3-10 再会は忘れた後にやってくる 後編
「どうして?」
だから俺は同じことを尋ねる。
「ここの事務所、困ってる人を迎えるにしては汚い気がしてたから」
「そういう話じゃない」
俺はなんで覚えているのかという話をしてるのだ。それはお嬢ちゃんにだってわかってるはずだ。
「朝、起きたら思い出してたの」
お嬢ちゃんはとぼけてるのではなく、自分でもよくわかってないらしい。
「そんなことあるのか?」
「理屈はわからないけど、あるのは確かでしょ」
お嬢ちゃんの言い分はもっともだ。そうでなければこうはなってないのだから。
「……あるんだな、こういうことも」
となれば俺としても納得するしかない。
「私が想像するに、ヒーローは二度死ぬってことじゃないかな」
「なんだ、それ」
「ヒーローって一度負けたくらいで終わりじゃ無いでしょ。たとえ死んでも生き返って、みんなを助けてくれるのがヒーロー!」
確かにヒーローというのはそういうものかもしれない。でも現実は違う。
「俺は別にヒーローなんかじゃないよ」
「翼くんがそう思ってることは関係ないでしょ。これは私の世界の話なんだから」
そして現実の話をしてるわけではないことを俺はお嬢ちゃんに教えられる。
「それに言ったでしょ。私は忘れないし、許しもしないって」
「それはアイツの話だろ」
「覗きの件、私、いつ許したっけ?」
「……意外と根に持つタイプなんだな」
俺は呆れつつも笑ってしまった。
そんな絆でも俺は世界と繋がっているのだと思い出したからだ。
「カナタ」
そして俺は自分でも意識せず、その名前を口にしていた。
「ん?」
「カナタ、人の名前だよ」
「誰の名前?」
「俺の名前だよ」
ここのところすっかり名乗ることのなかった俺の本名だ。
「へえ、そんな名前だったんだ。まあ、
「まあ、どっちでもいいけどな。
ならなんでわざわざ名乗ったのか。それは自分でもよくわからない。ただお嬢ちゃんに知っておいて欲しかったのかもしれない。
「も!」
そこにミリが箒を俺に差し出してくる。手伝えということだろう。
「しっかし」
改めて見渡すと雑然とした空間だった。どうせ俺しか気にする人間もいないからと放置してたツケはかなり高くつきそうだ。
「ま、三人いればどうにかなるかな」
苦笑いを浮かべて俺はお嬢ちゃんを見る。
「きっとね」
お嬢ちゃんは明るい笑顔を見せる。
「というか、ここ、何年ぐらいこんな感じなの?」
「さあ。俺が初めて来た時はもうこんな感じだったしな。前の社長はあんまり気にしない人だったし」
「つまり?」
「並んでる漫画のラインナップから察してください」
「それって私が生まれる前からってことかな?」
生まれる前とかとんでもない単語が飛び出した。
「そうなるかな」
「……やっぱり三人だけじゃ無理かな」
お嬢ちゃんはそう言いながらも、俺に指示を出す。たまには人に命令されるのも悪い気分ではないななんて俺は思った。
○
私は時々、《ここ》にやってくる。
以前、自分が社長を務めていたビルが見えるこの場所に。
十二階建てのビル同士だが屋上に立っていても、その目当ての事務所は見えない。なぜならその事務所は十二階建てビルの十三階にあるからだ。
冗談みたいな話だが、事実なのだから仕方ない。実際に行ったことがなければ私だって信じないだろうと思う。
私は見えないのを承知でこの場所に来て、そして長くて鬱陶しい自分の髪の毛を切るのだ。ジョギリ、ジョギリと。
「髪の毛切るなら、言ってくれればいいのに」
そうしてるとそうやって《彼》がやって来るのだ。
私は《彼》のことは、ガクと呼んでいた。本名から取ったはずだが、そっちの方はさほど興味がなかったので忘れてしまった。
もう成人のはずなのに、いつまでも子供みたいな男だ。その一方で常に目を細めて笑っていて、何を考えてるかわからないところもある。少しうさんくさいヤツだ。
でも私はガクを次の社長に据えようと思っていた。実際にはそうならず、別の人間があの事務所を占拠しているわけだが。
「君は知ってるはずだよ。私は他人に髪の毛を触られるのが好きじゃないんだ」
「でもカナタくんには触らせていたよね」
「そんな話がしたくて、ここまで来たのかい?」
「もちろん、違うよ」
ガクは怒ってるのかもしれなかった。でもその表情は変わらない。
「あの二人、結局、また会っちゃいましたね」
ガクはあの二人のどちらか、もしくは両方共が嫌いなのかもしれない。
「不思議なこともあるもんだね」
だから私はまともに取り合わないことにした。彼の地雷というのがどこにあるか、私にはわからない。というか私は他人の地雷というものにひどく鈍感なのだ。
「
ガクは私を責めているのかもしれない。
「なぜ私がそんなことをすると思うんだい?」
「火村さん、カナタくんのこと大好きじゃないですか」
「なんだい、妬いてるのかな、ガクくんは」
「まさか! ただ、結局、会っちゃうなら僕らはなんなのかなって思っただけですよ」
「人は忘れても世界は忘れないということかもしれないね」
「それは実にロマンチックですけど――」
ガクは大げさな身振りで私に質問を投げてきた。
「だったら忘却社のしてることってなんなんです?」
それに答えられる言葉を私は持っていなかった。だから素直にそれを告げる。
「私にわかってたら、こんなことにはなってないだろうね」
「その適当な答え、とても火村さんらしいですね」
ガクはそう言いながら私を責めてるわけではなさそうだった。少しわざとらしいけど、口元を上げて笑っていた。
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