3-1 再会は忘れた後にやってくる 後編

「ここはあの男の世界、葉桜はざくらしょうの《固有世界》だ。君はどうやら俺と同じ能力――《認識介入リールジャック》――を持っているということらしいな」

「え? 私が?」

 正直、つばさくんが何を言い出したのかはわからなかった。

 ハッキリしてるのは、私がさっきまでいた場所とは違った所にいるということだ。

「……ここ教室よね?」

 私が見る限り私の知ってる私の教室だった。

「葉桜翔の世界のアイツの教室だけどな」

「何が違うの?」

「さて。俺はお嬢ちゃんでもアイツでもないからな」

 そう言いながら翼くんは教室の後ろの方へと歩き出した。私はそれについていく。

「とりあえず梓紗のお嬢さんの体操着がどこにあるかはわかったぞ」

「本当?」

 翼くんは私の質問に答える代わりに、とあるロッカーを指さした。そこには葉桜くんの名前が書いてある。

「ここ?」

「開けてみろよ」

 言われてその通りにしようと思ったけど、やはり手が止まる。

「人のロッカーを開けるのはちょっと」

「じゃあ、はい」

 翼くんは何の躊躇ためらいもなく葉桜くんのロッカーを開ける。中には確かに女子の体操着が入っていた。藍ちゃんの物かはわからないけど、葉桜くんのではないのは間違いない。

「つまり葉桜くんがあいちゃんのストーカーってこと?」

 これで事件解決なのかと思ったけど、翼くんは渋い顔をする。

「それがなあ」

 何か言いづらいことがあるのか翼くんは頭をかいて言葉を濁す。

「なに? これが藍ちゃんの体操着で、葉桜くんのロッカーに入ってたってことはそういうことじゃないの?」

 そもそもそうだと思ったからこうして彼の世界に潜り込んで調べてるはず。

「ストーカーなら体操着は家に持ち帰って大切に保管してるんと思うんだよな」

「確かに、そうよね」

「逆に言えば、欲しくはなかったということだな」

「どういうこと?」

「『盗まれた』という事実が欲しかったということかな」

「でも、そのことで教室で騒動が起きた時、葉桜くんはいさめる方向で動いてたけど」

 何か別の狙いがあったのなら騒ぎを大きくするものじゃないかなと私は思う。

「その辺、詳しく聞かせてくれ」

 でも翼くんは私とは別のことを考えていたらしい。

「えっと、藍ちゃんが盗まれてるのに気付いて、それで皆に話をしてたら、気のせいじゃないかって空気になって……」

 私はその時のことをなるべく詳細に思い出そうとする。

霞ヶ関かすみがせきさんが藍ちゃんを責めるみたいなことを言ったので、私はそれが気に入らなくて反論しようとしたら」

「葉桜翔がそれを止めたと」

「うん」

「お嬢ちゃんはその時、彼のことをどう思った?」

「え? いや、いい人だなって……」

 でも彼が盗んでいたのだとしたら、これは所謂いわゆる、自作自演というヤツなのだ。そんなことをしてなんの意味があるのか私にはピンとこないけど。

「そういうことか」

 でも翼くんは違っていたようだ。

「俺たちはずっと誤解してたんだ!」

 翼くんが真剣な顔をして私の方を見て語気を強めてそう言った。

「確かに誤解はしてたけど、葉桜くんのことをいい人とか」

 彼はそう思わせるために藍ちゃんの体操着を盗むようなヤツだったのだ。騙されてた自分に腹が立つと思ったのだけど。

「そうじゃない」

「え?」

 私を見る翼くんは少し怖いくらいだった。誰に対する怒りなのか今までの彼とはまるで別人のような表情を浮かべていた。

「ストーカーの狙いは梓紗のお嬢さんじゃなかったんだよ」

「じゃあ、誰?」

 翼くんはそれには答えず、私の左手を握ったかと思うとそのまま走り出した。

「急いで公園に戻るぞ!」

「え? ちょっと、どういうこと?」

 じっとしてると腕が抜けそうだったので私はわからないまま彼に引っ張られて教室を出る。廊下には少なからず生徒たちがいた。しかしその顔はのっぺらぼうのようだった。

「みんな顔がないけど……」

 葉桜翔という男の子にとっては他の学生は「誰かその辺のヤツ」というくらいの認識しか無いのだろう。そう思うと彼という人間のことを本当に誤解してたと感じる。

 しかし私がゾッとしたのはその後だった。

 顔の無い生徒たちの顔が変化を始めた。だけじゃなく、男子の制服を着てた学生たちも女子へと変わっていく。

「さっきの話だけど、もしかして藍ちゃんじゃなくて……」

 目に入る全ての学生たちが、とある特定の人物に変わったのがわかった。その特定の人物が誰かは一目で判別出来た。なぜならそれは私がよく知ってる人間だったから。

 三倉みくら咲夜さくや。私だったからだ。

「残念ながら、正解だ」

 階段までたどり着いた翼くんが私を引っ張った。

「ちょっと!」

 それでビックリしてる間に、私は翼くんに抱きかかえられていた。いわゆるお姫様だっこというヤツだ。

「我慢しろ、思ってるよりヤバいことになってる」

 翼くんは私を抱えたまま、飛ぶように階段を下りていく。

「ひゃっ!」

 あっという間に一階まで下りたって、そのままの勢いで昇降口から外に出る。

「……参ったね」

 そんな翼くんの足が止まる。

 外にはこの時間には似つかわしくないほどの大勢の生徒たちがいた。しかもそれが全部、私だった。それがどんどんと数が増えていくみたいだった。

「何が起きてるの?」

「さあねえ。わかってるのは葉桜翔の頭の中がお嬢ちゃんのことでいっぱいになりつつあるということかな」

 翼くんは私を地面に下ろす。

「なんで、そんなことに?」

「魂の抜けたみたいなお嬢ちゃんが転がってるのを見つけたんじゃないのか?」

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