■第2話 王国騎士アンジェリカ (3)
●3
騎士アンジェリカはたった1人で山賊たちと相対した。
別に、俺も面倒ごとに手を貸す気はない。これ幸いとポルテを連れて中庭から退避する。
逃げ込んだ先はあの倉庫だ。
ボス戦ではないから、このまま神殿を離れることも可能だろう。
だが相手には馬があった。
馬は『エムブリヲ』では一般的な移動手段だ。もちろん徒歩より速くフィールド上を移動できる。
この戦闘から逃れられても、追いかけられればまた捕まるか。
問題は俺が【乗馬】スキルを持っていないことだ。
馬を奪えても、きっと扱えないだろう。
「あああ、6対1ではないですかあっ。クライ……見捨てるつもり、なのですかああ?」
傍観する俺を、勝手についてきた女神が非難した。
「だからやりたければ、そっちがやればいいだろう」
「戦う力はわたくし、もともと、持っていませんわ~~……!」
俺は冷たく突き放すが、床にへばって動けなくなる女神にそんな余裕はなさそうだ。
「せめて彼の騎士に、加護を与えられれば、よかったのですが……今の、わたくしではっ……あ、あら?」
「せええええーーーーいッ!!」
わらわらと取り囲もうとする山賊たちに怯まず、アンジェリカが切り込んだ。
【365ダメージ】【337ダメージ】
その動きは鎧を着込んでいても俊敏で、あっという間に2人の賊を切り裂いた。
見惚れるほど見事な剣捌きだった。
1人は首を切られて即死し、もう1人は腹を抉られ倒れ込んだ。血とピンク色の臓物がぶちまけられ……グロいなこれ!
やはりこの世界はとんでもなくリアルだった。
【山賊ADを倒した!】
それでいてゲーム要素も健在だ。
絶命した山賊2人の死体が、黒い光に包まれてすっと消える。
死体が倒れていた地面に残るのは、小さな革袋がひとつずつだ。
どうやらドロップしたG{ゴールド}らしい。
経験値は戦闘に参加したプレイヤーで山分けだが、死体から出たGやアイテムは拾った者のものになる。
「お頭あ! この女騎士、めちゃくちゃ強えぞ!?」
「囲め囲め、って速ええ!」
しかし革袋には目もくれず、アンジェリカが中庭を駆け抜けた。
「喰らいなさいっ! 【旋風刃】……ハアアアアーーーー!!」
同時に発動させたのはスキルだ。
彼女が振るった刃に風がまとわりつき、小さな竜巻となって放たれた。
……風属性か。
騎士は下位クラスの戦士と同じく魔法が使えない職種{ジョブ}だが、より強力なスキルを持つ。
渦巻く無数の斬撃を喰らって、山賊どもがまとめて朱に染まった。
【224ダメージ×3】【231ダメージ×4】【245ダメージ×3】
【山賊BCEを倒した!】
連続攻撃が決まり、残った3人の手下どもがすべて屠られた。
それでいて彼女はその身に一滴も返り血を浴びていない。
まさにレベルが違うといったところだ。
「あの騎士様すごいですね、ご主人様!」
ポルテも戦いに見入っている。
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【王国騎士アンジェリカ】LV45
HP:1572/1622
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レベル50超えの騎士だからな。スキルを使うたびにHPを消耗するが、1500オーバーなら余裕か。なかなかの強者だろう。
それに比べて山賊どもがゴミすぎた。
最後に1人残った山賊頭もたかが知れている。
アンジェリカがふーーと呼吸を整えて、風纏う刃をその山賊頭へと向けた。
「さああんたで終わりよ! ウェスタの騎士を敵に回したこと、死して後悔するがいいわ!」
凜と言い放つ赤毛の騎士の横顔は美しかった。
白の神殿の中庭に転がる、倒され消滅した手下たちの残した革袋を睨み、山賊頭が舌打ちする。
「アホどもが……! 頭使わねえんだから、荒事で役に立たずにどうするんだ? まったく」
だが今にも飛びかかろうとするアンジェリカを前に、山賊頭に臆した様子は見られなかった。
「やれやれだぜ。俺様が叩き潰すしかないか」
「あはっ、笑わせるわ! この私相手に1人で勝つ気なの?」
アンジェリカが鼻で笑った。
山賊どもがこの程度なら、彼女の実力ならば山賊頭とて苦労せず勝つだろう。
しかももう1対1なのだ。数の優位性も敵にはない。
「普通ならな」
俺は倉庫から対峙する2人を見つつ、つい呟いた。
傍らに控えるポルテが首を傾げた。
「なんです? ご主人様」
「……闇属性のNPCってのはちょいとやっかいな相手ってことだ」
俺もかつては闇属性の高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}だったから知っている。
ザコはともかく、完全に闇堕ちした邪神信奉者には奥の手があるのだ。
「これ、たぶん相当痛いんだがなあ……仕方ねえかッ!」
山賊頭は持っていた斧を高々と掲げると、いきなり自分の肩口に振り下ろした。
【207ダメージ】
ばっと鮮血が飛び散り、アンジェリカもぎょっとする。
「自傷行為!? なんで!」
「……痛え、痛えええ……フハ、ハハハハハハ! 黒の邪神よ、勝利と破壊のため……肉体を捧げる! 破、レ、ル、ヤ!!」
