■第2話 王国騎士アンジェリカ (4)

●4


 ……仕方ない。どのみち戦闘には巻き込まれていたのだ。

 俺が戦わなければ終わらないだろう。


 だがその前に、ひとつやっておくべき交渉があった。

 俺はウィンドウを呼び出し、【依頼契約】の文面を作り上げる。

 一度作ったことがあるから楽勝だ。


『オイオイ、何シテヤガル? ……俺様相手ニ命乞イデモシヨウッテカ? フハハハ!』

「ポルテ、お前でも1発くらいは防げるだろう。邪魔されないようガードは任せた」

「は、はいです! やるですよ!」


 俺は山羊頭を無視してポルテに命じる。

 ツインテール頭のドワーフ少女はショートハンマーを構え、山羊頭に向き直った。


 その間に俺はアンジェリカへと近づいて、できあがった契約書を突きつけた。


「俺が力を貸してやってもいい。だがその前に、報酬の契約を結んでもらう」

「な、なによ……? 契約って、キミっ……こんなときに!」

「戦闘中でも契約書が呼び出せたからな。ほら」


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【依頼契約】

履行者:白魔道士クライ

達成条件:ブラック・ゴート×1の撃破

成功報酬:200000G+携行食×10

依頼署名:_____

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「確認しろ。ふうん、携行食か。いい食料アイテムを持ってるじゃないか」


 契約報酬のアイテムぶんは、現時点で相手が支払えるものが選択肢に現れる仕組みだ。

 携行食はひとつでST値が全回復する代物だ。

 それが最大12まで選べたが、温情でキリのいい10個にしておいたのだ。


「な……な……なによこれええっ!」


 よれよれのくせに大声でアンジェリカがわめいた。


「食料はいいわ! でも、でも……いちじゅうひゃく、20万G{ゴールド}の報酬ってなによ!? そんな大金、はっ、払えるわけないでしょ!」

『ジュウ……ナンダト!? 家ガ買エルジャネエカ!』


 関係ないのに山羊頭もたじろいだ。


 確かに『エムブリヲ』の1Gは、日本円で100円くらいの感覚だから、20万Gなら2000万円か。

 だが法外というわけでもあるまい。俺が高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だったときの賞金額は4000万Gを超えていたぞ。


「払えないのか?」

「あ、当たり前よ! そんな金、持ち合わせがあるわけないでしょ! そもそも私は城勤めの騎士で、高給取りじゃないの! 確かに旅費として城からいくらか預かってはいるけど……そ、それでも20万Gは無理だわっ!」

