3-8 再会は忘れた後にやってくる 後編
「わかってるけど認めたくないって顔だな」
「わかんないよ。翼くんがどうしてこんなことしてるのか」
「さっき言ったぜ。あの場所は本当に困ってる人のための場所だからだよ――ってな」
「翼くんはそれでいいの?」
「なんだ? かわいい女子高生のお嬢様とせっかく知り合いになれたんだから、これからも仲良くしてけばいいじゃないかって?」
彼は茶化すように私に尋ねる。さすがに私は聞き逃せなかった。
「翼くん!」
「……今のは俺が悪かった」
翼くんは私の叱責に素直に謝る。でも彼が意見を変えるわけじゃない。
「仕事の仕上げ、一緒に来るか?」
それが彼の精一杯の譲歩なのは理解出来た。だから私はもう疑問をぶつけて彼を困らせたりはしなかった。
「うん」
翼くんは私の前に立ってこっちを見た。
次の瞬間、何か光が飛んで来たように感じて、私は上下の感覚を失った。
「……ここは?」
気付くと私は明らかに非日常的な空間にいた。
白いどこまでも続く床。他にあるのは一つの扉。その扉の周りを灰色の二重らせんがうごめいていた。
「前社長に聞いたところによると、ここは《鍵の世界》と代々呼ばれてきたそうだ」
その説明で私は灰色に見えた二重らせんが白黒一対の鍵で出来ているのに気付く。
「ここには人類全ての鍵があるそうだ。でもいつだって大事なのはたったの七〇億分の一なんだ」
翼くんが手を伸ばすと二重らせんの動きが速まり、そして程なくして止まった。
「いつでも大事なのはたった一組の鍵なんだよ」
手の前で止まった鍵を翼くんは手に握り込むと、そのまま扉の方へと歩き出した。
扉の中央に白い鍵が差し込まれると、ガシャンと大きな音が聞こえた。扉の枠の隙間から光が漏れてきて、どこかに繋がったらしいことがわかる。
「行くぞ」
翼くんが扉を開くと隙間から漏れてた光がどっと流れ込んできた。私はまた上下の感覚を失う。
そして気付くと私は《元の場所》に立っていた。でもそこは元の場所では無く、《固有世界》の《元の場所》だ。
そして元の場所である以上、そこには元の場所にいた人間がいた。
私と、そして翼くんだ。
「ここ、私の世界……なんだよね?」
確認するまでもなく、もうわかっていた。ここが私の《固有世界》であることも、そしてここに来た目的も。
「ああ」
翼くんは、この世界の《翼くん》を殺すためにここまでやってきたのだ。それは私の中から翼くんのことを消し去るために。
わかっていた。わかっていたし納得してるつもりだった。でもやっぱり違った。
「忘れさせるつもりなら、なんで連れて来たりしたの?」
自分でも理不尽な物言いだと思う。彼を困らせ、そうさせたのは自分だ。それもわかっていたけど、こんなの無いって思う。思ってしまう。
「お嬢ちゃんが受け止めたいと思ってると感じたからさ」
確かにそう思ってた。いつのまにか、こんな仕上げをされるなんてもっとイヤだ。
でも、やっぱりこうしてハッキリ見せられるのはイヤだ。
「あと、一つ。企業秘密だけど、教えてやるよ」
翼くんの手の中から黒い光が漏れるのが見えた。かと思うとその手には大きな銃が握られていた。
「俺が依頼者の前であまり力を見せないのは、この仕上げが面倒になるからさ」
依頼者に信用されるほど、依頼者の《固有世界》で彼の存在は大きくなる。それだけじゃなく彼が強いと知れば知るほど、その世界での翼くんも強くなるのだ。
「そういうことだったんだ」
どこか不真面目な態度。頼りにならないと感じさせる言動。それは全て、この時のためのものだった。
彼の仕事はいつだって、もう二度と会わないことが前提のものだったから。
「なんで――」
翼くんはなんでそんなことを? それを聞く前に銃声が響いた。
翼くんが《翼くん》を撃った音だった。その衝撃は飛んで来て、私はその場に倒れた。
意識が遠のくのがわかった。直接的な痛みよりも私の世界から《翼くん》が消える痛みかもしれない。
「さよなら、お嬢ちゃん。俺みたいのは誰かの日常にはいない方がいいんだ」
翼くんはそれだけ言うと、私の世界から消えた。
「そんなの……ひどいよ、翼くん……」
私はそれを感じたところで完全に意識を失った。
○
気付くと私は雑踏の中にいた。
「……あれ?」
おかしな感覚だった。明らかにさっきまで何かしてたはずなのに、思い出せない。
スマホを見て時間を確認すると三十分くらい、いつの間にか時間が経ってるみたいだった。それがわかるのに、でもその前にやってたことも思い出せない。
「なんだろ、これ……」
二重人格とかいうヤツだろうか。私の中にもう一人の私がいて、さっきまでそっちが主導権を握ってたとか。
「それはないか」
スマホのスケジュール管理を呼び出しても、そこには何も書いてなかった。それで思い出すにここ数日の記憶がなんだか怪しい。
「誰かと会ってた気がするんだけど……藍ちゃんかな?」
私の友達の
「何か用があると言ってた気がするんですけど」
確かにバカにはされなかった。でもなんだか藍ちゃんの方も似たような状況らしい。藍ちゃんは藍ちゃんで記憶がハッキリしないみたいだった。
「何の用だったんだろう」
本当に妙な情況だった。私は私の用を藍ちゃんに尋ねて、それでお互いなんだったかわからないと言い合ってるのだから。
「思い出せないって言葉で思い出したんだけどね」
藍ちゃんがそれまた別の妙なことを言い出した。
「……んん?」
「
「忘却社……」
なんだか聞き覚えがあるような気もした。
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