■第2話 王国騎士アンジェリカ (2)
●2
女神は礼拝堂に放っておいて、俺はポルテと神殿の倉庫にやって来る。
「確かに……腐ってるな」
「です……」
倉庫の中には積まれた樽と、コの字形に組まれた木製の棚があった。
その棚に置かれているのは、紋章の刻まれた木箱に入った食料の数々だ。近隣諸国より集められた供物であり、そこにはまんまるキノコもあれば「しっとりジャーキー」や「飴の実」が入っていた。
すべて、ここを旅立つ冒険者が最初に手にするST{スタミナ}回復用のアイテムだ。
ところが……どの木箱を覗いても食料がダメになっていた。
はっきりとした異臭を放ち、色とりどりのカビに侵されているものもある。
「そうか、しまった」
俺は勇気のリングに触れて【アイテム】欄を確認した。
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【アイテム】
まんまるキノコ(腐)
まんまるキノコ(腐)
やわらかジャーキー(腐)
飴の実(腐)
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うっかりしていた。『エムブリヲ』では食料に消費期限があるのだ。
そして所有する食べ物はすべて、ここの倉庫から持ち出したものばかりだ。
【まんまるキノコ(腐)】のひとつにタッチすれば、俺の手の中で実体化する。
白くて丸い、マッシュルームが手のひらサイズにまで大きくなった外見をしていたが、それもやはりカビて変色していた。
「クソ……! そうか」
「なにかわかったですか、ご主人様?」
「……たぶん、女神が堕神化したせいだろうな」
俺はそう推測する。食料はずっとここに置かれていた。
神殿内では女神の力で腐らないよう保存されていたのだろう。
しかし、持ち物として取り込んだものにまで影響が出るとは……。
「まずいな」
「まずいですか? 確かに、食べるとおいしくなさそうですが」
「こんなもの食べてもST{スタミナ}が回復するか。なら、すぐここを発つしかない」
ぼんやりとST{スタミナ}切れを待つほどバカじゃない。
他に食料を手に入れないと。
俺はついに神殿を出る決意をしたが、そのときだった。
「失礼します! 女神様っ、白の女神シルヴィーナ様はおられ……な、なによ、この有様は!?」
馬のいななきが聞こえたかと思うと、神殿の中庭に姿を見せたのは、白馬に乗った1人の女だった。
銀色の軽鎧{ライトアーマー}を着込み、鮮やかな赤毛をポニーテールにした、気の強そうな顔立ちの少女だ。
人間の女騎士か。その手に持つ円い盾には、十字に輝く星の紋章が刻まれていた。
「見覚えがあるぞ? 確か西方のウェスタ王国の女騎士だな」
「……うぇすた、ですか? ご主人様」
記憶喪失のポルテは小首を傾げたが、俺はよく知っていた。
ウェスタ王国は白の女神を信仰し、神殿を守護する東西南北の四方国のひとつだ。
その城詰めの騎士の1人に彼女がいたと思う。
もちろんNPCで、名前までは知らないが……赤毛のポニーテールが目立つので記憶にあったのだ。
女騎士は中庭の荒れた様子と、自分が馬で通り抜けて来た、半壊した書庫を見て呆然としていた。
「神殿になにがあったの……あっ? キミたちは!」
面倒なことに彼女と目が合ってしまった。
俺とポルテへと女騎士が馬を操り近づいてくる。
「何者!? ううん、その格好って、もしかして白魔道士{ヒーラー}?」
「……見てのとおりだ」
「いったいなにが起きたのよ!? もしかしてここも、黒の邪神の手勢に襲われちゃったの!?」
「なに?」
……黒の邪神は、白の女神と対極の存在の神だ。
破壊と絶望を司り、自身を崇拝する者たちに加護を与える。
つまり邪神の教徒となれば、攻撃系の強化{バフ}が得られるのだ。
俺も黒魔術師{ソーサラー}のときは世話になった。まあ、単に不徳{カルマ}が溜まって闇属性に堕ちただけだけどな。
ときどき邪神の強制イベントに巻き込まれて、死亡確率が上がるのがデメリットだが。
