2-8 再会は忘れた後にやってくる 前編
「そんな
俺が小さく笑うと、葉桜は大きく口をつり上げて笑った。それが合図だったのだろう。左拳が飛んで来た。
いわゆるジャブ。人間の反射神経では避けられないと言われている速さに特化した拳による攻撃。コイツの流儀はボクシングかと思った時には食らっていた。
「……やるねえ」
反撃しようかと思ったら、
どうしたものかと思ったところにお嬢ちゃんたちがやってきた。
「
「なにしてんのよ、こんなところで」
そしてどうもお嬢ちゃんからすると俺が悪いということらしい。さすがに呼び出された上、一方的に殴られている情況でもそれではモチベーションも下がろうというものだ。
「下がっててくれないか、二人とも」
しかも葉桜のヤツは急に紳士ぶり始める。ああ本当、女にモテそうなヤツだ。
「翼さんが何かされたんですか?」
依頼人のお嬢さん、
「男同士のプライドを賭けた決闘の最中なんですよ」
葉桜の言葉にいつからそんなことになったんだと思う。しかし反論は許されなかった。口を開く前にまたジャブが飛んでくる。
よく訓練されたジャブだった。速いのもそうだが動き出しが見えない。速さ重視で腰が入ってないので痛くはないがストレスは貯まる。
「殴り返してきてもいいんだよ。まあ、出来ればの話だけどな」
などと葉桜が言い出したので。
「じゃあお言葉に甘えて――シッ!」
俺は右拳で彼の顔面を狙う。
「ぬっ!」
しかしそれはすんでのところで届かなかった。寸止めじゃない。俺は当てる気だった。だが葉桜はギリギリ当たらない距離に下がっていたのだ。
ジャブだけじゃなく、目もかなりいいらしい。
「……やるじゃないか」
「褒めても手加減はしないよ」
そこからは一方的だった。
ジャブで距離を測ってからのストレートとヒットアンドウェイ。実に王道なボクシングで俺はボコボコ殴られたってわけだ。
「明日からは行動を
梓紗のお嬢さんが止めたので、葉桜は俺へのありがたいアドバイスを残して去って行った。もっとも俺にはやるべきことがあるのでそれは聞けない話だったのだが。
「いちち……」
「あ、すいません。染みましたか?」
梓紗のお嬢さんは俺の怪我に責任を感じたのか保健室まで同行して俺の治療をしてくれていた。
「いや、そんなには」
「藍ちゃんがそこまでしてあげる必要ないんじゃ無い? 騒ぎ起こすなって言ったのにまったく何やってんのよ」
そしてそんな俺を
「俺も同感だね」
犯人を探して真相を突き止めてなければいけないというのに、高校生に絡まれて一方的に殴られてる場合では無い。
「葉桜くんは、空手部の三年の人も倒したことあるのよ? その人は全国大会の常連だったのに、一方的だったって話だし」
つまり俺なんかが戦っていい相手じゃ無かったとでも言いたいんだろう。
「そういうのは先に言ってもらわないと」
皮肉を言ってみたが、聞いていたところで結果が変わったとは俺も思ってない。
「で、午後の収穫はあったの?」
お嬢ちゃんもこの話を引っ張ってもしょうがないと思ったのだろう。本題に入った。
「ああ……これと言ったのはないかな」
何かお嬢ちゃんが喜ぶ話をしたいところなのだが、何も無かったのだから仕方ない。
「少しは犯人を絞れたの?」
「それもどうかな。まあ、露骨に怪しいヤツなら見つけたけど」
「誰?」
お嬢ちゃんが少しは期待したのか前のめりに尋ねてきた。
「葉桜翔」
しかしその答えに大きくため息をつかれた。
「やっぱり頼りにならないのね、あんた」
お嬢ちゃんの中での俺の株が下がり放しなのは、調べるまでも明らかだった。株式相場なら昼の時点でストップ安になってたはずだが、あいにくそんなシステムはお嬢ちゃんの心にはなさそうだ。
○
「三倉、ちょっといいかな」
次の日、朝から葉桜くんに話しかけられた。
話の心当たりはある。翼くんのことだろう。
「あの男のことなんだけど何者なんだ?」
「藍ちゃんの体操着の件で調査を頼んでる探偵……みたいな人」
「梓紗の体操着の件は、本当に盗難だったのか?」
でも葉桜くんはそっちに食いついた。大して翼くんのことは興味なかったらしい。
「あの後、電話で確認して、先生にも言ったんだけどね」
「学校の名誉のために認めなかったって?」
葉桜くんは私の返事をまたず苛立ち始めた。少しやり過ぎなところもあるけど、基本的には正義感が強いんだろう。
「それで藍ちゃんが探してきたのがあの人ってわけ」
「なるほどね」
葉桜さんはまだ不機嫌そうな顔をしていた。それが先生や学校側への怒りなのか、翼くんに対するものなのかは私にはわからなかった。ただしばらくムッとした様子で何かを考えていた。
「で、あの男は……信用にたる相手なのか?」
その結果出て来た質問は、私にはけっこう答えづらいものだった。
葉桜くんに言われるまでもなく、最初からうさんくさい男だったし。
「私はともかく、藍ちゃんは信じてるみたい」
それを言うのが私には精一杯だった。
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