3-7 再会は忘れた後にやってくる 後編
大体想像はついてる。なんて言ってはみたけど。
やっぱり想像と現実には大きな開きがあった。
そこは公園だった。
意識を失った私を連れて帰ったということを無かったことにしたい。それで《私》はまだここにいたのだ。
土砂降りの雨が降っていたのは、彼の悲しみの表れなのかもしれない。どっちかと言えば泣きたいのは私の方だと思うので同情なんてしないけど。
「これがお前が見たがっていた俺の仕事ってヤツだよ」
「…………」
土砂降りの音にも負けない銃声が聞こえて、続いてドサッと音を立てて《私》が倒れるのが見えた。
「やっぱり忘却って……こういう……」
《私》は声一つあげず、そのまま消えて行った。
私は唖然としながらも、そういうことなんだと納得してもいた。
翼くんの仕事はこうやって犯人の《固有世界》から相談者を殺して消すこと。だから彼は安易にその能力を使うように言った私のことを叱ったのだ。
取り返しのつかないこと。その意味がやっと私にも理解出来た。
「大丈夫か?」
「うん」
ショックはあった。自分が目の前で殺される様を見たのだ。無いはずは無い。でもそれよりも私を心配する翼くんの優しさを感じて言葉が詰まってしまった。
彼は今までもこんなことを繰り返してきたのだろう。あの事務所に来る人を助ける度に、彼は《相談者》を殺してきたのだ。困ってるから助けると言った相手を助ける方法がそれだから。
「お嬢ちゃんの中のアイツも消そうか?」
なのに翼くんはそんなことを聞いてくる。今度は私じゃ無く、葉桜くんだからそこまで傷ついたりはしないかもしれない。でも《固有世界》でのこととは言え、私のために彼にまた人を殺して欲しいとは思えなかった。
「いいよ、そんなことしなくて」
「でもさ」
「忘れた? 私、忘れないし許しもしないって言ったでしょ」
私はそういうことにしておくことにした。ちょっと悲しくなって、ちゃんと嘘を貫けたかはわからない。
「そうだったな、すまん」
でも翼くんは笑って納得したように見えた。
○
現実に戻った私は
「ごめんね。藍ちゃんにはとんだとばっちりだったみたいで」
翼くんの説明が終わったところで、私はじっと我慢していた言葉をやっと口に出来た。
「いえ。悪いのは
「な、なに?」
「咲夜さんはもう少し自分の魅力を自覚された方がいいかなとは」
「私の魅力?」
なんだそれと私は本気で思うのだけど。
「私、狙われるなら私ではなく咲夜さんの方だと言ったはずですけど」
「……そうだっけ?」
なんとなくそんなことを言われた記憶はあった。
「それはおいおいどうにかしていくとして、解決したなら何よりですね」
藍ちゃんは本気でそう思ってるみたいだった。やっぱりお嬢様というのはこういうものじゃないかなと私は自分との違いに改めて少し傷ついたりもした。
藍ちゃんには夕飯でもと誘われたけど、私は帰るという翼くんと新宿に行くことにした。まだちょっと彼と話したいことがあったからだ。
「そういえばさ翼くん、けっこう強かったのね」
けっこうなんて穏やかな言い方をしたが実際にはそんな生やさしいものじゃなかった。正直、底が見えなかった。葉桜くんからの攻撃に一呼吸で両手を折り、吹き飛ばしたのは思い起こしてもどうやったかわからない。
「一応、本業は私立探偵なんでね、荒っぽいことも多少は出来ないとな」
なのに、彼は「多少」なんて言い方をする。あれで多少なら、彼の仕事先はどんな無法地帯なんだろうと思ってしまう。
「その割に
「あの子は強いし……それに抵抗する場面じゃなかっただろ」
「盾無さんってそんなに強いの?」
「表の格闘技界なら頂点に立てるんじゃないか」
「それって葉桜くんレベルってこと?」
「完成した葉桜翔レベルってことだな。全盛期のマイク・タイソンよりは強いよ」
「……誰だっけ、その人」
「昔のヘビー級ボクシングチャンピオン」
「とんでもなく強いってことね」
盾無さんが頼りになる人とは感じていたけど、そこまでの人だとは思ってなかった。
「それで、その、翼くん」
私はそんな本当はどうでもいい話から、どうしても聞きたかったことに話題を移す。でも緊張したのか少し躓いてしまった。
「なんだよ、らしくないな。思ったことズバズバ言うのがお嬢ちゃんだろ」
自分でもそう思ってるけど、なんか翼くんに指摘されると少し凹む。
「その……また事務所に遊びに行ってもいいかな?」
そのおかげか、やっと言いたかったことが言えた。
「ダメだ」
なのに翼くんは少しの迷いもなく否定してきた。
「どうして?」
私は尋ねながらもその答えをわかっていた。
「あの場所は本当に困ってる人のための場所だからだよ」
そしてそれは想像通りの答えだったけど、ハッキリ言われるとやっぱりショックだ。
「でも邪魔にならないくらいならいいでしょ?」
その質問に翼くんは答えず、私の顔をじっと見た。
「お嬢ちゃんはもう気付いてるんじゃないのか?」
ドキリとした。私にはハッキリと心当たりがあったからだ。
思い返すとおかしな話だった。
そんなものただの噂だからだと最初は思った。でも実際に忘却社はあって、翼くんは私を助けてくれた。
他にもきっと彼に助けてもらった人はいたはず。でもそれを覚えている人はいない。
きっと、どこにもいないのだ。その理由は――。
「だったら、そんな話をするだけ無駄だとわかるだろ」
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