■第3話 薬師イオリ (2)

●2


 広場から真っ直ぐ伸びた大通りを走り、馬車は王都の中央にそびえる白亜の城へと辿り着いた。


 馬車が停まったのは正門を通ってすぐの、円形の庭園だ。

 ゲームで見知った場所だったが、そういえばここ、外なのに赤い絨毯が敷かれているんだよな。贅沢すぎるぞ。


「これ、ふかふかです!」


 その上に降り立ってポルテがはしゃぐ。

 確かに踏みしめた絨毯の厚みがすごかった。

 それに城の荘厳さといったら……言葉が出なくなるな。それに巨大すぎて、側で見上げるとこんなに首が痛くなるものとは知らなかった。


「ご到着お待ちしておりました、白の女神様と従者の方々」


 先に向かったアンジェリカが話を通してあったのだろう。出迎えに現れたメイドたちが恭しくお辞儀し、俺たちを誘う。


「謁見の間にて、すでに皆様が集まっておられます。こちらへどうぞ」


 女神とそのご一行様的扱いだが、まあそうなるか。ここは白の女神信仰の国だからな。


 さりげなく女神に「よろしければこちらを」と、メイドの1人が真っ白な毛皮の襟巻きを差し出した。

 翼を2枚失った女神の姿をいたわしく思ったのだろう。

 2人がかりで手早く女神の首に巻けば、ちょうど翼の欠損と胸の淫紋が隠れた。


 ふうん、似合うな。

 でも防御力{DEF}はさほど上がらなそうな装備だ。


 それにしても……中に入ればまた、城の造りはすごかった。

 吹き抜けになったホールからはたくさんの階段が伸びていて、正面の大階段を俺たちは進む。


 途中の躍り場には1枚の巨大な肖像画が飾られていた。

 そこにも白の女神が登場し、1人の麗しき若い女性を抱きしめている。

 王冠を着けた金髪の彼女はこの国のプリンセスだ。


「攻略難易度SクラスのNPCだったか?」


 ゲームでは俺もプリンセスを見たことがあった。

 王国からの依頼クエストは多いし、これから向かう謁見の間にも行ったことがある。


 しかし直接会話できる機会はなく、攻略対象になるかどうかさえ判明していないというキャラだ。まあ『エムブリヲ』のことだから、ちゃんとエロCGは用意しているだろうがな。

 というかここにいる女神よりは難易度は低いはずだ。王族より神の方が格上だしな。


 ……しかしこの女神ときたら様子がおかしい。

 絢爛豪華な調度品に驚くポルテと同様、いちいち目を見開いている。


「なんだ? シルヴィーナ、さっきから落ち着きがないな」

「はい? ……わ、悪かったですわね、だってしょうがないじゃありませんかっ。わたくし、神殿の外に出たのは初めてなのですからっ」


 女神が歩きながら顔を真っ赤にした。


「もうっ、こんな……ただでさえわたくし、翼を失って威厳がありませんのに……」

「威厳ねえ」


 それでも神は神だ。十分な応対はされていると思う。

 前を歩くメイドたちは女神に好奇な目を向けないし、通路で出くわした兵士は誰もが足を止め、頭を下げて俺たちを見送った。


 そして俺たちのもとにやってきた1人の騎士もだ。


「シルヴィーナ様、それにクライ殿! 待っていたわ!」


 束ねた赤毛を跳ねさせて走ってきたのは、あのアンジェリカだ。


 今日は剣こそ帯びていたが、重そうな盾を持っておらず鎧もかなり軽装だった。

 城ではこの格好で過ごしているのだろう。白い太ももの露出度が上がっていて悪くない。

 俺はあの足も存分に撫で回したんだよな、と思い出して勃起しかけた。


 だがアンジェリカの表情は硬い。


「アンジェリカさん! やはり先に着いていたのですね」

「ポルテもいるですよ」


 女神とポルテが声をかけたが、アンジェリカは応えずにまず「後は私が」とメイドたちを追い払った。

 代わりに俺たちを先導しつつ、こそこそと耳打ちしてくる。


「……少し、やっかいな話になっているんです」

「なんですか? ううっ、やはりわたくしが無様な堕神と化した件は、皆を落ち込ませましたか?」

「それもありますが……そう単純なことではなくて。私はなるべくうまく説明してみたのですが、力及ばず……。とにかく実際の交渉はクライ殿に任せるわ。女神様のご威光もあって、姫への謁見は取り次げたから」