「ふうん。なら値下げしてもいいが、他になにかもらうぞ?」


 俺は成功報酬の項目に手を入れる。半額に下げれば、自動的に追加の欄が足された。

 最初に設定した金額とある程度バランスが取れるよう、契約は調整されるのだ。


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【依頼契約】

履行者:白魔道士クライ

達成条件:ブラック・ゴート×1の撃破

成功報酬:100000G+携行食×10+王国騎士アンジェリカ×1

依頼署名:_____

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 しかしそこに現れたのはアンジェリカの名前だった。

 そうか。エロクエスト用のシステムだからな。


 でも、待て。今はそんなことよりも、剣とか鎧とか金目のものをだな……。


「これって、キミ!? くっ、卑怯よ! でも……しょうがない、承諾するわ!」


 だが俺がさらに変更するより早く、アンジェリカの手が契約書に触れていた。


【契約は結ばれました】


「なに!?」


 俺が止める暇もなかった。

 依頼署名にアンジェリカの名が刻まれ、契約書は輝きながら消えていく。


 契約は成立だ。


「私の体くらいで済むなら、安いものよ……」


 アンジェリカが破顔した。


「ここであいつは倒しておかないとまずいわ! キミなんかに頼るのはしゃくだけど、もう他に手はないの! 勝てば必ず体で払うわ……騎士に二言は、ないから!!」

「ええー……」


 体って、別にそんな気はなかったんだが。

 けれども契約は契約だ。


「まあいいか」


 早々に食料だけでも手に入れておきたい。俺は懐から細い杖を取り出した。

 いや、ブラック・ゴートが相手ならこれじゃないな。


「……さあ、キミ! 私に、治癒魔法をっ!」

「黙ってろアンジェリカ。もう依頼は引き受けた」


 まだ戦う気でいた女騎士に背を向けて、俺はポルテより前に出た。


「なにやってるの!? 白魔道士{ヒーラー}が……1人で勝てるわけ、ないわよ! キミっ!」


 アンジェリカが慌てるが、知ったことか。


 無視して山羊頭の魔物と化した山賊頭へと近づくが、ついでに他の山賊たちが落としていった革袋とともに転がっていた、大ぶりなナイフを手に取った。

 ドロップアイテムというわけだ。


【山刀を手に入れた!】


「よし」


 白魔道士{ヒーラー}は回復専門職ということもあり、装備できる武器に制限がある。基本的には杖の類いしか持てないが、それとナイフ類だけが身につけられた。

 攻撃力{ATK}の加算効果は△{プラス}10以下の代物だろうが、木の杖よりはマシだ。


「さあて……」

『ナンダ? マサカ1人デ戦オウッテノカ、コノ俺様ト?』

「ポルテはアンジェリカを守っていろ。依頼主に死なれると、さすがに報酬がご破算になるからな」


 山羊頭が話しかけてくるが俺は無視した。

 どうせここで死ぬ相手だ。


「すぐ終わらせる」

『……アア、俺様ガナアッ!!』


 山羊頭が先に動いた。巨体で俺へと押し迫り、真っ黒な体毛に覆われた拳を振るう。

 が、その一撃を俺は紙一重でかわしていた。


『ナ……ナニイ!?』


 無駄に空を切った山羊頭の拳が、中庭の地面を揺らして土を抉る。

 読みどおり、ただの通常攻撃だった。


 プレイヤーはともかく、魔物は連続でスキルを行使できない仕様だ。

 使った後はある程度の「溜め」がいる。次が通常攻撃なのは予測していた。


 なら、かわせる。


 ……先のベルゼブブ・スライムで得たCP{コストポイント}は、素早さ{AGI}関連のスキルに全振りしたからな。

 今の俺のAGIは100をゆうに超えている。ATK特化の魔物が追いつける数値じゃない。たぶん俺の半分以下だろう。


 だとしたらスキルを使われても、5割以上の確率でかわしてみせるぞ。


「で、俺のターンだな。それ!」


 俺は突き立てられた山羊頭の腕に、山刀を振るった。


【16ダメージ】

『洒落臭エエエエエエエエ!!』


 山羊頭が太い腕を地面から引き抜き、吠えた。


 ブラック・ゴートのHPは5000オーバーだからな、大したことのないダメージだ。

 山羊頭の手首に少し黒い血が滲んだ程度で終わった。そのまま腕を振り回し、また俺に襲いかかってくる。


 だがこれでいい。二度目もたやすく攻撃をかわして、俺はにやりと笑った。

 重要なのは俺の攻撃が通ったことだ。


 そして俺は武器を持ち替えるのももどかしく、山刀に魔法の煌めきを宿らせた。


「【血流促進{アクセル}】!」


 白い魔力の光が山羊頭を包み込む。

 直後、俺のつけた手首の傷から、どばっと大量の血が噴き出した。


『ナ、ナンダアアアア!?』

「……見ればわかるだろう。お前の血の流れを、魔法で活性化させたんだ」


 黒い血をぼたぼたと足下に落として、山羊頭が狼狽える。その周りに現れたのは【31ダメージ】【43ダメージ】【35ダメージ】……といった無数の表示だ。


 【血流促進{アクセル}】は魔法習得の初歩となる「第1位階」の低級魔法だ。

 本来は、相手に食らわせた毒の効果を増す程度のものだが……。


「単体で使ったことはなかったが、さて」


 後は工夫次第だ。

 俺は、逃げに転じた。


【白魔道士{ヒーラー}クライが逃げ出した!】


『フザケルナアアアアアアアアアア!!』


【ブラック・ゴートが回り込んだ。逃げられない!】


 山羊頭が俺の退路を塞ぐように立ちはだかった。

