■第1話 白魔道士クライ (4)
●4
だがそのとき神殿全体が激しく揺れた。
「ご主人様!?」
「なんだ? 地震か?」
ポルテが俺に抱きついてきた。
幼げな彼女だが、やはり女の子の匂いがした。俺はまた勃起してしまう。
けれどもそんな状況じゃなかった。
「これは……いけませーーーーん!」
女神が叫ぶのと、神殿の中庭で何かが爆ぜたのは同時だった。
砕け散ったのはそこにあった女神の形をした石像だ。
「封印がっ! わたくしが弱体化したから、封じていたあの魔物が~~~!」
【ベルゼブブ・スライムが現れた!】
「なに!? 神殿で、戦闘だと?」
ご丁寧に表示が出た後、俺は鳥肌が立つ感覚に襲われた。
気が付けば周囲が薄暗くなっている。まるで闇のオーラに包まれたようだ。
砕けた女神像の下からでろりと染み出たのは、大量の黒い粘液だった。
瞬く間に人の何倍もの大きさにまでなると、ぶよぶよと揺れながら移動する。黒いスライムの巨体が通った跡は、生えていた草木が完全に死滅していた。
『ウボアアアアアーーーーーッ! 腹減ッタアアアアア!!』
黒いスライムがぽっかりと口を開き、叫ぶ。スライムごときがしゃべれるのか、とびっくりだ。
そう、たかがスライムのはずだった。最下級の魔物なのだが……。
「ベルゼブブ・スライム? ……それって確か」
俺の知識が正しければ『エムブリヲ』のムック本に掲載されていただけの、ボツ案の魔物だ。
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【ベルゼブブ・スライム】LV180
HP:30000/30000
MP:?????/?????
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敵ユニットとしての数値が出たが……HP3万!?
プレイヤーは9999で頭打ちだが、魔物はHPに関しては軽々と上限突破してくるんだよな。それにしたって……!
「レベルも200近くの大物だと!? ……そうだった。神殿で登場すると、転生したばかりの冒険者はまず太刀打ちできない鬼畜仕様になるせいで、さすがに企画ごとなかったことにされたヤツだ! はっ、こんなのも出してくるなんて俺の幻想もなかなか粋だな?」
「もうダメですわ! この世の終わりです!」
にやける俺とは違い、女神が真っ青な顔で震えた。
「なんてこと! なのに、今のわたくしには力がなくて……!」
『ウボアアアアアアアアアアアアアア!!』
黒いスライムは神殿の書庫に突入した。その中を這い回り、並んだ本棚を倒しては、無数の書物を呑み込んだ。
そのたびに体が大きくなっていく。
食べたぶんだけ体積が増すようで、黒スライムの巨体は書庫の中を埋め尽くした。大口でげっぷをすると、再び中庭へと這い出てくる。
『白ノ女神イイイイ……オレヲ封印シタ憎イヤツ!』
「お、お黙りなさい! 突然変異で生まれたあなたが、世界すら呑み込むほどの食欲を持っていたから、仕方なくこの地に封印したのですわ!」
女神も中庭に出てスライムと対峙した。
「白の女神の名において命じますわ! ベルゼブブ・スライムよ、再び眠りにつきなさい!」
『……オマエ、翼ガ1枚ナイナア?』
「えっ、あっ! こ、これは……」
『ワカルゾ! オマエ、モウオレヲ封ジル力ガナイナ? ダカラオレハ出ラレタンダ! ボアッハハハハ!』
スライムが黒い巨体を揺らして笑う。
「そんな……ダメですわ。こんなの、絶対!」
女神がいきなり駆け出した。俺たちのいる『命の泉』のあった部屋ではなく、霊廟の方へと。
すぐに戻ってきた彼女が手にしていたのは、銀色のショートハンマーだった。
