2-2 再会は忘れた後にやってくる 前編

「お嬢様がそうおっしゃるのであれば、それでもいいのですが」

 盾無たてなしさんが何か言いたげな理由はわかる。私を守るのが本業なので、それをおろそかにしたくないということだろう。

「じゃあ、お願い」

 でも私はそれをえてさえぎってそのままねじ込んで通話を切った。

「というわけで、今日からあいちゃんのことは盾無たてなしさんが守ってくれます」

「そこまでしてくれなくてもいいのですが。どうせ気のせいですし」

 藍ちゃんはまだ自分が狙われるわけがないと思ってるみたいだった。

「何かあってからじゃ遅いし、盾無さんなら二、三日で気のせいかどうかハッキリさせてくれるよ」

「だと、いいんですが」

 藍ちゃんはまだ少し困ったという顔をしていたけど、本当に困ったことになるくらいなら私はこのまま強引に盾無さんに守ってもらうことにしようと思ったのだ。

「大丈夫だって、あの人、とても優秀なんだから」


   ○


 大丈夫。そのはずが、放課後にはまたおかしなことになった。

「気のせいかもしれないんですが」

 藍ちゃんの体操着が盗まれたのだ。

「本当に置いたままでしたの?」

 でもクラスメイトたちはそれにはいぶかしげだった。

 今日は体育の授業がなかったし、そもそも持って来てなかったんじゃなかったと考えている人もいるみたいだ。

 無理もない。この学校に通う生徒は良家りょうけのご子息しそくばかり。盗みなど働く理由もないし、そんな事件などあって欲しくないのだ。

「そのはずなんですが」

 その空気に藍ちゃんが押しつぶされそうになるのが私には見過ごせなかった。

「藍ちゃんが盗まれたって言ってるんだから、盗まれたのよ」

 だから私は藍ちゃんと皆の間に割って入った。

「はい? なんですの、その理屈?」

 それに露骨に反発したのは霞ヶ関かすみがせき早穂さほだった。藍ちゃんとは別の意味でのお嬢様。高飛車たかびしゃで自分がいつも正しいと信じてるようなタイプの人間だ。

「ただの気のせいだったら、藍ちゃんはわざわざ皆に言ったりしない」

「でしたらこのクラスの誰かが犯人だとでもいいますの?」

 霞ヶ関さんは手を横に振って、私に集まってるクラスメイトの顔を見るように示す。

「それは、まだわからないけど」

「まさか部外者の犯行とでも?」

 この学校はうちほどでないにせよ警備がしっかりしている。それもなさそうだった。

「それはないと思うけど」

「じゃあ、誰がなぜ、どうやって盗んだと言うんですの?」

 そんなこと聞かれても私にわかるわけもない。藍ちゃんの体操着を盗む犯人の気持ちなんて想像したこともないのだから。

「それもわからないけど」

「お話になりませんわね」

 霞ヶ関さんの言葉に私はカチンときた。そりゃちゃんと反論出来ない私も悪いけど、そんな言い方はない。

「まあ、その辺にしときましょうよ」

 そんな空気に割って入ってきたのが葉桜くんだった。

 葉桜はざくらしょう。何か武道の有段者で、礼儀正しいとクラスと評判の男子だ。

「何か言いたいことでもありますの?」

「特にないけどさ。二人がいがみ合う理由もないかなと思ってね」

 葉桜くんはそう言うと同意を求めて霞ヶ関さんに笑顔を向けて。

「それは……そうですわね」

 それで霞ヶ関さんも毒気を抜かれたようだ。

「とりあえず梓紗あずささんには家に帰って確認してもらってさ、それで間違いないとなったらその時、先生に相談すればいいんじゃないかな」

「そうですね」

 藍ちゃんもそれで納得したらしい。となれば私もそれ以上、霞ヶ関さんと戦う必要はどこにもなかった。

「ありがとう、葉桜くん」

 一件落着という空気になったのを確認して私は葉桜くんにお礼を言う。

「いや、礼を言われるほどのことじゃないさ」

 でも彼は当然のことをしただけだという顔でそのままその場を離れていった。


   ○


 校門のところで盾無さんに会うと開口一番謝られた。

「お嬢様、申し訳ございません」

「え、なに?」

 私はなんのことかわからず一緒にいた藍ちゃんの方を見るが、彼女も驚いてたのがわかっただけだった。

「まさかこんなことになるとは」

 盾無さんの言いたかったのはどうも藍ちゃんの体操着の件だったようだ。藍ちゃんのことを頼まれたのに、さっそくこんな事案が起きたので責任を感じてるということらしい。

「梓紗様の様子は見ていたのですが……」

 このままでは土下座すらしかねない盾無さんの様子に藍ちゃんも困ってる。

「気になさらないでください。盗んだ人が悪いだけですから」

 あの後、藍ちゃんは家に電話して盗まれたことが事実なのを確認していた。でも先生に話しても結局、取り合ってはくれなかった。

 先生曰く、この学校で盗難などあるはずがない。

 家にも無い。置いてあった分が無くなっている。でも盗難とは限らないということらしい。じゃあ藍ちゃんの体操着は自分でどこかに消えてしまったとでも?

咲夜さくやさんも気になさらないでください」

 私が考えてることを藍ちゃんは感じ取ったみたい。

「でも」

「体操着は新しいのを買いましたし」

「でも藍ちゃんに付きまとってるヤツの話は?」

「そっちは……問題ですね」

 藍ちゃんは私に言われるまですっかり忘れてたかのような反応だった。

「今朝は気のせいみたいな話してたけど、体操着の話と合わせると」

「それはそうなんですよね」

 藍ちゃんは何か考え事を始めたようだった。なので私も盾無さんも黙って彼女の言葉を待つことになった。

「咲夜さん、今日はこれから時間あります?」

 でも出て来たのはなんだか答えづらい質問だった。

「それは、大丈夫だけど」

 なんのことだろうと私は思う。

忘却社ぼうきゃくしゃの噂、ご存じですか?」

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