2-7 再会は忘れた後にやってくる 前編

「怪しいヤツが何人かいるなら全員に忘却させてしまえばいいじゃない。それであいちゃんはもう心配しなくて済むんでしょ?」

 だがお嬢ちゃんからすれば少しでも早く解決して欲しいということらしい。俺からしたらとんでもない提案をし始めた。

「それが彼女や君のクラスメイトでもか?」

 俺はそれで少し感情的になってしまったかもしれない。お嬢ちゃんは目を見開くだけで何も言い返さなかった。

「俺の『超能力』は、標的となった相手に特定の人間を完全に忘れさせ、存在をその後、一切認識できなくなるものだ」

「……うん」

「一切認識出来なくなるんだ。クラスメイトで毎日会ってるはずのなのに、そいつの中からお嬢さんの存在が無いままになるんだ。それでもいいって言うのか?」

 俺が話してることの意味がわかったわけではないだろうが、その剣幕に何かまずいことをいったことだけは伝わったようだ。

「ごめんなさい。言い過ぎたみたい」

 お嬢ちゃんは素直に俺に謝った。だから俺も少し落ち着いて話を続ける。

「俺は他人の世界に入り込めるんだ」

「そういう超能力ってこと?」

「忘却社では、その他人の世界を《固有世界セルフリアリティ》と呼んでいる。《固有世界》はそいつが認識してる世界であり、俺たちが共有してる世界とは違う箇所もある」

「自分の都合いいように思い込んでるということ?」

「そういうこともあるだろうな。あのお嬢さんのストーカーがいるとして、そいつの世界に入れば、そうだな、彼女の家までの距離が妙に近かったりとか明らかに現実と齟齬そごが生まれるのさ」

「つまり入るだけでわかるってこと?」

「だけじゃ、わからないかもしれないけどな。下手な尋問じんもんよりは確実に、そして相手にそれと気付かれずに調べることが出来る。実際、午前中は先生たちのことを調べてたのさ」

「なんで先生を? うたがってるの?」

「盗難を事件にしたがらなかったというのもあるが、大人の方が調べやすいんだ」

「どういうこと?」

「子供の世界は不安定で、ちょっとしたことでガラッと変わったりするからな。とりあえず入って調べるというのは俺も危険だし、入られたヤツも危険なのさ」

「つまり?」

「もう少し時間がかかる。それにもっと詳しいことをあっちのお嬢さんから聞いた方がいいかもしれないしな」

 俺の言葉にお嬢ちゃんはまた疑いの視線を投げてきた。

「それって調査は口実で藍ちゃんと仲良くなりたいだけじゃないの?」

「まさか! そんなつもりで依頼人と接したことは一度も無いさ」

 そしてその理由があまりに予想外のものだったので俺は笑ってしまい、それでまたお嬢ちゃんににらまれるハメになってしまった。

「本当でしょうね?」


   ○


 どうにも俺ってヤツは人に嫌われやすい人間らしい。まあ自覚はあるし、自業自得と言われたら、心当たりには事欠かないわけだが。最近はともかく、行いのいい少年時代を過ごしたとはさすがに言えないしな。

「あんた、見ない顔だな」

 それにしたって話したことも無い男子に廊下を歩いていただけで、いきなり因縁をふっかけられると驚く。

「私のことでしょうか?」

 騒ぎを起こすなと釘を刺されてるので謙った態度で尋ねる。それから俺はその男子の顔を見た。

 お嬢ちゃんのクラスメイトの一人だ。名前は確か、葉桜はざくらしょう。なんだか気障ったらしい名前だが、みさきつばさなんて名乗ってる男が指摘することでもないだろう。

 何か格闘技をしているらしく全体的に少し筋肉質だ。一方、脂肪はかなり絞っているようだ。体重別の競技、ボクサーか何かだろうか。いわゆる細マッチョ、顔の作りも悪くないし、いかにも女にモテそうだ。

三倉みくらのところの新人か?」

「そのようなものです」

 それでやり過ごそうとした時、葉桜の左拳が俺の眼前に突きつけられていた。

「おっと……」

 寸止めというヤツだ。最初から当てる気はなかったのだろうがあまり行儀のいい態度では無いと言って良いだろう。

「ちょっと来い」

 それで周りの注目を集めたのを気にしたのか葉桜はそう言って階段の方へと歩き始めた。正直、無視したい気分だが、ここはついていかないといけないのだろう。

「あんまり時間かかるようだと困るんですが」

「すぐ終わるさ。あんたの態度次第だけどな」

「はあ」


 すぐと言っていたが、移動だけでけっこうな時間がかかった。

 葉桜は校内で目立つ存在のようで、誰の視線もないところとなると真面目な学生たちが来ない屋上くらいしかない。

「で、三倉のボディガードが校内をうろうろして何をしてるんだ?」

 最初から敵意をにじませていたが、誰もいないところだとそれももっと露骨だった。葉桜という男は俺のことをハッキリ目障りと感じているようだ。

「申し訳ないですが仕事上の秘密というヤツでして」

「俺の質問には素直に答えた方がいいぜ。聞いて触れ回るほど噂好きでもないしな」

 葉桜は拳を握って俺に見せた。脅しのつもりらしい。となれば、俺もいつまでも謙っていられるほど人は出来てない。

「依頼されてやってることなんでね。止めるわけにはいかないし、説明するわけにもいかない。お坊ちゃんは聞いたことも無いかもしれないが、守秘義務ってのがあって――」

 俺の言葉が終わるかどうかのタイミングで突きつけられていた左拳が下がり、代わりに右拳が飛んで来た。

 今度は止まらずそのまま俺の腹部に突き刺さる。

「ぐっ!」

 本気ではなかったようで大した痛みはないが気分はよくない。

「俺は質問してるんだ。答えろよ!」

「それは守秘義務の説明が必要という意味ですかね」

 俺は笑うと背筋を伸ばし、葉桜を見下ろした。高校生にしては良い体格だが、身長は俺の方が十センチは高い。

 それが気に入らなかったらしく、葉桜は俺を睨んできた。怒りの表情の奥で、右肩が後ろに引かれるのが見えた。

「く!」

 そこから想像通り、また右拳が飛んで来た。今度は顔だ。なかなか容赦のない。衝撃が左頬から伝わる。

「とりあえず暴力ってのは止めませんか」

 でも俺は笑ってそう言い返す。

「じゃあ決闘ってことにするか? なんなら怪我しても訴えないって念書でも書くか?」

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