自身の肉と骨を砕く一撃で、山賊頭は己を邪神の供物としたのだ。
したたり落ちていた赤い血が、瞬く間に黒く変わった。それは山賊頭の全身を染め上げ、漆黒に包み込む。
「な……なによ、これえっ!?」
アンジェリカがたじろいだ。
その目の前で山賊頭の体が二回りも肥大化する。
ひひいん! と怯えて啼いたのは白馬だ。
その声に弾かれるように、他の馬たちが中庭から逃げ出した。白馬だけが残ったが、主の背中を見つめながら蹄を鳴らす。
逃げよう。アンジェリカにそう訴えているように俺には見えた。
だがもう遅い。黒く染まった山賊頭の変態が終わる。
【山賊頭がブラック・ゴートに変幻した!】
暗く染まっていた戦闘時の空気が、その重苦しさを増した。
「ご主人様、あれは!」
「……ブラック・ゴート! 魔法こそ使えないが、なかなかに大物だぞ」
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【ブラック・ゴート】LV80
HP:5500/5500
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レベルも跳ね上がっている。HPも5000超えか……完全にアンジェリカに勝っていた。
闇属性の人型ユニットはこうやって、魔物への変態が可能なのだ。
元に戻れなくなるのが難点で、こうなれば街に入ることもできなくなるが、そのぶん強力な肉体を手に入れられる。
俺も高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}になる前に、何度か遊びでやってみた。
実際に、変貌した魔物の肉体は圧巻だった。
『コレガ俺様ノ、新シイ体カ! フハハハハ! サスガハ邪神ノ力ダ!!』
げらげら笑う山羊頭の体躯はゆうに4メートルを超えているか。アンジェリカが完全に見下ろされていた。
それでも彼女は逃げ出さない。
「魔物化したからって、騎士である私が退く理由にはならないわ! ハアアアア……【飛竜斬】んんっ!!」
新たに剣に風を纏わせ、思い切り振り下ろした。
その一撃が中庭を駆け抜け、見えない刃となって山羊頭を強襲した。
【642ダメージ】
さっきの【旋風刃】が全体攻撃なら、こっちは単体攻撃の上位スキルか。
痛烈なダメージが山羊頭の巨体をよろめかせた。
だが、この程度では山羊頭は倒れない。
『【突進】!! フハハハハハハーーーーー!』
「あ、あぐっ!?」
よろめいたふりをして山羊頭は、人間とは関節が逆になった足で地面を踏みしめ、一気に駆けた。頭部に生えた角を武器に、真っ直ぐアンジェリカに突撃する。
盾で防御したものの、アンジェリカの体が弾き飛ばされ、白馬が悲鳴のようにいなないた。
【1223ダメージ】
痛烈な一撃に、アンジェリカの盾が完全にひしゃげていた。
『エムブリヲ』では武器防具に耐久値が存在し、使い続けるといずれ壊れてしまうが……ああやって消耗するわけか。
だがそれ以上に目を引いたのは、どうにか立ち上がったものの、よれよれの状態のアンジェリカだった。
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【王国騎士アンジェリカ】LV45
HP:279/1622
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ステータスの文字が警告の黄色に変わっている。残存HP、20%以下だ。
「やられそうです!」
ポルテも察して声を上げた。俺を見てくる。
確かに俺の治癒魔法ならすぐに全回復できるだろうが、無意味だ。
相手は1発でアンジェリカを追い詰める魔物だ。どんなに回復させても追いつかない。
俺が出るしかないが、さて……。
「クライ~~! 助けに行くのです、ひっく!」
「うわ! な……女神?」
いきなり俺の足にすがりついてきたのは、ST{スタミナ}低下でへばっていたはずの白の女神シルヴィーナだった。
ところが彼女は顔を真っ赤にし、豊満な肉体をべたべたとくっつけてくる。
その口から香るのは酒の匂いだ。
「早くしなさあい! うー、ひっく」
「女神様? いったいどうしたですか?」
「お前、それ……そうか! あれを呑んだんだな!?」
ポルテにはわからないようだが、俺は倉庫の中に積まれていた樽を見る。
その一番下の樽の栓が緩み、だらだらと琥珀色の果実酒を垂れ流していた。
確かに酒は長期保存の利くST{スタミナ}回復アイテムだ。
だが便利な反面、持ち運ぶには「空き瓶」が必要になるのと、呑み過ぎで【酩酊】の状態異常に陥る。
今の女神が完全にそうだった。
「いーから、いくのですわ! クライ~!」
ばしっ! と思い切り突き飛ばされて、俺は前のめりにつんのめった。倉庫からうっかり中庭に出る。
『アア? ナンダ、今頃参戦カア?』
しまった。山羊頭と目が合った。
「ご主人様あ!」
慌ててポルテも飛び出して来た。
女神だけは酔っ払ったまま、倉庫でけらけら笑っていたが。
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