2-3 再会は忘れた後にやってくる 前編

「……なにそれ?」

「都市伝説みたいなものなんですけど、現代の駆け込み寺というんですかね」

「駆け込み寺……?」

 なんだか妙な話になってきたなという感触があった。

「とにかく、誰かに追われて困ってる人を助けてくれるって噂なんですよ」

「そこに行くってこと?」

「行きたいんですけど、私は場所を知らないので」

「調べればいいってこと?」

 私はそう聞き返しながらも多分違うなと感じていた。

「多分、調べてもわからないんですよね。なにせ、その忘却社は――」

 あいちゃんはなんだか悪戯いたずらをして叱られた女の子ように笑った。

「十二階建てのビルの十三階に事務所を構えてるって話なんですよ」


   ○


 それはつまりありえない場所ってことだ。

 そう思ったのにうわさ辿さえぎって新宿までやってきたのは、その噂に私が少なからず信憑しんぴょう性を感じたから。

 十二階建てのビルの十三階。本当に困ってる人間だけが噂を頼りにそこにたどり着き、助けてもらえる。私は正直、そういう話が大好きだった。

 まるでヒーローだ。あり得ない場所にあるという秘密の事務所というのもなんだか格好いいし、私には逆に説得力があるように感じられたのだ。

「それにこういう気味の悪いことが起こった時は別のこと考えた方がいいでしょ」

 どうせダメ元。ストーカー被害に遭ってるんじゃないかと思ってる藍ちゃんを一人家に帰すよりはずっといい。

「そうですね」

 忘却社ぼうきゃくしゃの噂自体はネットを検索すると意外と多くあった。

 共通してるのは新宿しんじゅくの十二階建てのビルの十三階にあること。

 どんな依頼も三日で解決してくれること。

 自分を追いかける人の記憶を消して、もう心配なくしてもらったこと。

 そして確かに助けてもらったはずなのに、その人たちのことを思い出せないこと。

 それらの断片的な情報に私は正直、ワクワクするのを止められなかった。

「ここも違うみたいだね」

 エレベーターがあるとは言え、それっぽいビルを見かけて上るというのは中々に体力的な負担があった。時間もかかるし正直、疲れる。

 このビルは十二階建てだったが、十三階はただの屋上だった。それなりに高いビルで遠くまで見えるが、雑然としたビルが並ぶあまり景観がいいとは言えない場所だ。

「ですね」

 それでも藍ちゃんはなんだか楽しげだった。

「やはり手当たり次第というわけにはいきませんね」

 盾無たてなしさんはそう言ってノートサイズのタブレット端末を私に見せてきた。

 建物の名前と住所が列記されているテキストデータみたいだった。

「なにこれ?」

「条件に合いそうな十二階建てのビルをリストアップしてみました」

 盾無さんは画面をスワイプしてまだまだあると教えてくれた。十や二十という数ではなかった。新宿となればそのくらいの高さのビルも珍しくないとは思っていたけど、実際に見せられると辛い。

「どうしようか?」

「私が代わりに探せば見つかるなら全部当たってみますが……」

 噂では本当に困ってる人だけがたどり着けるとあった。この場合、きっと私や盾無さんじゃなく、藍ちゃんが探さないといけないんだろう。

「そろそろお腹も空いてきましたし、これで最後にしましょうか」

 藍ちゃんは盾無さんの言葉の意味がわかったらしく、そんな提案をしてきた。自分の危機でもワガママに人を付き合わせたくない。そういう娘なのだ。

「最後はどこに行くの?」

「それはそうですね……咲夜さくやさんに任せます」

「え? 私?」

「気になるビルを指さしてください」

「こういうのは藍ちゃんが決めることじゃないかな」

「ですから、咲夜さんに任せると私が決めたんじゃないですか」

「それは筋が通ってるような、通ってないような……」

 藍ちゃんの言い分に妙な説得力を感じながら私はなんとなくでビルを選び指さす。

「あのビルですか」

 盾無さんがそう言いながら、地図で建物を確認する。

荊木いばらき第三ビルという建物のようですね」

「そのビルって何階建てですか?」

 藍ちゃんが尋ねた。確かに私に任せるとは言ったけど条件に合ってないビルでは話にならない。

「十二階建てだそうです」

 盾無さんはネットで検索して、その答えを確認する。

 案外、なんとなくでもどうにかなるものかもしれない。そんなことを私は思った。


   ○


「エレベーター、故障してるみたい……」

 適当に選んだビルが条件を満たしていた時は運命を感じたけど、最後の最後でハズレを引いたんじゃ無いかと疑うことになった。

 何がハズレって、そのビルじゃないことを確認するために十三階まで階段を上らないといけないからだ。

「そういえば……階段で上らないといけないみたいな噂もありましたね」

 でも藍ちゃんは違う考えのようだ。むしろそのことを喜んでいるみたいな反応。

「え、なにそれ」

 もしそうなら今日回った場所もハズレだったかわからないことになる。

「すみません。噂の一つなので忘れてました」

「いや、ま、いいんだけど」

 否応いやおうなしに私たちはこの十二階建てのビルを階段で上らないといけないことになる。

 ここが本当に忘却社のあるビルなら、これも運命という考えも出来るかもしれない。もしエレベーターが故障してなければ私たちは気付かずに帰ることになったのだから。

「うん、これは当たりかもしれない」

 どうせ最後だしと、私は前向きに考えることにした。

「咲夜さんが選んだビルですし」

「それはあんまり関係ないと思うんだけど」

 でも本当にここに忘却社があるなら、噂のヒーローに出会えるということだ。その人物像についてはほとんど噂もないのだけど。

「どんな人たちなんでしょうね?」

 藍ちゃんも同じことを考えていたらしい。

「まあ、ヒーローと言っていい人たちだし、恰好いい人じゃないかな」

 そう言いながら、私たちは階段を上っていく。

「男の人でしょうか? 女の人でしょうか?」

「え? そうか。女の人って可能性もあるのか」

「でもきっと男の人ですよね」

「だと思うなあ」

 そうでないとなんか違うなとか勝手な想像を私はする。

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