「交渉? ああ」


 クエスト依頼の契約か。確かに引き受ける俺がいないと話にならないな。


 やがて俺たちは一際重厚な扉を抜けて、城の謁見の間へと通されるのだった。


          ◇


「騎士アンジェリカ、女神様ご一行をお連れいたしました!」


 声を張るアンジェリカに続き、俺たちは前に進み出る。


 謁見の間はこれまた豪華な空間だった。


 床は一面磨かれた大理石でできていて、太い石柱が並び高い天井を支えていた。

 壁は金色の布で覆われていて窓ひとつないが、吊された巨大なシャンデリアが煌々と照らしている。


 その真下が舞台のように一段高くなっていて、そこに玉座がふたつあった。

 本来なら王と王妃の座る場所だが……確かウェスタ王国の設定では、両者は魔物に殺されて存在しない。


 代わりに1人、プリンセスだけが片方に腰掛けていた。

 ゲーム画面や肖像画で見ていたが、現物はもっと美人だ。

 優雅に巻かれた金色の髪が煌めき、その上に載った王冠の輝きに負けないほどだ。幾重にも布を重ねたドレスを纏い、凜とした居住まいで俺たちに青い瞳を向けていた。


 だがここで俺たちを見つめるのはプリンセスだけではない。

 彼女の両端にずらりと並ぶ者たちがいた。


「おお、白の女神様がなんといたわしいお姿にっ」

「なんたること……!」

「やはりアンジェリカの報告は事実だったか……邪神の勢力が活性化するはずだ」

「あれが、話に聞いた白魔道士{ヒーラー}か?」


 この国の大臣どもか。身なりや風体から一目でわかる。

 それ以外に護衛の騎士たちの姿もあった。10人ほどの彼らは姫を守るためか重装備に身を固め、長い槍{スピアー}を手にして立っている。


 目立つのは一際体格のいい髭面の男だ。

 中年だが、獅子を思わせる精悍な風貌をしている彼は、確かこの国の騎士隊長だが……なぜか俺のことをすごく睨んでいるような?


 いいや、彼だけじゃない。どうもここにいる連中は皆、女神とともにいる俺やポルテを胡乱げに眺めていた。

 コミュ障の俺にもわかるぞ。歓迎されている雰囲気じゃないな……。


「こちらがシルヴィーナ様と、その従者の白魔道士{ヒーラー}クライ殿に、戦士ポルテ殿となります!」


 ざわつく中、片膝をついたアンジェリカが俺たちを紹介する。

 すると玉座から姫がすっと立ち上がり、静かに一礼した。


「余がウェスタ王国当主、メイデルである。このような形ではあるが白の女神様にご拝謁叶い、恐悦至極である」


 こんなしゃべり方をするキャラだったのか。

 ゲームでは常に大臣が代弁していたため、直接メイデル姫が話すのを見たのも初めてだった。

 尊大な感じだが、それでも女神に敬意を払っているのが伝わってくる。


「いえ……わたくしも、此度はこのような姿を晒すこととなり、神として恥ずかしい限りですわ」


 4枚になった翼をしおらしく畳み、女神が応えた。


「堕神となったわたくしは力の大半を失ってしまいましたわ……。選ばれし冒険者を転生させることもできません。それどころかわたくしが弱体化したが故に、邪神の勢力を活気づかせてしまったようです……なんと詫びていいものやら」

