2-6 再会は忘れた後にやってくる 前編
次の日、俺は朝からお嬢ちゃんたちの学校にいた。しかも慣れない服を着て、だ。
黒い、いかにもフォーマルな感じのスーツ。色は普段と変わらないがどうにもしゃちほこばった感じで落ち着かない。
「なんかお揃いみたいの、どうなのかな、これ」
俺が着替えるのを待っていたのは、似たような服を着た少女だった。名前は
ちなみにこの服は三倉家の執事やらシークレットサービスやらが着る制服らしい。
「私は
ハッキリとイヤだと返された。こういう時は本当はそう思っていても言ったりしないものだと思うんだが、この娘はそうではないようだ。
「……そうですか」
ちょっと
「何か顔についてる?」
「いえ」
「ネクタイでも曲がってる?」
「いえ」
「……もしかして俺たち、どこかで会ったことがある?」
「少なくともそちらは私に会ったことないはずですが」
「そ、そう」
よくわからないがどうも嫌われているらしい。ボディガードの仕事をしてるから、俺みたいな部外者が面白くないのだろう。
「盾無さんの部下ってことで学校側に話を通してるんだから文句言わない!」
そこに三倉咲夜っていうお嬢ちゃんがやってきた。
「……はい、すみませんでした」
お嬢ちゃんが会話をちゃんと聞いてたとは思えないが、文句を言っていたと指摘された以上はここは謝っておくしかない。
「藍ちゃんのためだからちゃんと調査はして欲しいけど、騒ぎは起こさないでよ!」
「……はい」
お嬢ちゃんは俺に釘を刺して、一度疑いの視線を投げてから去って行く。
「それで岬翼さんは何をするつもりなのですか?」
そして隣の怖い女が今度は俺を追及する順番になったらしい。
「まだ何も起こってないですからねえ」
なので俺はそう言って苦笑するしか出来なかった。
今、わかってるのはどうも話がどこかでねじれてるっぽいくらいのことだったからだ。
そんなわけで俺は端からは寝てるだけで何もしないまま、昼休みを迎えた。
「翼くん? なんでこんなところで寝てるわけ?」
そしてお嬢ちゃんはそんな俺のことを見逃してはくれない。屋上で寝転んで雲を見ていた俺をどうやってか見つけて、責めに来たようだ。
「とりあえず床に寝ている男に近づくとパンツを見られるから気をつけた方がいいな」
俺は見えてしまう前に立ち上がったのだが、お嬢ちゃんはそうは思ってくれなかった。
「やっぱり……」
「
俺の言葉にお嬢ちゃんは露骨にため息をつく。嫌われたもんだ。まあ、依頼人じゃないからそれでも特に気にはならないが。
「で、何か、藍ちゃんの件でわかったことは?」
「特にこれと言って何も」
「なのに寝てるなんて随分、余裕ね」
「何もしてなかったわけじゃないんだが」
とは言え、何をしてたか説明したところでわかってもらえそうにないからしない。
「仕事なら結果で示して欲しいわね」
それにまあ、お嬢ちゃんの言い分こそ正論だ。報酬はもらわないと言っても、仕事は仕事。確かに結果を出してこそだ。
「犯人が確定したら、ちゃんと二度と絡まれないようにするさ」
「だといいんだけどね」
そしてお嬢ちゃんは俺のことをどこまでも信じられないようだ。まあ、何も成果を見せていないのだから無理もないが。
「俺の仕事は犯人から被害者の記憶を消すことだ」
「なにそれ? 超能力でも使えるとでも?」
「超能力と言えば、超能力かな」
俺は大まじめに答えたつもりだったが、お嬢ちゃんはやっぱり信じられないという顔をしている。
「超能力なんて実在するわけ無いって顔だな」
「そう思うのが普通でしょ」
「じゃあ忘却社のあったビルのことはどう説明する? あれだって常識で考えたらありえないだろ? でもお嬢ちゃんは信じてやって来た」
「それは……藍ちゃんが信じてたからで」
「俺にはあっちのお嬢さんより、君の方が『そういうこと』を信じたがってるように見えるけどな」
「そんなこと……」
お嬢ちゃんは何か言いよどんでいた。どうも図星だったらしい。
「とにかく俺には人の記憶から特定の人物を消すことが出来るんだよ」
「それは本当として何か問題でもあるの?」
「消すのは簡単だが、消した物を戻すことはできない。だから少し、慎重にならんといけないんだ」
「ふーん」
お嬢ちゃんはあまり興味ないという顔をした。仕方ないので興味のありそうな言い方に変えることにする。
「俺は、あっちのお嬢さんの話も言ってる通りじゃないかもと思ってるんだ」
「藍ちゃんが嘘ついてるって言うの?」
予想通りというかお嬢ちゃんはムッとした顔でこっちを睨み始めた。
「そう思い込んでいるだけかもしれない――と言ってるんだよ」
「思い込み?」
「例えば、ケンカしたばかりのカップルの話だ。互いのことをもう会いたくないと思っているだろう。それを真に受けて、お互いの心から消してしまっていいのかって話だ」
「それは、ダメでしょ」
「そうだな。でも二人はその瞬間は本気でそう思ってる。二人に話を聞けば、消して欲しいと言うだろう」
「でも藍ちゃんがどれだけ不安を感じたかとか聞いたでしょ? しかも体操服も盗まれたのよ? それでも藍ちゃんが狙われてないってわけ?」
「そう見えるからって、それが『事実』とは限らないと言ってるんだよ」
俺の言葉にお嬢ちゃんはやはり納得行かないという顔をしている。この場合、友達想いの結果なので叱るわけにもいかないが。
「遠からず、体操服を盗んだヤツは見つける。でもな、そいつにあのお嬢さんのことを忘却させれば解決するのか。そこを見極めないといけないんだ」
「それまでは藍ちゃんに我慢しろっていうの?」
「少なくとも本人はその覚悟で俺に頼んでると理解してるけどな」
実際、あっちのお嬢さんはこうして催促しては来ないのだから、俺が都合良くそう考えてるというわけでもないだろう。
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