「あれ、ポルテのです!」
ポルテがはっとした。石棺に残してきた戦士の装備だ。
それを女神が扱えるはずもなく、スライムに飛びかかったものの、黒い巨体の端っこを少し千切っただけで終わった。【MISS】の表示が何度出ても頑張るが、ようやくヒットしても【1ダメージ】のみだ。
しかも黒スライムの体はすぐに再生を果たす。【1ヒール】の文字が躍った。
「な、なんてこと!?」
「回復したですよ!」
女神とポルテの両者が叫ぶ。
表示はやはり俺だけじゃなくて2人にも見えているようだ。
「自己再生系のスキル持ちだな。やっかいな相手だ」
普通に考えて、ここは逃げた方が得策だろう。わざわざ戦う理由もないしな。
だが問題は逃げられるかどうか、だ。
『エムブリヲ』の場合ボス戦は逃亡できない仕様だ。死んで転生してもらうため、それが当たり前になっている。
だがこれだけリアルになっているなら、女神が注意を引いているうちにこっそり逃げられそうでもあるが……。
「きゃあっ!」
その女神がスライムに突き飛ばされ、『命の泉』の部屋まで転がってきた。
力を失っていても神ということか。ダメージ表示が出ることはなく、怪我もないようですぐに起き上がろうとする。
そういえばこいつ、黒スライムみたいにバトル用のステータスも出てないしな。
もとよりイベントNPCってところだろう。
そんなことを思ったとき、俺と目が合った。
「そうですわ……あなたがいたのですね! クライ!」
「え?」
「わたくしに力がなくとも、わたくしの加護を受け継いだ、この白魔道士{ヒーラー}クライがあなたを封じてみせますわ! ベルゼブブ・スライム!」
いきなり女神が啖呵を切った。
はあ? と面食らうのは俺だけじゃなく、黒スライムもだ。
黒い体にぽっかりと大きな口を開けると、げらげら笑った。
『ボアハハハハハハ! ソイツガ? ソノ人間ガ? コノオレニ勝テルト?』
「なに?」
『バカメ、白魔道士{ヒーラー}ゴトキニ何ガデキル!!』
「……スライムの分際で、今なんて言った?」
俺は自ら中庭に出て黒スライムを睨み付ける。
許せなかった。俺は最強だ。
たとえ白魔道士{ヒーラー}にされてもな。
「ご主人様!」
ポルテが女神の落としたショートハンマーを拾って駆けつける。
「ポルテも戦うですよ!」
「いや、いい。むしろ手を出すな」
俺は彼女に命じた。
不安げな表情を見せたポルテだが、命令には逆らわず後ろに引く。
「それでいい。こんなヤツ、俺1人で十分だからな」
『ナンダト!? タカガ白魔道士{ヒーラー}ガアアア!』
「また言ったな? なら思い知れ。この俺の強さをな」
治癒魔法しか使えない白魔道士{ヒーラー}でも戦いようはある。いくらでもな。
……元高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}を舐めるなよ。
「【大回復{ビッグヒール}】」
俺は杖を振るい、いきなり最大級の治癒魔法を発動させた。
きらきらとした白い光が収束するのは、黒スライムの巨体の足下だ。
そこで弱々しく蠢いていたのは、俺が目ざとく見つけていた、女神が切り離したスライムの欠片だった。
本体から切り離されたそれは、そのまま死滅していくだけなのだろう。
だが【9999ヒール】の文字が躍ると、爆発的に成長を遂げた。肥大化し、もうひとつの巨大な黒スライムができあがる。
【ベルゼブブ・スライムがまた現れた!】
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【ベルゼブブ・スライム】LV180
HP:9999/30000
MP:?????/?????