 だがその手首からは、手で押さえても黒い血が流れ続け【41ダメージ】【58ダメージ】【37ダメージ】と数字が躍った。


 だからまた俺が逃走する。


【白魔道士{ヒーラー}クライが逃げ出した!】【ブラック・ゴートが回り込んだ。逃げられない!】


【白魔道士{ヒーラー}クライが逃げ出した!】【ブラック・ゴートが回り込んだ。逃げられない!】


【白魔道士{ヒーラー}クライが逃げ出した!】【ブラック・ゴートが回り込んだ。逃げられない!】


 AGIで勝っていても、ボス戦は課金アイテムを使わなければ逃げられないようになっている。

 しかしAGIで劣る相手は、逃走を防いでも先手を取ることができなかった。


 それがわかった上で俺は時間稼ぎをしたのだ。


 飽きもせず数十回繰り返せば……ついに積み重なったダメージが、5000以上あった山羊頭のHPを枯渇させる。


『バ、バカ、ナ……! コン、ナ、傷デ……俺、様、ガアア……!』


 地響きを立てて山羊頭の巨体が倒れ込む。

 黒い血がようやく止まった。だがそれは出るものがなくなったせいだ。


 それでもまだ【9ダメージ】と無慈悲に絶望の数字が浮かび、山羊頭の瞳から生気が失われていった。


『嫌、ダ……死ニ、タク、ナイ……! 俺様、ハ、死ニタク……!!』

「無様に泣き叫べ{クライ}。それが、お前が侮った男の名だ。転生しても忘れるなよ」


【ブラック・ゴートを倒した! 戦いに勝った!】


 最後に声をかけた直後、山羊頭は絶命した。

 その巨体が消え去り、大きな革袋に変わってCP{コストポイント}を俺にもたらす。


【300CPを手に入れた】


 はっ、と俺は鼻で笑った。


「ああ、悪い。『命の泉』はもうないんだった。残念ながら転生できなかったな」


          ◇


 重苦しかった空気が元に戻り、戦闘が終わった。


 獲得したCP{コストポイント}は他の参加者であるポルテとアンジェリカにも与えられた。

 金色の輝きが降り注ぎ、それぞれ【100CPを手に入れた】【200CPを手に入れた】と表示が出る。

 俺が300だったのは、敵にトドメを刺したボーナス加算があるからだ。アンジェリカはたぶん最大ダメージぶんのボーナスだろう。


 倉庫に残った女神はCPを獲得できなかったようだ。

 やはり、そもそも成長しない特別なNPCということか。


「しかし合計で600CPのボスか。見た目の割にしょぼかったな」


 代わりに山羊頭が落としていった大きな革袋は俺が回収した。


【1800Gを手に入れた】


「こっちもしょっぱいな……まあ、大金を持っていたら山賊なんてしないか」

「すごいです、ご主人様! またおひとりで勝ってしまったです!」


 そんな俺のもとにポルテが笑顔で駆け寄ってくる。


「尊敬です! 白魔道士{ヒーラー}なのに、ご主人様は最強です!」

「この程度でやられる方がザコなんだ。それよりポルテ、他の革袋の回収は任せた」

「はいです!」


 俺の指示ですぐポルテは、山賊の手下たちがドロップしたGを拾い始める。

 正直、あんなにきらきらした目で見つめられると困る。

 俺はコミュ障だからな。つい用事を言いつけて追い払ってしまった。


 ……だがもう1人、俺を見つめる少女がいた。

 よろめきながらも近づいてきたアンジェリカだ。


「信じ、られないわ……本当に、あのバケモノをたった1人で倒してしまう、なんてっ……!」


【契約依頼が果たされました】


 そのとき空中に、契約履行の表示が現れる。

 俺が山羊頭の撃破という条件を達成したからだ。次いで【成功報酬】の文字も出る。


【100000Gを譲渡された】

【携行食×10を譲渡された】


 光がアンジェリカから放たれ、俺へと移動する。

 支払いはすべて自動的だ。


 だがあとひとつ報酬は残されている。

 王国騎士アンジェリカ×1の譲渡……つまりはHイベントってことか?


「その、ええとっ。か、覚悟はできているわ。でも、私は今、こんな状態だから……」

「ああ、そうだな。【中回復{ミドルヒール}】!」


 俺は装備していた山刀をまた煌めかせ、治癒魔法を放った。【3676ヒール】の文字が浮かび、白い癒やしの輝きに包まれたアンジェリカの体が、瞬く間に回復した。


「あれだけの傷が、こんなに簡単に……! さすが、白魔道士{ヒーラー}ね」


 滲んでいた血の汚れも消えて、アンジェリカは握っていた剣を軽やかに振る。

 それから彼女は剣を鞘に収めると、真っ赤な顔で改めて俺を見た。


「じゃあ、あの。キミがよければ……最後の報酬の支払いを、済ませようって思うんだけど」


 彼女はもじもじしながらも、ちらりと神殿の建物を見た。


 ……今、ここでか?

 さすがはR18仕様の『エムブリヲ』だな。


「い、いけませんわーーーーー~~~~! ひっく!」


 大声を張り上げたのは倉庫にいた女神だった。

 ところが女神はそのまま床に突っ伏した。動かなくなる。


 【酩酊】の効果で眠ったようだ。スキルの【アルコール耐性】のレベルを上げていれば耐えられるが、これだから酒はST{スタミナ}回復アイテムとして使いづらいんだよな。

 まあ、おかげで邪魔は入らない。


 なら……やれるのか?

 俺はついにセ※※スをするのだ。


 こんな形でとは予想外だが、Hイベントなんだから仕方がない。


「あー……ポルテ。女神を任せた」

「はいです」

「で、俺とアンジェリカはしばらく2人きりになる。邪魔はするなよ」


 そうポルテに言い渡して、俺は赤毛の美少女と2人だけで礼拝堂へ向かった。

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