4-3 社長は死んでいたのにやってくる
いずれにせよ、取り合ってもしょうがない怒りだから、俺は本題に戻る。
「
「ああ、見舞いの話ね」
「だからお嬢ちゃんは今日は帰るんだな」
どうせ留守番してても依頼者は来そうにない。だからそう言ったのだが。
「物騒な場所って言った口で、今度は女の子に一人で帰れって言うの?」
「……なんだ、一緒に行きたいって話だったのか?」
葉桜翔の顔なんて見たくもないと思ってるものかと思っていたが、どうも違っていたようだ。そこまで嫌ってればわざわざこんな話を自分でしにくるわけもないか。
「一緒に行くの?」
お嬢ちゃんはなんだか変な反応を返してきた。
「単に駅まで送っていけってことか」
どうも俺が読み違えたのかと思ったが、それもお嬢ちゃんは否定してくる。
「わ、私も無関係ってわけじゃないし一緒に行く」
「……ま、確かに無関係ではないよな」
なんだかわからないけど、機嫌がよくなったみたいなので、俺はお嬢ちゃんと事務所を出て、とりあえず駅まで向かうことにした。
○
お嬢ちゃんの情報によると葉桜翔が入院したのはもう三日も前のことだという。
かなり出遅れたという感想だが、おかげで見舞客がぞろぞろいないのは助かる。他人の《
「おう……」
葉桜翔の《固有世界》の荒廃っぷりは想像以上だった。
病室で見た彼はただ生きてるだけのように見えた。外傷はないのに反射以外の反応がない。意識がないとかではなく、心が失われた。そんな印象だった。
しかし中に入ったらそれどころではなかった。彼の大切に思ってた人が何人か消えたとか、そんなことですらない。
震災直後の風景を思い出す。巨大な地震で全てが破壊され崩壊していた。病院もそこに続く道路もその先もだ。
「ここが現実とここまで違うってことは、入院してる自覚すらないってことか……」
しかも本人がどこにも見当たらない。これが誰かの仕業なら本人の襲われた場所に葉桜翔は倒れたままなのかもしれない。
「とは言え、ここを探し回るってのもな……」
この《固有世界》を探して回るのは普段に比べてかなり大変そうだ。
「……ダメか」
さすがに歩いて回る気にはなれず、何かいい物がないかと俺は黒い鍵を取り出した。
この鍵はこの《固有世界》に入るために使った白い鍵と対をなすもので、世界の主の『心の宝物庫』とでも言うべきものを開けるものだ。
小さな頃、夢に描いたものは現実に触れるにつれて失われていく。そんな中でも、特に大事で失いたくない物が『心の宝物庫』に保管されるのだ。
以前、コイツの中でパワードスーツになるアタッシェケースを使ったことがあるが、それを可能にするのがこの黒い鍵というわけだ。
しかし今はそれを呼び出すことも出来なかった。どうやら宝物庫も破壊されてしまったようだ。そうなると空を飛んで探すというわけにもいかない。
「前から思ってたけど、入った《世界》に依存する能力ってのも若干、不便だよなあ」
俺の宝物庫から呼び出せるなら、いろいろ使えそうなのをストック出来そうなのだが、この世界で使えるのはこの《世界》の宝物庫にあるものだけなのだ。
「こんなこと誰に出来るって言うんだ」
半壊した病院の中を歩きながら、誰が答えてくれるわけでもない疑問を口にする。
「こんなことを出来るのも、実際にやるヤツもお前しかいないよな」
でも答えは返ってきた。ハッとして振り返ると、そこには《俺》がいた。
「よう、久しぶりだな、《俺》」
いきなりで少し驚いたが、むしろホッとした。他人の《固有世界》に入った時、《俺》に話しかけられるのは今までなかったわけじゃない。
と言っても、これは葉桜翔の《固有世界》の《俺》とも違う。俺が入ったことによる反動とか、俺がいることで生じる影みたいなものらしい。
この世界が崩壊しているから俺がここにいる歪みが出やすいのかもしれない。
「お前が気付かなかっただけで、俺はずっとお前の側にいたぜ」
しかしもう一人の俺の言葉を信じるなら、俺が認識してなかっただけだったようだ。
「そうかい。ずっとシカトしてたみたいで悪かったな」
なので形だけだが謝っておく。それで《俺》は黙った。
「おっと、そうだ。ずっと見てたって言うなら教えてくれよ――」
俺は《俺》に向かって尋ねることにした。
「これは俺がしたのか?」
「心当たりがあるのか?」
「俺に嘘をついてもしょうがないので素直に言うが……ないな」
「なら、なんでそんな質問をするんだ? 自分でやったと疑ってるんだろ? なにせ、こんなこと出来るヤツはお前しかいないんだからな」
なかなかイヤなことを指摘してくるヤツだ。まあ、それが俺なので文句を言っても始まらないのだが。
「心当たりはない。夜中、意識もなくうろついたとも思えないしな」
少し人間として壊れてるという自覚はあるが、夜中に徘徊して連れ戻されるようなことはしてないと思っている。
「じゃあ、俺がやったのかもな。お前の意識がない間にな」
「そういう可能性もあったか」
だがそれ以上、追及する前に影はニヤリと笑うとスッと姿を消した。
「おい、何し来たんだよ! 俺を不安にさせたいだけか? なんてヤツだ!」
俺はもう消えてしまったもう一人の自分へ文句を言う。しかしそれもやはり言っても始まらないことだ。
「お前も俺も、俺だからな」
俺は誰に見せるでもなく、お手上げという感じで肩をすくめる。それから来た道を戻って、現実に戻ることにした。
言葉通り、現実にだ。
「ん……?」
気付くと俺はベンチに座り、出っ張った柱に寄っかかり寝ていたみたいだった。
お嬢ちゃんがいない。見張ってるように言ったが、黙って待ってるお嬢ちゃんではなかったらしい。
「まあ、その方がらしいっちゃらしいが……」
「あ、
そこに悪びれる様子もなくお嬢ちゃんが帰ってくる。
「で、お嬢ちゃんにはトイレにでも行ってたのか?」
この件に関しては指摘する意味もないが、どうも事務所に一人で来るなと叱った件も大して気にしてなさそうでひっかかる。
「違うわよ!」
「じゃあ、どこに?」
「噂好きの看護師さんに話を聞いてたの」
コンプライアンスだの言われて久しい現代でもそんな人がいるんだな。
「何か収穫でも?」
「葉桜翔と同じような感じで入院してる人が他にもいるんだって」
他にも? 葉桜翔一人でも自分がやったとは到底思えないでいるのに。
「オイオイ、これも俺の仕業なのか、俺?」
しかしだったら誰がやってることなのか。それはやっぱり俺にはわからない。
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