2-10 再会は忘れた後にやってくる 前編

「どうして冗談だと?」

「だって本当にそう思ってたら咲夜さくやさんと一緒にいるのを許すわけないですよね」

 確かにその通りだった。つまり私はみさきつばさとあの男が同一人物ではないと理解していることになる。

梓紗あずさ様は鋭いですね」

「いえ、まさかそんな」

 梓紗様が謙遜けんそんしたところで目的についたらしく車は静かに停止した。

 そして梓紗様は習い事の生け花教室へと向かった。私はそれを見送りながら、改めて情況を整理した。

 それでも答えは変わらない。

 色々、納得がいかない。今は自分が何を考えてるかすら一貫しない。なので私はそれ以上、考えるのを止め心を静めていく。ただ任務をするための機械となり、梓紗様に近づく者を探すことにした。


   ○


「そういえば盾無たてなしさんは?」

「梓紗のお嬢さんについて行った。習い事があるらしいのでボディガードだとさ」

「なら、そっちは安心ね」

 学校を出た私たちは葉桜はざくらくんの家の方を目指した。私は彼の住所は知らなかったけど、翼くんがちゃんと調べていた。そういうところはやっぱりプロっぽい。

「彼、家にいるのかな?」

「アイツも今日は習い事らしいな。と言ってもボクシングで、ロードワークだけどな」

「ああ、そういうこと」

 住所どころか彼の日々のスケジュールすら把握しているらしい。何もしてないと思っていたけど、かなり調べ込んでいる。もしかすると言わなかっただけで、最初から葉桜くんのことを疑っていたのかもしれない。

「いたぞ」

 翼くんがそう言って目線で葉桜くんを確認したことを示してきた。

 すでに家に帰って着替えたらしくパーカー姿だった。フードまで被っていて夏を間近にした気温の中では熱いんじゃないかと心配になる。

「あれって減量ってヤツ? 彼、随分と真剣にボクシングに打ち込んでるんだ」

 私はそう結論づけただけど、どうも翼くんはそうは思ってないらしい。

「それは……どうかな」

 そしてどう思ってるかは答えず、彼はおかしなことを言い出した。

「調べてみるから俺の体を見張っててくれ」

「はい? あんたを見張る? なんで?」

 さらに翼くんはその疑問にも答えず、走っている葉桜くんの後ろ姿を睨んだ。

 瞬間、二人の間の地面に光が走って線を描いたのが見えた……気がした。

「え?」

 それを確認する間もなく、翼くんが私に倒れ込んできた。

「ちょ、な、なに、これ……」

 魂が抜けている。そう言っていい状態だった。全身から力が抜けた図体ばかり大きな男を支える羽目になった私は戸惑うばかりだった。


   ○


 葉桜しょうの《固有世界》に入ったのを確認する。

 俺はロードワークを続ける《彼》を黙って見過ごした。彼自身に会って話を聞きたいわけでは無いからだ。

 さっきまでと場所は同じだが、そこにお嬢ちゃんの姿がなかった。彼を探して俺やお嬢ちゃんがここに来てるとは思ってもいないということだろう。

「つまり警戒されてはいないってことだ」

 それを確認して俺は来た道を戻る。心なしか学校までの距離が近い。どうもコイツは学校が好きでしょうがない人種らしい。俺の嫌いなタイプだなと改めて思う。

 校舎内に入るとその傾向はよりハッキリした。コイツは学校を自分の庭と思っている。

 それを確信しつつ教室まで来た俺は部屋の後ろにあるロッカーに気付いた。各自がちょっとしたものをしまっておける小型のものだ。一応、鍵もあるがおもちゃの延長だろう。

「ふむ……」

 ご丁寧にどれが誰のものか名前が書いてある。間違いないという意味では助かるが、セキュリティ的には若干不安を感じる。

 俺は梓紗のお嬢さんのロッカーを試しに開けてみた。

「お……」

 施錠はされておらず、いきなりそれは空いた。しかし何も入っていない。

「妙だな」

 俺は答えを出せないまま、葉桜翔のロッカーを開けてみることにした。

 またも施錠はされておらず、今度は体操着が入っていた。しかしそれは女物で、コイツ自身の持ち物では無い。

「随分と太い神経をしてるな、コイツ」

 これで一つハッキリした。お嬢さんの体操着を盗んだのはコイツだ。

 しかし同時におかしなことに気付く。欲しくて盗んだのなら、なぜここにあるのか。

「……外したか?」

 興味が無いし、どうでもいいからここにあるんだ。罪悪感や不安があれば、家に持ち帰るだろう。

 俺は葉桜翔の席に移動し、そこから今度は梓紗のお嬢さんへの席へと向かう。

 今度はなんだか遠くに感じられる。となるとむしろ逆かもしれない。コイツはお嬢さんのことが嫌いなのだ。

「最初から何かねじれてる感じはしてんだが……どういうことだ?」

 俺はどこかで勘違いしてることを確信した。それがどこからなのか、思考で時を遡る。

 コイツが盗難の犯人なのは間違いない。でも盗難の理由は好意からではない。

 とすると彼女への嫌がらせ? それはなんのためだ?

「だから、なんなのよ、これー!?」

 しかし答えにたどり着く前に俺の思考は大きな声で途切れる。

「お嬢ちゃん?」

 その声の主はお嬢ちゃんだった。しかし明らかにこの場に似つかわしくない。

「翼くん、戻ってきたの? って、ここ学校? どういうこと?」

 そのお嬢ちゃんの言葉から、彼女が俺が潜ったことを知ってることがわかる。葉桜の中の彼女がそんなことを知ってるわけはない。つまり。

「なるほど、お嬢ちゃんも来てしまったというわけか」

 そう考えるしかない。

「なにそれ?」

 だが、それをすぐにお嬢ちゃんが理解出来るわけもない。だから俺は説明してやることにする。

「ここはあの男の世界、葉桜翔の《固有世界》だ。君はどうやら俺と同じ能力――《認識介入リールジャック》――を持っているということらしいな」

「え? 私が?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る