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『ナ……何イイイイイイ!?』
「へえ。やっぱり面白いことになったな」
驚愕に体を震わせた最初の黒スライムと違い、俺はスライムの表示にくすりと笑う。
2体になったのにそれぞれがA、Bと区別されていない。ボス格の魔物だからな。システム上、本来は1体しか認められない存在ということだ。
つまり、どうなるかというと……。
『ベルゼブブ・スライムハオレダ!!』
『イイヤ、モウオレダ! オレコソガ、ベルゼブブ・スライムダ!!』
『黙レッ! 黙レ黙レ黙レエエエエエエエエエ!!』
2体の黒いスライムどもが俺を無視してぶつかり合った。その食欲で互いを喰らい尽くそうと共食いが始まる。
もちろん能力が同じなら、HPで勝る方が有利だ。俺が回復させた個体より、書物を呑み込み肥大化した最初のスライムが、半身を喰われながらも相手を食い尽くしかけた。
「はい。もういっちょ【大回復{ビッグヒール}】」
それを俺が許さない。【9999ヒール】と追加の治癒魔法が煌めくと、欠片に戻るところだった黒スライムが再生し、勢いを取り戻した。
『オ、オマエエエエエエエエ!?』
「ほら、気を抜いてると食われるぞ。がんばれがんばれ」
俺は最初の黒スライムを応援した。もちろん今度はそっちが劣勢になると、治癒魔法をかけてやる。
「【大回復{ビッグヒール}】」「今度はこっちか。【中回復{ミドルヒール}】」「【大回復{ビッグヒール}】」「【中回復{ミドルヒール}】」「やりすぎたな。【小回復{リトルヒール}】」
大事なのはバランスだ。2体がそれぞれうまく食い合うよう加減する。
……すぐに終わりの時が来た。
黒スライムの1体が片方を食い尽くしたのだ。
自身もその大半を失い、小さな石ころほどのサイズになっていたが。
「こ、これは……! あのベルゼブブ・スライムが、なんという姿に!?」
女神が黒スライムの有様を見て息を呑んだ。
「すごいです、ご主人様!」
尊敬の眼差しでポルテが俺を見る。
そしてぷるぷると小さな体を震わせて懇願するのは、もう自己再生スキルを発動できないほど弱った、黒スライムだった。
『治癒シ、テ……クレエェェ……』
そいつが最初の個体なのか、俺が大きくした欠片の方なのかもわからない。
だがどっちでもいい。
「治癒? たかが白魔道士{ヒーラー}に命乞いか? ああ、いいだろう」
最後に俺は絶望を与えた。
「おっと。悪いな、MPが切れたみたいだ」
『ソ、ン、ナ……』
黒スライムが動かなくなり、干からびた。死んだらしい。
ついでに足で踏みつけてやれば、塵となって崩れ去った。
【ベルゼブブ・スライムを倒した! 戦いに勝った!】
戦闘終了の告知が現れ、薄暗いオーラに包まれていた空間がぱっと晴れる。
同時に金色の光が俺の体に降ってきて、【1300CPを手に入れた】との表示が出た。
ボツ案の魔物のせいかG{ゴールド}は持っていなかったが、CP{コストポイント}はそれなりだ。後でまた振り分けておくとしよう。
「レアキャラなだけあったな。ははっ」
「死んでしまったのですか? ああ……!」
けれども塵と化した黒スライムに駆け寄ったのは女神だった。
彼女は汚れるのも構わず塵をすくい、泣きそうな顔で俺を見る。
「命まで奪う必要はありませんでしたわ、クライ!」
「なに? それ、本気で言ってるのか?」
「ええ! だってあなた……MPが切れたなど嘘でしょう!? わたくし、堕神化してもそれくらいわかるのですよ! 治癒魔法で命を救うこともできたはずですわ!」
「俺が倒さなければどうなってたことか。そっちが言ってたんだろ? 封印しなきゃならないほど、危険な魔物だってな」
「でも、でもでも!」
白の女神シルヴィーナは再生と希望を司る神だ。だから俺のやったことが許せないのだろう。
だが、それがどうした。
「神様のくせに、助けてもらってありがとうくらい言えないのかよ」
「はうっ! そ、それは~~~……」
「そんな失礼な堕女神にはお仕置きが必要だな。ポルテ、捕まえろ」
「はいです!」
「えっ……きゃあ、また!?」
俺の指示に従ってポルテが飛びつき、再び女神を拘束した。今度は地面に押しつける形で、小柄なポルテが組み伏せる。
うつ伏せで動けなくなった女神のたわわな胸が、潰されて横からはみ出していた。
なんて……はしたないおっ※いなんだ。俺が手を伸ばし、はみ出た乳※を弄んでも仕方がないだろう。
「わきゃああああ! クライ、何をしているのですかあああ!?」
「いや、だから、お仕置きをだな」
「あなた揉みすぎですわ! いやあっ、ダメえ! そこはっ、はああああん!」
またも女神は簡単に快楽に落ちていく。
ああ、それにしても本当にすごい。俺がこうして女体に触っているなんて……!
もしかしたら童貞を捨てられるかも。俺は※起が止まらなかった。
さすがは俺のご褒美ターンだ。
どうやら白魔道士{ヒーラー}であっても、この異世界なら楽しくやっていけそうだな!
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