4-1 社長は死んでいたのにやってくる

 全く、腹立たしい。

 葉桜はざくらしょう。アイツの顔を見かけるだけで、怒りが心の中で沸き立ち、それで視界が端から歪んでいくようだった。

 それほど、アイツが憎らしい。とにかく許せなかった。もう理屈ではない。

 殺してやりたい。その気持ちを我慢しすぎた。

「そりゃ、ないっすよ、翔さん」

 その葉桜翔がガラの悪い学生数人に取り囲まれていた。葉桜翔はまだ両腕の傷が癒えずギプスをしていた。

 怪我をした少年と不良数名。それだけ見たら、彼が恐喝でもされてるようにも思える。しかし実際にはそんな構図ではないことはわかっていた。

 不良たちは葉桜翔の部下だった。実行部隊と言うべきものか。彼が表立って出来ないことを代わりにやって、報酬をもらう。報酬は金であったり、彼の家の権力による罪のもみ消しであったり、それをアテにして行われる暴力行為であったりした。

 数日前までは彼らは忠実な部下だった。しかし今は葉桜翔に不満をぶつけている。

「んなこと言われてもなあ。その三倉みくら咲夜さくやって女とかどうでもいいし」

 その理由は彼らではなく、葉桜翔の方にあった。彼の心変わり。

 彼らは近いうちに、三倉咲夜をさらう計画を立てていた。準備は進み、いざ決行という段になって、葉桜翔が興味を完全に失ってしまったのだ。

 不良たちも葉桜翔が気分屋なのは重々承知していた。それを差し引いても彼の変心は腑に落ちなかっただろう。

 計画どころか、あれほど執心していた三倉咲夜の存在すら忘れているのだから。

「要するに報酬が欲しいんだろ? いくら欲しいんだよ! 言ってみろよ!」

 葉桜翔が代わる代わる責められるうちにキレた。

「そ、そういうわけじゃないんすけど」

 その剣幕に不良たちは今日は話し合いにならないと考えたらしい。しょんぼりした子犬のようにトボトボとその場を離れていった。

 彼らは葉桜翔のせいにして悪事を働くことで快楽を得ている。そしてすでにそれは中毒と言ってよい状態にまで進行していたようだ。


 葉桜翔の部下たちの中でも、まだ元気そうな二人組を尾行した。去り際、二人で互いの顔を見て笑った。その顔に企みの臭いを感じたからだ。

「俺たちだけで、やっちまわね?」

「俺もそう思ってたわ」

 二人は同じことを考えていたことを確認し合う。

「翔さん、案外、三倉咲夜って女に振られたってオチだったりして」

「俺もそう思ってたわ」

「だったら俺たちでさらって、翔さんに渡してやったら喜ばれるんじゃね?」

「俺もそう思ってたわ」

 要するに葉桜翔が投げ出した計画を自分たちが代わりに実行しようということだろう。

「その前に俺たちが少し味見しちまってもいいよな?」

「いやいや。それはまずいんじゃね? お嬢様なんだろ?」

 このままにしていたら、聞くに堪えない会話が続くのは明らかだった。

「カナタァ、お前は昔から本当に詰めが甘い」

 怒りが言葉になって口から出ていった。しかしその怒りは葉桜翔に対するものでも、目の前の二人に対するものでもない。

 今はみさきつばさと名乗っている、この半端な情況を生み出した男への怒りだ。

「あん?」

 不良二人がこっちの存在に気付いたようだ。

 言葉の意味がわかったわけではないだろう。こっちが怒りの表情を浮かべ自分たちの方へ近づいてくることに怯えているだけだ。

「なんだお前? なんか用かよ?」

 そう彼らは怯えていた。彼らは所詮しょせん、強者の傘の中で弱者をいたぶるしか能のない人間たちなのだ。いや、そんなものを人間と認めてやる必要はないだろう。

「ゴミって言うんだよなあ、こういうのは」

 私は距離を詰めると右手で不良の片割れの顔を掴み覆った。

「消えろ!」

 その手に力を込める。

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫。数秒、感電したようにビクビクと震え、動かなくなった。それを確認して私はそいつを投げ捨てる。

「ゴミはキッチリ処分しないとダメだろ、なあ?」

 その質問も別に目の前の不良にしたわけじゃなかった。要するに独り言だ。私はゴミと会話する趣味はない。

 そして私は残りの作業を確認する。もう一人の不良は逃げるでもなく、立ち向かうでもなく。ただ唖然とこっちを見ていた。

 何一つ情況を把握出来てないらしい。やっぱりゴミだ。

 私は右手をソイツに向ける。

「おい、何するつもりだよ? っていうかコイツに何したんだよ? なあ、おい……」

 今更の質問が続く。もちろん答える気はない。

 ソイツの処分も数秒で片付いた。


   ○


 風車かざぐるま探偵社。新宿にある中規模くらいの探偵社。俺はそこで雇われてる探偵だ。

「すまん、翼。今日の仕事飛んだわ」

「そうっすか」

 しかし風車探偵社の社長はけっこうアバウトな人で、時々、こういうことがある。まあ、そのおかげで俺も忘却社の仕事が出来てるので、ありがたい緩さでもある。

「んじゃ俺、今日はオフってことでいいですか」

「わざわざ来てくれたのにすまんね」

 そんなわけで俺は来て早々、事務所を後にすることになったわけだ。

「どうすっかな」

 オフにしてもらったがしたいことがあるわけじゃない。俺は宙ぶらりんな気分になる。

「あ、あの……翼さん……」

 そんな帰りがけの俺に話しかけてきたのは絵麻ちゃんだった。風車社長の娘さん。少し内気なメガネをかけた女の子だ。子とは言ったが、高校はもう出ていてそろそろ成人という感じの年齢ではある。

「何かな?」

「あの、今度の土曜日、翼さん、オフですよね」

「うん、まあ、急ぎの仕事が入らなければね」

「でしたら、その、買い物に付き合ってくれませんか」

「買い物」

 一体、なにを買うつもりなんだろうと考えたせいで、絵麻えまちゃんは俺が不満を感じたように受け取ったようだ。

「あ、迷惑ですよね! せっかくの休みなのに、そんなこと……」

「いや、まあ、いいけど、買い物くらいなら」

「そ、そうですか」

「というか、今はどう? 俺、仕事が飛んじゃったんだけど」

「今はちょっと……(心の準備が……)」

 絵麻ちゃんの声はもの凄い勢いで小さくなって、俺には聞こえなかった。とりあえず今は具合が悪いということはわかったので追求しないことにする。

「じゃあ土曜日ね」

「は、はい!」

 絵麻ちゃんはさっきとは打って変わって大きな声で返事をしたかと思うと走り去った俺はその後ろ姿を見送りながら、買い物するのも違うみたいだなと感じる。

「……特に必要は感じないけど、忘却社に顔を出すか」

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