2-4 再会は忘れた後にやってくる 前編

「そういえばあんまり考えてこなかったんですけど、私に付き止まってる人ってどんな人ですかね?」

 言われて私は昨日のことを思い出した。

 私の部屋のベランダにいたあの男のことだ。背が高くて黒い服に身を包んだ不審者。

「体操着の件もあるし、気持ち悪い男じゃないかな。背が高いのに猫背で」

「やっぱり男の人ですよね」

 あいちゃんは口では肯定しながらも、やっぱり納得行かないという顔をしていた。

「ところでお嬢様?」

 そこに盾無たてなしさんの声が飛んできた。

「な、なに?」

「ここが十二階のはずなんですが」

 いつまにかそこまで上っていたのかという驚きもあったが、それ以上に目の前の光景への驚きの方が大きかった。

「この上、屋上って感じじゃ無いけど」

 盾無さんが階数を間違えたとは思えなかった。そういうところはしっかりしてるし、自分で自信の無いことを言ったりしない人のはず。

「ということは、このビルが……」

 だからだろう、藍ちゃんはその意味を理解したみたいだった。

 このビルは十二階建てだったけど、十三階がある。

「藍ちゃんの助けてって気持ちが通じたんだ」

 私はここまでの疲れなど吹き飛ぶのを感じた。そして湧き上がってくる元気で階段を駆け上がる。

 十二階の上の階。階段はさらに上に続いていて、どうやら屋上へと繋がってるのがわかる。つまりはここは十三階なのだ。

「ここでしょうか?」

 十三階を確認するように歩き出した藍ちゃんが何かを指さした。

「かなあ」

 近づいて見ると看板だった。

 確かに「忘却社ぼうきゃくしゃ」と書いてある。しかしその看板がかかっている場所はちょっと私の想像とは違っていた。

 通路側に大きめなガラス窓があり中が見えるようになっている。一応、電灯はついているのだが少し薄暗い。

 そしてガラス窓には赤、青、白のカッティングシートで模様と文字が描かれている。文字は「火村ひむら理髪りはつ店」と読める。

「……ここ床屋さんじゃない?」

 直球で理髪店と書いてあるし、ガラス窓の向こうに見える独特なリクライニングシートや洗面台、鏡などどう考えてもそれ以外考えられない。赤、青、白のラインも、床屋さんの色だ。確か動脈、静脈、包帯を意味してるとか……あれ、でもだとするとお医者さんのデザインだよね?

「でも看板も出てますし、やはりここではないかと思いますが」

 藍ちゃんは私とは違って、ここがそうだと確信してるみたいだった。

「そうなのかなあ。盾無さんはどう思います?」

 私は振り返って盾無さんに尋ねる。

「私が確かめてみましょう」

 盾無さんは少し怒ってるように見えた。ピリピリしてるというのか、攻撃的なオーラを漂わせていた。警戒しているだけかもしれないけど。

「何か気になることでも?」

「火村という名前、ちょっと引っかかります。ただの偶然かもしれませんが」

 盾無さんはそれだけ言うとマットの敷いてあるドアの前まで移動して、一度大きく息を吸い込んで、それからドアを開けた。

 ドアは音もなく開く。盾無さんが中に入るけど、来客を知らせる音も鳴らない。

「誰もいないの?」

「どうでしょうか? とりあえず来客を歓迎するべく待ち受けてる感じでは無いですが」

 しかし盾無さんはまだ警戒してる様子だった。

「ヒーローはお留守かしら?」

 私はそんな盾無さんの後ろをゆっくりと追う。

 外観からもそうだとわかった通り、中もやはり床屋さんだった。

 四組ある椅子と鏡と洗面台のセット。その後ろには順番を待つ人が座るらしい横に長い椅子。その奥には漫画雑誌や漫画の単行本が入ってる大きな本棚がある。

 雑然とした空間だが綺麗に掃除はされておりホコリがたまってるみたいなことはない。今はいなくても誰かが定期的にここに来ているのがわかる。

「雑誌はともかく、漫画は随分と古いものが多いみたいですね」

 藍ちゃんが本棚を見ていた。なので私も隣に行って本棚を確認する。

 『キャプテン翼』、『北斗の拳』、『キン肉マン』、『キャッツアイ』、『風魔の小次郎』、『コブラ』と言った作品が並んでいた。

「これいつ頃の漫画?」

「正確にはわかりませんが八十年代の作品ではなかったかと」

 ということは三十年以上前の作品ということ。生まれる前どころの話じゃなかった。

「奥に行きます」

 驚いてる私に緊張してるっぽい盾無さんの声が届く。見ると盾無さんは奥の部屋へと続く通路を仕切っている暖簾をくぐっているところだった。

 何をそこまで警戒してるんだろうと私は思い、藍ちゃんを見る。藍ちゃんも同じことを思ってたみたいで私の方を見ていた。

「追いかけようか?」

 なんかちょっと気まずくてそんな提案をしてみる。

「そうですね」

 そそくさと盾無さんの後を追って暖簾のれんをくぐると、彼女はこっちを見て人差し指で唇を押さえるような仕草を見せていた。静かにしろ、ということだろう。

「…………」

 何か見つけたのかと思いながら私は物音を立てないように盾無さんの方へと近づく。

 ここはリビングキッチンかなにかのようで台所と大きめな木の机とそれを囲むように木の椅子が六つ置かれていた。

 椅子の一つを見た時、盾無さんが静かにとジェスチャーしていた意味がわかった。そこには一人の女の子が座って、そして寝ていた。

 まるで人形のような少女。そんな表現がぴったりの女の子だった。寝ていると思ったけど、息をしているのか心配になるくらい静かで動きを感じさせない。もしかしたら本当に人形かもしれない。

「ん……?」

 なんて思ってたら、その娘が目を覚ました。その動きは寝ぼけてるせいなのか、なんだかぎこちない。

「んー?」

 その娘は首から上だけ動かしてゆっくりと左、そして右と確認する。やっぱりなんだか人形みたいだ。

「あの、忘却社の方ですか?」

 そんな彼女に話しかけたのは藍ちゃんだった。私と盾無さんはなんとなく話しかけづらくて黙って様子を見ていたのに、その行動力には驚く。

「ん? 違うよ」

「じゃあここは忘却社さんではないのですか?」

「ここはミリの家だよ」

「ミリというのはあなたのお名前ですか?」

「うん、ミリの名前はミリ」

 そのミリと名乗った娘は歳は私と同じくらいのはずなのに、その言動はかなり幼いように感じられた。藍ちゃんも話してるけど戸惑ってるみたいだ。

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