■第1話 白魔道士クライ (2)

●2



「クソ……!」


 俺は女神がいなくなった白の神殿内を散策していた。

 他に出口はないのかと探してみたのだが、やはり外に出ようとすると見えない結界に阻まれた。


 おかげで7あったHPはもう3だ。

 いっそこのまま0になれば、白魔道士{ヒーラー}の肉体とおさらばできるか?


「普通なら課金マラソンするのに……!」


 課金さえできれば、好きな職種{ジョブ}になるまで「死んでリセットして転生」を繰り返すところだが……きっと無意味だ。

 女神は狙って俺を白魔道士{ヒーラー}にした。

 次に転生できたとしても、どうせまた白魔道士{ヒーラー}にされるのがオチだ。


「ここは俺の幻想世界のはずじゃないのか?」


 無双させろよ! と思うが、そもそも女神はゲームではここまで干渉してこない。

 ただ転生させるだけのシステムのひとつに過ぎなかったはずだ。


「いや、神様ってのをリアルにするとこうなるのか? 俺の頭が勝手にそう変換してしまうのか……。しかし、この神殿で怪我人の治療を、だって?」


 白の神殿は五つの丸いドーム屋根が、広い中庭を中心にしてくっついた、咲いた花のような形をしていた。

 歩き回ればゲームで見知ったとおりだ。

 つくづくここは『エムブリヲ』そっくりな世界だった。


 ……俺が覚えている範囲で作られた幻想なら、そうなるか。

 ゲームのチュートリアルが学べる書庫に、最初に最低限の食料が手に入る、供物などが置かれている倉庫があった。

 あとは長椅子の並ぶ礼拝堂に、最初にいた『命の泉』のある部屋だ。


 それと最後は霊廟だった。


 そこには無数のろうそくの炎が揺らめく中、蓋のない石棺内に、白い布がかけられたひとつの死体が弔われていた。

 だが死臭はしない。確か女神の力で、転生待ちの冒険者の遺体がここで腐ることなく保存されている、という設定だったはずだ。

 ゲーム内で調べればそのように説明文が出たが、それをわざわざ布をめくって確かめる気はしない。


 そしてこの死体以外、神殿には誰の姿もなかった。


「怪我人なんて来るわけないだろ……」


 ここが『エムブリヲ』と同じなら、白の神殿はスタート時とリスタート時しか立ち寄ることのない施設だ。

 それに神殿は街から離れた霊峰の中にある。たまたま誰かが立ち寄るような場所でもない。

 それでもいいのだろう。女神の目的は俺をここに幽閉して、一生かけて反省させることなのだから。


「……そんな修行僧みたいな生き方ができるか!」


 ここが本当に『エムブリヲ』まんまの世界なら、俺が唯一好きに生きられる場所だ。

 俺はここでは就職に失敗した、無力で無職のヒキコモリじゃない。

 冒険者クライは邪魔する者がいれば、力尽くで排除して自由気ままに生きてきた。


 これまでも、これからもだ。


「修行僧……そういえば」


 修練がどうとか言ってたな?

 俺は指輪に触れてウィンドウを呼び出すと【スキル/魔法】にタッチした。


------------------------------

【スキル】

気力増強 LV1

【魔法】

止血{バンド} LV1

------------------------------


「やっぱり『エムブリヲ』と同じだな……!」


 リストとして出てきたのは、現在所有しているスキルと魔法がひとつずつだ。

 魔法の【止血{バンド}】はまともな治癒魔法じゃない。確か【小回復{リトルヒール}】を覚えるために必要な、踏み台としての基礎魔法のひとつに過ぎない。

 スキルの【気力増強】も、これを上げればMPの最大値が上昇するというだけのものだ。


「初期状態ならこんなものか」


 『エムブリヲ』では、これらスキルや魔法を強化することでステータスが成長していく。

 一定条件を満たせばレベルもアップし、新たなスキルや魔法を習得するという仕組みだ。

 そしてスキルや魔法を強化するには、得られたCP{コストポイント}を消費する必要があった。


「【止血{バンド}】のみじゃあ、誰の怪我も治せないが……」


 俺が確認したかったのはリストの下に表示された、そのCP{コストポイント}の方だ。


 普通はあり得ないことだが……?


------------------------------

所有CP:110476180

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「あった! 無課金転生じゃなかったってことか!」


 装備品は引き継げなかったが、CP{コストポイント}だけはたぶん、前職の半分が還ってきてるぞ!


「CP{コストポイント}に関しては課金転生と同じ扱いってわけか。普通はあり得ないが、女神の力か?」


 いちじゅうひゃく……1億CPもある!

