4-4 社長は死んでいたのにやってくる
お嬢ちゃんが不良に尾行されていた。
俺はそれを少し離れたところで見ている。つまり尾行を尾行しているわけだ。
そうこうするうちにお嬢ちゃんは人気の無い方、人気の無い方へと向かう。
まったく叱り甲斐のない。危ないから一人でウロウロするなと言ったのにそれを守らないし、一人で歩くなら歩くで警戒してもらいたいんだが……。
へへっと不良が小さく笑うのが見えた。この不良がお嬢ちゃんとたまたま同じ道を歩いてるわけではないことを俺は改めて確信する。
お嬢ちゃんはさらに人気のない方へと向かう。尾行する不良は辺りを見回して確認する頻度が増えていた。
そろそろやるつもりだなと俺は感じる。
「……!」
その予想を裏切らず不良はお嬢ちゃんの背後から近づくとその口を塞いだ。助けを呼ぶ声はこれでもう響かない。してやったりと言ったところだろう。
「だが俺がいる!」
呟くが早いか、俺の体は二人に向かって走り出していた。二人ともお互いのことに夢中で俺の接近には気付かない。
「はぁッ!」
俺は滑り込むように不良の横に移動すると、そのまま脇腹に拳を打ち込んだ。
「ガハッ」
内臓に走った痛みで不良が短くうめいてそのまま崩れ落ちた。俺はそれを確認するとさらに追撃を加える。
一撃、もう一撃と食らわすごとに俺は自分の心に怒りが宿るのを感じた。宿るのではなく、思い出してるのかもしれない。何かわからないが、とにかく全てに怒りを感じていたあの頃の落ち着かない気分で俺が染まっていく。
ついに俺は動かなくなった不良に馬乗りになって、その顔を手で掴む。
「お前の大事なもの、全部ぶっ壊してやるよ」
腕に力が入る。しかしそれは握力で頭蓋骨を破壊するためではない。ソイツの精神への直接攻撃。《
「うぎゃああああああああああああああああああ!」
俺の手の中で絶叫する不良。高圧電流を浴びたように不良はビクビクと体を震わせ、数秒後に完全に動きを止めた。
「ゴミってのはいくら捨てても減らねえなあ」
俺は意識せず、そんなことを口にしていた。
気付くとお嬢ちゃんがいなくなっていた。俺がコイツを伸している間に逃げたんだろうか。それならそれでもいいが……。
俺はその辺にいるはずのお嬢ちゃんを探す。誰か見た人はいないかと思うが、通りには誰もいない。
奇妙だなと感じる。確かに人気のない通りだが、それにしたって人がいなすぎる。
お嬢ちゃんはどっちに逃げたんだろう。そもそも俺が来たのだから、そんなに遠くまで逃げなくてもいいはず……。
「ん?」
通りに見慣れぬ喫茶店があった。しかし同時に見覚えも感じた。
「ああ、ここは……」
そこはもう随分前に潰れたはずの喫茶店だった。通りに面した一面が硝子張りで、そのせいで誰も客がいないのが確認出来る不人気な店だった。土地柄から、人が少ない喫茶店も密談に向いてると利用する人間がいないこともないのだが、この店はその用途としても不向きだった。そのせいで俺が存在を知って半年くらいで潰れてしまったのだ。
「なんであるんだ?」
俺はお嬢ちゃんを探すのも忘れ、その店があるという違和感の正体を探り始める。
「……な」
だが店に入る前に俺はガラスに映った自分の異常さに気づいた。
そこにはいたのは俺だが、俺ではなかった。
お嬢ちゃんと同じくらいの歳の少年。この喫茶店があった頃の俺がそこにいた。
俺は驚きを押さえ込むように自分の顔を触る。ガラスに映った俺も顔を押さえる。そう見えているだけじゃなく、俺があの頃の俺に戻っている。
「どういうこった?」
その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。相変わらず通りに人はいないし、店内にも誰もいない。
そこにいるのは昔の俺、『カナタ』だけだった。
「……夢?」
俺は目が覚めて、一連の出来事がただの夢だと気付いて、心底ホッとした。なぜそこまでそう感じたかわからないが、夢で良かったという気持ちでいっぱいになる。
「だいじょうぶー?」
いつの間にかミリがいた。俺は
「大丈夫だよ」
俺は半身を起こしてミリに答える。
「お水いる?」
「ああ、そうだな」
俺の返事を聞いてミリはドタドタとキッチンの方へと移動する。
少しするとコップに水を汲んで戻ってきた。
「る?」
コップを差し出して何かミリが質問してきた。なにを言ったかわからないが、飲めということなのだろう。
「る」
俺はそう答えて受け取ると一気に飲み干した。
寝汗をかなりかいていたのか、水分が体に染みるのを感じる。
「ありがとな、ミリ」
「いたしましてー」
コップを返すとミリはまたドタドタとキッチンの方へ走って行く。その後ろ姿は心なしか嬉しそうだ。
「ミリもあの頃は……」
それで俺は何かを思い出しかけたが、すぐにそれを見失ってしまう。
ミリが以前からこの事務所にいることは覚えている。だがミリがいつから今のようになってしまったのかはどうしても思い出せない。
思い出の中のミリと今のミリは明らかに違う。
「何かがあったんだよな」
時間が人を変える。そんなものではない。
ミリにとって決定的な何かがあったのは間違いない。そしてそれはきっと俺の思い出したいと感じている誰かのこととも繋がっている。
「本当にお前は変わったのか?」
不意に俺の声が聞こえた。そっちを向くと《俺》がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます