2-9 再会は忘れた後にやってくる 前編

 その日は葉桜はざくらくんの質問のことをずっと考えているうちに放課後になってしまった。

「信じられるかって言われても、最初から痴漢ちかんだったし……」

 正直、何を信じられるかという話だ。

 根拠らしい根拠と言ったらネットでの噂くらい。

「それも忘却社ぼうきゃくしゃに助けられたって話だし……」

 つばさくんは自分を社長代行と言った。噂は翼くんのことじゃなく、社長とか別の人の話かもしれないし。

「その割にはなんか信じられると思ってるんだよね……」

 自分でも不思議なのだけど、信じたいのに信じさせてくれないことに怒ってるみたいなのだ。それがどこから来る感情なのか自分でもよくわからない。

 彼のことを現代のヒーローと思っていて、それで実際とのギャップのせいなのか。

「あの人、ヒーローって感じじゃないよね……弱っちいし」

 などと思っていたら急に話しかけられた。

「ここにいたのか、お嬢ちゃん」

「わあ!」

 なのでビックリもする。しかも噂をすればなんとやら。翼くん、当人の登場だ。

「ん? 今、話しかけたらまずかったか?」

「別に……っていうか、なんの用?」

「せっついていたヤツにそんなこと言われると凹むね」

「ってことは犯人がわかったってこと?」

「確定じゃないが」

「誰? 私の知ってる人?」

 それで少しは期待した私だったけど。

「葉桜しょう

 やっぱり自分がバカだったかもと考え直す。

「……あのねえ」

「別に私怨しえんで言ってるわけじゃない。外堀を埋めていった結果だ」

「例の超能力で確かめたの?」

「本人のことはまだ。ただ、しっかりチェックするとなると不測の事態が起きかねないんでね」

「それで?」

「帰ったアイツを追いかけて調べるから、一緒に来てくれ」

「……無駄足にならないといいけど」

 本当、よりにもよって葉桜くんとか何を言い出したんだろうと私は改めて思う。でも、ちゃんと調べたら白黒つくのだし。

「それに私がコイツと一緒にいれば藍ちゃんは無事なわけだし」

 このみさき翼なる人物が怪しいとしても、あいちゃんと二人で行動させるよりはマシだ。

「何か言ったか?」

 だから私は翼くんの質問には答えず、行動を開始した。

「さっさと行きましょ!」


   ○


 色々、納得がいかない。その思いが顔に出てしまっていたらしい。

「私のボディガードなんて楽しくないですよね」

 梓紗あずさ藍様が移動中の車内、隣に座っている私に話しかけてきた。

「いえ、そのようなことは……」

盾無たてなしさんは本当は咲夜さんのボディガードですもんね」

 だから自分の護衛などやってられないだろうということなのか。

「今は梓紗様を守るのが仕事ですし、それが不満ということは決してありません」

「なら、いいんですけど」

 梓紗様は本当にそれを心配していたらしく私の言葉にホッとした様子を見せた。

 それで車内は静かになった。私から梓紗様に話すようなことはないのだから当然、そうなる。

「盾無さんはその、今回の件、どう思ってらっしゃるんですか?」

 少ししてまた梓紗様が話しかけてきた。

「奇妙だなと感じてます。盗難以降、何も動きが感じられないのです」

 梓紗様の気のせいでないのも確か。なのに私が護衛を任されてからはストーカーの影がどこにも感じられない。まるで私が護衛についたのを知って避けているかのように。

「やはりいないんでしょうか、ストーカーなんて」

「いえ、いたはずです。でも私が護衛をすることが決まったのをどうやってか知って、それ以降、動きを見せてないみたいなんです」

 そう解釈するしかない。最大の疑問は私が護衛することをどうやって知ったのかということだ。梓紗様に怪しいヤツが近づけば私は気がついたはず。なのに、先に向こうが気付いて私の方を避けているかのような動き。

「護衛が決まってすぐに犯人はそれを知り得る場所にいたということですか?」

「それもちょっと考えられないんです」

 もし犯人がいたとしたら、お嬢様から電話があって、護衛を始めるまでの間にそれを知って私に気付かれずに撤退したということになる。

「盗聴という線は?」

「ないですね。お嬢様の携帯はもちろん、梓紗様にも仕掛けられてません」

 だから納得がいかないのだ。相手は私より上手のプロなのだろうか。しかしそれならなぜ体操着を盗むなんて露骨なことをしたのか。

「翼さんがきっと解決してくれますよ」

 梓紗様がさらに納得しかねることを言い出した。

「……そうでしょうか」

「忘却社は依頼者の悩みを必ず三日以内で解決してくださるそうですから」

「だとしたら、今日にでも解決することになりますね」

 しかし私にはとてもそうとは思えなかった。理由は噂は信じないとかそんなことではない。私にはあの『岬翼』という男を疑っているからだ。

「盾無さんはもしかして以前にも翼さんにお会いしたことがあるですか?」

 梓紗様の言葉に私は正直驚いた。それこそ顔に出してなかったはずだ。

「会ったことがあるような、ないような」

 なので取り繕うのは止めて正直に話すことにした。それでもどうしてもぼんやりした言い方になってしまうのだけど。

「どういうことですか?」

「知ってる人間のはずなんですが、まるで中身が違うんです」

 これも私が納得いかない理由の一つだった。

「だったら別人なのでは?」

「そうかもしれません」

 そしてそうであったら欲しいと思う自分もいる。ずっと探していた人間だが、同時に会いたいと思っていたわけでもないからだ。

「それで、その、よろしければでいいんですが、その翼さんのようなその人はどういう方なのか聞かせていただけませんか?」

 梓紗様は私の知るその人物が私にとって微妙な存在だと気付いてるみたいだった。それでも聞いて来たのは、岬翼という人物の興味の方が勝ったということだろう。

「そうですね……一言で言えば、快楽殺人者シリアルキラーでした」

 なので、私は少し考えてからそう答えた。そうとしか言いがたい人物だったからだ。

 それで梓紗様の動きが止まるのが見えた。しかしそれが急に笑顔に変わる。

「盾無さんも冗談とか言うんですね」

 どうも本気の発言だとは思ってもらえなかったようだ。だからって私はムキになって訂正はしなかった。

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