4-5 社長は死んでいたのにやってくる

「こっちにも現れるなんて、随分と自己主張が強くなってきたな、俺」

 実際、こっちの世界で話しかけられたのはかなり久しぶりな気がする。こいつの存在は《固有世界セルフリアリティ》に潜り込んだ反動とかいう説明と矛盾する気がするが、実際に出てくるんだからしょうがない。

「お前がまたぶっ壊れて来たからさ」

 実際のところ、もう一人の俺の言葉に何か意味があるのかは怪しいものだった。それこそただの幻覚かもしれないし。だから俺はあまり真剣には応対しないことにしてる。

「そうなのか」

「まあ、お前の場合、お前らしくなってきてるってだけだがな」

「そいつは素敵な褒め言葉だ。お前、俺の何倍も女にモテるんだろうな」

「ゼロは何倍にしてもゼロだけどな」

 皮肉には皮肉で返す。ただの幻覚だとすると、なかなか気の利いたヤツだ。

「それはそうといいのか、こんなところでノンビリしてて?」

 その言葉で俺の切っていたスイッチが入ったみたいだった。急に悪寒が走る。

 ゾワゾワと胸騒ぎがした。夢で見た景色がフラッシュバックする。

 鏡に映るあの頃の俺。不良の悲鳴。不良を殴りつける俺。

「なんだ、これ?」

 その理由を聞こうとしたが、もうそこに《俺》はいなかった。

「ミリ、ちょっと出てくる!」

 俺は立ち上がるとキッチンに顔を出してミリにそれを告げる。

「らー!」

 椅子に座ったまま右手を挙げて了解という意味なのだろう仕草をミリは見せる。

 それで俺は忘却社ぼうきゃくしゃを飛び出し、階段を駆け下りた。

 その最中、耳に飛び込んできたのは遠ざかっていく救急車のサイレン。

 イヤな予感しかしなかった。


   ○


 つばさくんの方も急いでいたみたいだった。

「わっ!?」

 私が忘却社のあるビルまでやってきて、階段を上ろうとした時、翼くんが階段を飛ぶように下りてきた。

 少しタイミングが早かったらぶつかったかもしれない。

「おっと……悪い」

 翼くんも十二階建てのビルを階段で上る人間がいるとは想像してなかったのだろう。

「それより翼くん、さっきの、また犠牲者が出たみたい。私、現場にいたんだけど」

 私は自分が見た状況を伝える。と言っても野次馬が多くて被害者をまともに見ることは出来ず、結局、救急車が来て担架で運ばれる時、チラッと確認出来たくらい。

「随分と近場で起こったんだな」

 翼くんが苦虫を噛みつぶすように言った。

 それで気付いたけど、確かに今までとは違うパターンだったかもしれない。葉桜くんを始め、被害者は私の学校の周辺で襲われていた。だから私たちは葉桜くんと彼らに何か繋がりがあるんじゃないかと考えていた。

「この辺りくらいなら行動範囲でもおかしくはないけど」

 被害者が出先で襲われただけ。そう考えることは出来る。でも犯人は地元ではなく、ここまでわざわざ尾行したんだろうか。そう考えると無理があるような気がする。

「犯人が別の人間って可能性もあるが……」

「模倣犯ってこと?」

 私が質問した頃には翼くんは自分で言い出した可能性はもうないと結論づけたらしい。

「それこそありえないな。俺以外に《固有世界》に入れるのは、お前くらいだからな」

「じゃあ犯人、私!?」

「ま。それもないよな」

「他にはいないわけ?」

 私の質問に翼くんは熟考モードに入った。

「……知ってる範囲にはいないな。ただ俺が出来るんだから他にいても不思議はない」

 でもたまたま同じような能力を持った人が、たまたま私の側にそんなにいるなんてことがあるとは思えなかった。

「ここまで強力なのを自覚的に使える人間がそうそういるとは思えないけどな」

 それは翼くんも一緒だった。

 偶然でこんなことは起きない。となれば何かの必然ということだ。だがその必然というのが私には心当たりがない。

「スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う――か」

「なにそれ?」

「『ジョジョの奇妙な冒険』だよ。最近、アニメになってただろ」

「ごめん、観てない」

 翼くんによれば、スタンド使いなる超能力者が出てくる漫画で、その漫画では超能力者同士はどういうわけかお互いに会ってしまうものだという。

「でもこの世界にもそんなルールがあるなら、俺はもっと会ってそうなもんだよな」

 とは言え、私も一応、同じ能力を持ってるらしいので、そういう運命的な引力というのがあるかもしれないとは思う。

「漫画で思い出したけど、ああいう感じのはないの?」

「ん?」

 翼くんが怪訝そうな顔をする。さすがに説明を省きすぎた。

「能力者同士だと気配でわかるとかそういうの」

「ああ……ないんじゃないか」

「ないんだ」

「あったら、俺、お嬢ちゃんが来るのわかることになるし。お嬢ちゃんがさらわれた時もどこ行ったかわからず困ることもなかったよな」

「それはそうか……」

 というかそんなのがあれば私だって翼くんが近くにいたらわかったりするだろうし。

「まあ、俺が知らないだけで、それが出来るヤツもいるかもしれないけどな」

「超能力者と言っても一種類とは限らないか」

「それもあるけど、俺も全部習ったわけじゃないからな。知らないこともけっこう多いのかもしれない」

 そこまで考えると可能性が多すぎて考えるだけ無駄という感じだ。

「とりあえず現場に行くか」

 何か手がかりがあるとは期待出来なかった。仮にあったとしても多くの野次馬が来てたし踏み潰されて台無しになってるような気もする。

「そうだね」

 でもこれ以上、ここで話しててもしょうがないので、私は来た道を戻って翼くんを現場へと案内することにした。

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