3-6 再会は忘れた後にやってくる 後編
「俺はもうお前の間合いには入らない。外側からボコボコにしてやるぜ!」
アウトボクシング。彼本来のヒットアンドウェイの攻撃スタイル。相手の間合いの外から攻撃し、反撃される前に逃げる。その繰り返しで相手の体力、精神力を削っていく。それをしようというのだろう。
ぴょんぴょんと跳ねながら
葉桜翔はすぐには打ち込まなかった。アウトボクシングなら勝てる。そう思ってはいるけど、やはり翼くんのことは警戒してるのだろう。
「遠くから俺のことを火だるまにするんじゃないのか?」
その警戒の中、翼くんは彼のことをさらに挑発する。
「やってやる! やってやるよ!」
葉桜翔が翼くんの左前に立ったところでジャブを放った。
と思ったら、彼の体が後ろに飛んでいた。その勢いのまま壁にぶつかり鈍い音を立て、跳ね返ってそのまま床に転がった。
「どうしたって間合いには入るんだよ。お前が攻撃してくる限りはな」
翼くんが何か言ったけど、きっと葉桜翔には聞こえていなかった。
「ぐわああああ!」
遅れてきた痛みに彼が絶叫する。気になってみると彼の両腕があらぬ方向に曲がっていた。それぞれの腕が肘と手首の間で体の外側に向かって折れていたのだ。
「サービスで救急車くらいは呼んでやるよ。その腕じゃスマホ操作も大変そうだからな」
追い打ちをかけるように翼くんがそう言った。
「ううぅう……」
完全な敗北か骨折の痛みか、葉桜翔は泣き始めた。
「出来心だったんです。三倉のことを本当にどうにかする気なんてなかったんです」
そして誰に対してなのかわからない言い訳を始める。
「許して……許してください……」
「と言ってますが、どうされます、お嬢様?」
翼くんは呆れたという顔で私に尋ねてきた。
「もうこんなことしませんから!
その間にも葉桜翔の誰に向けてかわからない
「どうされます?」
それでも翼くんは私にどうするか決めて欲しいらしい。もしくは単にもう彼の相手をする気が失せてしまったのかもしれない。
翼くんは私の手を縛っていた縄を解くとすっと立ち上がり、私の前に立って手を差し出してきた。服装のせいもあって本当に私の執事みたいだなと思ったりする。
「私が決めていいの?」
「こっちから言いたいことは全部言わせてもらいましたので」
私は手を借りて立ち上がると床に倒れたまま泣いてる葉桜翔の所へと向かう。
彼はまだ何か言っていた。でももう耳にも入ってこない。
「絶対に忘れないし、許しもしないわ!」
そんな私から許すなんて言葉が出てくるはずもなかった。
彼は私を見上げて驚き、そして絶望した顔を見せた。
「知ってるはずでしょ、私がそんなこと絶対しない人間だって」
○
案外、ショックを受けてないみたいだなと思うのは少し安易だろうか。
葉桜の家のガレージから出て歩きながら、俺はお嬢ちゃんのことを観察していた。そもそも話題にすらしない方がいいかもと思っていたけど、余計な心配だったかもしれない。
「助けるのが遅くなって、すまなかった」
「え?」
何か意地悪で聞き返されたのかと疑いそうなタイミングだった。
「いや、だから助けるのが遅くなって」
「ああ、うん。間に合ったからいいんじゃないかな、そういうのは」
「……そうですか」
俺はちょっと何を言えばいいのか考えてしまった。
「こっちこそ言ってなかったね。助けてくれて、ありがとうね」
「それこそ、仕事だしな」
「でも依頼人は
「そう、なるのか?」
最初からどこかねじれてると感じてたし、制服を渡したりあれこれ指示してたのはお嬢ちゃんの方だったから、こっちが依頼者のつもりでいた。
「そういえば、なんであの場所がわかったの? やっぱり企業秘密?」
「……ああ。学校でお嬢ちゃんが増殖してたのは覚えてるよな」
「飛んでる時もすごい数が見えたよね」
「でも公園に行ったら、全然人がいなかったんだ。誰にも見つからずに帰りたいって気持ちが形になってたのかもな。だから空から見たら露骨に誰もいないゾーンがあった」
「その先がアイツの家で、あのガレージだったってわけね」
「そういうこと」
本当にショックを受けてないらしい。お嬢ちゃんは楽しげにすら見える。
「本当のことを言うと、もう少し速く片付ける方法もあったんだ」
「え?」
「葉桜のヤツからお嬢ちゃんを忘却させてしまえば、その場で解決出来たんだけど」
「でも、それをすると危なかったわけね」
「アイツの中がお嬢ちゃんへの妄想で一杯だったから、それをしたらアイツの世界そのものまで壊れてしまいかねなかった」
「あの瞬間は世界や未来よりも私の方が大事みたいなこと言ってたし、本当にアイツの世界ごと壊れてたかもね」
何かろくでもないことを言われたのだろうとは想像出来た。だから俺はそれ以上は話を掘り下げられなかった。
「そうだな」
ただ一言、お嬢ちゃんの言葉を肯定する。それで何か気遣いをしたのが伝わったらしく、向こうも何も言い返してこなかった。
「多分、今は落ち着いてるだろうから、アイツの中からお嬢ちゃんのことを忘却させてくるよ。アイツも何もしないとは言ってたが、その方がいいだろ?」
沈黙が辛くて、俺は仕事に意識を戻す。
「それなんだけど、私もついて行っていい?」
「あまり青少年の健全育成によろしいとは言えない絵面になるぞ」
「何をするのか、大体想像はついてる」
「そうか。だったらわざわざ見なくていいんじゃないのか」
「でも、今回のことは私、受け止めないといけない気がするから」
「強いんだな」
正直に俺はそう思った。
「不安だからそうするんだと思う」
でもお嬢ちゃんは違うことを考えていた。
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