「違うの? 3日ほど前から各地で、急に邪神の勢力が活性化しているんだけど! 私の所属するウェスタ王国でも被害が出ていて、対策に追われているの。……あ、自己紹介がまだだったわね。私は王国騎士のアンジェリカ。邪神に対抗するために、女神様のご助力を得ようと王国から遣わされた者だけど……これっていったい?」
「これですか? これならご主人様がやったですよ」
俺が答えるより先にポルテがしゃべった。
「ここでご主人様は、女神の封印が解けて出てきたベルゼブブ・スライムを倒したですよ!」
「はい? ベルゼ、なに……?」
なんだそれ、という顔を女騎士がした。そんな魔物など知らないのだろう。
何より信じられないのは、俺が倒したというくだりのようだ。
「確かに戦いの痕跡はあるけど、それを白魔道士{ヒーラー}の彼が、1人で? まさかそんな」
女騎士は苦笑する。当然の反応だ。
俺もあえて否定しない。説明するのも面倒だからだ。
けれども彼女は違和感を覚えたらしい。
「でも……ご主人様って?」
「はいです! ポルテはこのクライ様のものなのです。生き返らせてもらったですから」
「え? 生き返っ……?」
「……ポルテ、黙れ」
俺が睨むとドワーフ少女は命令に従い口をつぐんだ。
しかし他に1人、俺の御せない相手がいた。
「その彼をっ、クライを……捕まえておいて、くださあぁあ~~~い!」
俺の名を呼びよろよろと中庭に出てきたのは女神だった。
その姿を見て女騎士アンジェリカがぎょっとする。
「女神シルヴィーナ様!? ご無事、ではないご様子ですが、いったい? ……あ、あああああっ! 背中の、立派なお翼が!?」
王国に仕える騎士ともなれば、敬虔な女神信徒なのだろう。6枚あった翼の数が減っていることにアンジェリカはすぐ気付いた。
小手を着けた彼女の手が咄嗟に俺を掴まえる。
騎士の腕力相手に、白魔道士{ヒーラー}の俺ではかなわないらしい。相手の腕を振りほどくことはできなかった。
「これはどういうことなの、キミ! なぜ女神様があんなお姿に……! 返答次第ではただでは済まさないわ!」
真っ直ぐ見つめられるのは苦手だ。
俺はコミュ障なんだ。言葉が詰まる。
しかし睨まれているのに、間近で見る赤毛の彼女はきれいだった。
こういう脇役でもプロのイラストレーターがデザインしたキャラなのだから、当然か。精悍な印象の美少女だ。
鍛錬を積んで筋肉はついているのにかなり細身で、モデルのように手足が長いのが鎧の上からもよくわかった。
それでいてくびれるところはくびれ、出るところは出ている。
さすがに女神の巨乳と比べてしまうと見劣りするが……。
「んーーーー!」
見とれる俺とは違い、動いたのはポルテだった。
彼女はまだ「黙れ」という俺の命令を忠実に守りながらも、敵意を向けたアンジェリカの腕に飛びついた。ドワーフ族の怪力で強引に振り払う。
「な……なにをするのよ!!」
「んっ、んーーー!」
「もうしゃべっていいぞ、ポルテ」
「ぷはあっ! ……ご主人様に手出しはさせないです!」
ポルテが俺を守るために立ちはだかった。
アンジェリカが腰に提げていた長剣{ロングソード}に手をかける。
一触即発の空気が張り詰めた。
「ま、待って、くださいっ。傷つけ合っては、いけませんわ……!」
そこに女神がよろめきながらも割り込んだ。
アンジェリカが柄から手を放し、駆け寄って女神を支える。
「大丈夫ですか、女神様!? この2人はいったい?」
「……わたくしが転生させた、クライと……彼の蘇生魔法の、失敗で……隷属化したポルテ、ですわ」
「なんですって!? 蘇生って、本当に?」
「そし、て……わたくしを、見てのとお、り……堕神化させた、張本人、ですわ~~~!」
「なっ……!」
すべてを聞いてアンジェリカが驚愕した。
「ほ、本当なの! キミ……白魔道士{ヒーラー}クライ! いや、でも、どうやって人が神を堕としたのよ!?」
「うん? やり方は言ってもいいが……」
「ダ、ダメーー~~~! ダメですわっ、ぜ、絶対いい!」
弱っていた女神が精一杯の声を張った。
確かに胸をもみしだかれて果てたからとは、ばらされたくないだろう。
意味がわからないアンジェリカは困惑するばかりだ。