「やめていただきたい、女神様。この世界に生まれた余らが魔に抗うは運命{さだめ}というもの。それでもあなた様がおられたから希望を忘れず、今日{こんにち}まで戦い抜いてこられたのである。そのことに恩義を感じても、なにを責めることがあろうか」


 ……つまり姫を筆頭に王国の連中は、女神を恨んでないってことか。

 確かにこの場にいる者たちは皆、女神に怒りの目を向けてはいなかった。

 女神信仰の国だしな。


 だがふいにメイデル姫が俺を見つめる。


「それに騎士アンジェリカの報告によれば、女神に代わってその力を示す者がいるとか。その方が冒険者クライであるな?」

「……なに?」


 どういうことだとついアンジェリカを見るが、こっちを振り返った彼女は小さく頷く。


 どうやら俺が女神を堕神にした、という真相は語られていないのだろう。いろいろまずいからな。

 代わりに伝えられたのは「女神のもとで強力無比な白魔道士{ヒーラー}が戦う」といったもののようだ。


「違うのか? その格好、間違いなく女神の加護を強く受けし、白魔道士{ヒーラー}と見受けるが……」

「ああ、そうだ。俺が白魔道士{ヒーラー}クライだ。話は通っているようだな。なら」


 俺はさっそく空中に、事前に下書きしておいた契約書を表示させた。


------------------------------

【依頼契約】

履行者:白魔道士クライ

達成条件:ウェスタ王国領域にいる邪神勢力のボスの撃破

成功報酬:50000000G

依頼署名:_____

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「契約内容はこれでいいか? よければ姫の名を書き込んでくれ」

「これは……なんと!?」


 目を通してメイデル姫が固まった。

 やがて一斉に騒ぎ始めたのは、側にいた大臣連中だ。


「バカな! なんだこれは!」

「ご、ごせんまんG{ゴールド}? ……ふざけおって!」

「冒険者ごときがふっかけすぎだ! しかもあやつ、白魔道士{ヒーラー}ぞ!?」

「そうだ! いかに女神の加護を持つ者であれ、治癒魔法しか使えぬ白魔道士{ヒーラー}になにができよう!!」

「ク、クライ~~! キミ、5000万Gってこれ、いくらなんでも!?」


 アンジェリカまで非難がましく俺を見てくる。


 俺が悪いのか?


「一国家相手だぞ。これくらい出せるはずじゃないのか?」

「せめてもう1桁下げてよ!! 私のときと同じようにしてどうするの!」

「だって、邪神の勢力を削ぐってことはボス狩りだぞ? たぶんどこかのダンジョンに潜んでいるのをまず見つけなきゃいけない。たまたま出くわした魔物を1体倒すのとは訳が違うんだ」


 これくらいの報酬は当たり前だろう、と思うのだが……。


「そもそも白魔道士{ヒーラー}風情に、本当に魔物が倒せるのか!?」


 一際大きな声で吠えたのは、あの獅子のごとき騎士隊長だった。

 普通は白魔道士{ヒーラー}がまともに戦えるとは思わないか。


 しかし……まったく面倒だな。


「信じないならかまわない。報酬が払えないのなら、俺が依頼をこなす必要がないだけだ」


 時間の無駄だ。俺は姫や大臣たちに背を向けた。ポルテの肩を叩き、さっさとここから立ち去ることにする。


「行くぞポルテ。街に出て、冒険者ギルドにでも顔を出す。そっちの方が稼げそうだ」

「はいです、ご主人様」

「クライ!? ええっ、本気ですか?」

「そ、それは困るわ! クライ!!」


 女神とアンジェリカが慌てるが、知ったことか。

 俺はポルテを連れてさっさと謁見の間から出た。


 唖然とした大臣たちが口々に俺を罵るが、いちいち聞いていられるか。

 俺はこの『エムブリヲ』を楽しめればそれでいいんだからな。


「す、少しお時間をくださいな! わたくしがクライを説得してみせますから!」


 慌てて女神が追いかけてきた。


 ……やっぱりこいつは離れてくれないようだ。

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