、別に気にしない。むしろ向こうからセ※※スしたいというのなら、断る理由はなかった。

 それに報酬が「植物園にあるアイテム」ってことは、ここに生えてる薬草など好きなものを持って行っていい、ということだ。悪くない。


 どっちみち、イオリの目がないときにこっそり盗んでいくつもりだったがな。


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依頼署名:白魔道士クライ

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 俺は空中に浮かぶ契約書に、自分のサインを刻んだ。【契約は結ばれました】と表示が出る。


「ク、クライさん!!」

「じゃあさっそく始めるか。イオリの部屋にでも行くか?」


 さすがにキャンプを張る必要はないだろう。

 そう思ったのだが。


「あ、あの……こっちに来てください!」


 イオリが俺を誘ったのは植物園の奥だった。

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