「でも邪神の力が強くなったのは、もしかして女神様の弱体化のせいなの?」
「ううっ、きっとそうですわ~~~……!」
「な、なんてこと! 女神様のお力だけが頼りでしたのに!」
女神を抱いたアンジェリカの切羽詰まった嘆きに、大げさだなと俺は思った。
だが突然、彼女の愛馬がいなないた。
同時に神殿の外から他の馬たちの声も聞こえた。
どうやらその気配に白馬は反応したようだが、アンジェリカがはっとする。
「他の者たちが追いついたみたいね! 無事でよかった……えっ、どうしたの?」
アンジェリカは白馬が落ち着かない様子でいたのに気付いた。
そこに白馬のいななきに誘われてか、5頭の茶色の毛並みの馬たちに乗った連中が、中庭にまでやってくる。
だが全員、明らかに騎士ではなかった。獣の毛皮を身に纏う、むくつけき男どもだ。1頭に無理矢理2人跨がっている者たちもいる。
「あんたたちは!」
アンジェリカが相手の正体を言うまでもなかった。
【山賊頭、山賊ABCDEが現れた!】
戦闘開始の表示が出て、周りの空気が暗く染まる。
相手は人だが、魔物と同じ闇属性の敵というわけだ。
と言っても大した敵じゃない。
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【山賊頭】LV30
HP:550/550
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リーダーらしき山賊頭でさえ、レベル35のポルテ以下だ。MP表示がないから魔法も使えないようだし。
他の山賊どもときたら、5人ともレベル20程度という有様である。まあ、神殿の周りに出るザコの中では強い方だけどな。
それでもこれだけの数に囲まれると、かなり迫力があった。刃物を持った不良に絡まれてるようなものだからな……。
「嘘でしょ……その馬は皆、私の仲間のものじゃないの!」
アンジェリカが血相を変えて剣を抜いた。
げへへ、と下卑た笑いを山賊連中が浮かべる。
「俺たちを足止めするつもりだったみてぇだが、ここは山ん中だぜ? ちょいと誘い込めば騎士様たちも馬から降りて戦うしかねえっつーわけだ」
「その隙に馬を盗めば、追いかけても来れねえ。やっぱお頭の作戦勝ちだあ!」
「……ああ。俺様たちの目的は、騎士連中とやり合うことじゃねえからな」
その中にいた一番大柄な男が馬から飛び降り、傷だらけの大斧を構えた。
こいつが山賊頭か。日に焼けた肌には黒い蛇の入れ墨が彫ってあり、筋骨逞しい。だが他の者たちより知性的な顔立ちをしていて、髭もきれいに剃られていた。
「しかし、なんだ? 俺様たちより先に、白の神殿を荒らしたヤツがいるみたいだが……まあいい」
山賊頭は中庭や半壊した図書館を見回した後、女神を見つけて目を細めた。
「白の女神は健在だ。しかも、弱ってんのか? よくわからねえが、殺して犯して黒の邪神に捧げるにはちょうどいいな!」
「なっ!? あんたたち、やっぱり邪神の配下なのね!」
アンジェリカが誰何する。
はっ、と山賊頭が鼻で笑った。
「見ればわかるだろ? 俺様たちは破壊と略奪を生きがいとする邪神信奉者だぜ。破レルヤ!」
邪神賛美の言葉を吐いて山賊頭が掲げたのは、斧に刻んだレリーフだ。
なるほど闇属性らしく、そこには邪神の象徴たる、禍々しき黒き翼が刻まれていた。
もっとも黒の邪神には白の女神のような姿形はない。概念として存在し、狂徒を使って『エムブリヲ』を破壊と混沌へと導くのだ。
「そしてお宝もゲットだぜ、お頭あ!」
「げひゃひゃひゃ!」
手下どもも馬を降りて、それぞれ棍棒やごついナイフを握る。
お宝って……ここにそんなものはないけどな。
「ご主人様!」
ポルテが俺を守ろうと、ショートハンマーを手に前に出た。
が、それを制したのはアンジェリカだ。
「ここは私が戦うわ! ……そもそもキミたちのこと信用してないから! 女神様、どうぞ下がっていてくださいね!」
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