 これだけのCP{コストポイント}があれば【小回復{リトルヒール}】どころか、【中回復{ミドルヒール}】や【大回復{ビッグヒール}】もすぐに習得できるだろう。

 女神の言うとおり、誰かの傷を癒やすためにな。


 だけど面白くない。

 治癒魔法をいくら覚えたところで、女神の結界を破ることはできないしな。


「いや、待てよ。うまくやればもしかして……!」


 ふと俺は、あることを思いついた。

 それはレベルカンストの高位黒魔術師{ハイ・ソーサラー}として、『エムブリヲ』の魔法システムを熟知していたおかげだ。


【スキル:気力増強がLV2になりました】【MPの上限が1増えます】【スキル:気力増強がLV3になりました】【MPの上限が1増えます】【スキル:気力増強がLV4になりました】【MPの上限が1増えます】


 俺はさっそくCP{コストポイント}の投入を始めた。


【魔法:止血{バンド}がLV2になりました】【魔法:止血{バンド}がLV3になりました】【魔法:止血{バンド}がLV4になりました】【魔法:止血{バンド}がLV5になりました】


【おめでとうございます! レベルアップです!!】


 ゲーム内でよく聞いたファンファーレのSEこそ聞こえなかったが、俺のレベルがひとつ上がった。

 リアル拠りにすると、さすがにいきなり音声が流れたりはしないってことか。


 そんなことより、まだだ。もっと……もっと!


【おめでとうございます! レベルアップです!!】


【新たなスキル:鑑定技能を習得しました】


【おめでとうございます! レベルアップです!!】


【新たな魔法:血流促進{アクセル}を習得しました】


【おめでとうございます! レベルアップです!!】

【おめでとうございます! レベルアップです!!】

【おめでとうございます! レベルアップです!!】


          ◇


 持っていたCP{コストポイント}をつぎ込んで、俺のステータスは飛躍的に成長した。


------------------------------

名前/種族:クライ/ヒューマン

年齢/性別:18/♂

ジョブ/ランク:白魔道士/F

LV/属性:129/光

HP:85

MP:2936

ATK:41

DEF:31(△3)

MATK:197(△4)

MDEF:182

AGI:96

LUK:33

------------------------------


 数値の変化だけじゃなく、どこか自分が強くなっている感覚もあった。


「さすがは俺の幻想だな、うん」


 しかしレベルの割にMP以外の数値がふるわないのは、肉体系のスキルをほとんど強化しなかったからだ。偏った育て方をするとこうなる。

 だがこれでいい。魔法系に関してはすべて習得を終えた。


 ……女神を超えるための力もな。


「さあ、いくぞ。こうか? 【復活{リザレクション}】!」


 俺はタクトのような杖を手にして、霊廟で白い布をはいだ死体に向かい、覚えたての蘇生魔法を唱えた。

 長い呪文を必要ともせず、杖の先から白い煌めきが放たれる。


「うわっ、すごいな……!」


 本当にこの世界では魔法が使えるんだ!


 光が包み込むのは石棺に安置されていた、栗毛をリボンでツインテールにした背の低い少女だ。

 子供ではないと思う。『エムブリヲ』はR18仕様だからな、冒険者のキャラは全部18歳以上の設定だ。

 初めて見るNPCだが、小柄なドワーフ族の娘だろう。

 魔法は使えないが、女の子であっても筋力に優れるため、戦士系の職種{ジョブ}で活躍することが多い。

 この彼女も胸当てだけの革鎧を装備し、石棺内には武器であるショートハンマーも置かれていた。


 しかし体のあちこちには包帯が巻かれ、乾いた血が赤黒い染みとなっていた。

 その肌は生気がなく青白いが、光がゆっくり消えていくと血色が戻ってきた。


【戦士ポルテが復活した!】


 蘇生魔法成功の表示が現れる。

 全身の傷が瞬く間に塞がり、包帯が自然とほどけると、ドワーフ少女がぴくりと動いた。

 大きくてつぶらな瞳がゆっくりと開かれ、石棺内で起き上がる。


 本当に蘇生した!

 初めてリアルに使った魔法の効果に、俺は興奮を隠せない。


「いいな! 攻撃魔法じゃなくてもテンション上がるな」

「……? ポルテは、どうしたですか……?」


 ドワーフ少女が呆けた様子で俺を見る。だが説明するよりも、動いたはずみでほどけた包帯に気付き、察した。


「これ、ポルテは、怪我を? でも傷がないです。あなたがやったですか?」

「そうだ。白魔道士{ヒーラー}となったこのクライが蘇生させたんだ」

「生き返らせたですか? それは……」

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