2-5 再会は忘れた後にやってくる 前編
「では
それでもここにはどうもこの娘しかいないので、そう聞くしか無い。
「ボーキャクシャノカタなんて人はいないよ」
「そうですか」
しかしどうも話が
「おや、お客さんか」
そこに突然、男の声が響いた。いつの間にか誰か来ていたのが、その声でわかる。私は驚いて振り返りながら、あまり考えること無く挨拶をした。
「ちょっとお邪魔してます」
会釈をして上げた視界に入った男には見覚えがあった。
かなりの背の高い、猫背の男。黒いファッションに身を包んだ、あの男だ。
「き、昨日の
私は思わずそう叫んでいた。まさかこんなところで再会するとは思っていなかったので、それ以上は反応出来なかった。でも盾無さんは踊るように男に飛びかかっていた。
「へ!?」
男は自分の顔に盾無さんの影が落ちたところで、少し間抜けな驚きの声を上げた。
○
「昨日の件は……はい、すみませんでした。完全にこっちが悪いです」
一分後には男は
「一応、言い訳をさせてもらうと覗きが目的ではなくて、俺、探偵をしてまして仕事で猫探しを頼まれて、それを探してた結果、ああなってしまっただけで……」
どころか聞かないことまで自分で言い出していた。
「とりあえず悪い人では無いみたいですし、縄を解いてあげた方がいいのでは」
ちなみにミリと名乗ったあの娘はそんな私たちの様子を楽しそうにニコニコしながら見ている。この男とは知り合いじゃないんだろうかと不安になる態度だ。
「あの家は広くて、よく猫が迷い込むんだよ。探させてくれと言っても警備の人は通してくれないしね」
「だからって不法侵入が許されるとでも?」
私はその男の言い分が気に入らず、なんだか凄んでしまった。
「それはそうなんだけどさ。ネコが帰って来ないのを心配している人がいることだし……というか君たちは何か用があってここに来たんじゃないのか?」
話を逸らされたという気もしたけど、確かにその通りだった。
「一応、確認するけど、あなたが忘却社の人ってことでいいの?」
「俺は忘却社の社長代行だよ」
その男が微妙な役職の人だと判明した。
「じゃあ社長さんはどこにいるの?」
「社長は、いない。だから現状では俺が一番上ってことかな。まあ、一番下も俺だが」
「……大丈夫かな、この人で」
正直、とても不安だ。藍ちゃんの危機をどうにかしてくれる人とは思えない。
「そういえば、お名前は?」
しかし当の藍ちゃんはこの男を信用することに決めたみたいだった。男を縛る縄を解きながら今更という感じのことを
男はその質問に少し間を開けて、それから本棚の方を見ながら答えた。
「
「では、翼さんでいいですか」
「まあ、いいだろう」
藍ちゃんは当たり前のことのように受け止めたみたいだけど、明らかにうさんくさいものを私は感じた。
「明らかに
だから私はそれをハッキリと指摘する。
「君たちは
でも今までこちらの言うとおりに答えていた男とは思えない言葉が返ってきた。表情もいつのまにか不敵に見える。
「それで依頼人はこちらのお嬢さんって言うことでいいのかな?」
岬翼と名乗った男は自分の拘束が解かれたのを確認するとシャキッと立ち上がって、藍ちゃんの方を見た。
「はい。もしかしたらただの気のせいかもしれないんですが……」
藍ちゃんはそれから自分がストーキングされているんじゃないかという話を始める。それはかなり詳細で、私も聞いていなかったような具体的な不安に感じた瞬間の話題も多かった。それを岬翼は黙って聞いていた。
「それで今日、こちらの噂を思い出してやってきたんです」
「なるほど」
岬翼は理解したということを口にしながらも、少し何かが引っかかるみたいだった。
「真相は調べてみないとわからないが、君の不安の原因は解消してやるよ」
でも改めて藍ちゃん向きなおると、そう言って小さく頭を下げた。
「信じてくれるんですか?」
「ここに来たってことは、少なくとも困ってるって言うのは本当だろうからな」
藍ちゃんはそんな彼のことを信じたみたいだけど、私はやっぱり疑わしいと感じたままだった。
「なにそれ?」
だから不満が口から出てしまう。
「世の中はそういう風に出来てるんだ。第一、困ってないんだったらわざわざ探してまでここに来たりはしない。そうじゃないのか?」
でも岬翼はひるむこと無く、逆に尋ね返してきた。
正論に納得するしか無いけど、この男に言われるとなんか面白くない。
「それで報酬というか、依頼料みたいのはどれくらいお支払いすればいいんですか?」
私が答えずにいる間に藍ちゃんが別の質問を始める。
「報酬はもらってない。金のためにやっているわけじゃないからな」
「だとしても実費くらいはお支払いした方がいいかと思うんですが」
「まあ、解決した後、まだ払いたいっていうなら払ってくれてもいいけどな」
そんな岬翼の言い分が私は鼻につくのを感じた。
「じゃあ何が目的で忘却社なんてものをやってるの?」
私は少し睨むように彼を見た。都合が良すぎて逆に裏があるんじゃないかと感じていたのかもしれない。
「この仕事をしていると大事な人にまた会える気がしてるから、かな」
岬翼は私の視線を真っ向から受けて、そう答えた。
「大事な人?」
だから少し信じてもいいなんて思ったんだけど。
「まあ、それが誰かは忘れちゃったんだけどな」
次の言葉で私はやっぱりダメかもしれないと思い直した。
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