2-1 再会は忘れた後にやってくる 前編

 人間は第一印象が大事だ――なんて話はよく聞く。

 でも私、三倉みくら咲夜さくやと『つばさくん』との出会いは正直、そんないいものじゃなかった。


   ○


 季節的には梅雨つゆだったけど、その年は空梅雨からつゆというヤツで、しかもちょっとした異常気象。まだまだのはずの夏がもう来てしまってるという暑さだった。

 だから帰宅した私はまず部屋の窓を開けた。日差しの下では暑いけど、部屋の中に風が吹き込んでくると少し涼しい。

 それで正直、私は油断してたんだと思う。

 窓を開けたまま、私は着替えを始めてしまった。私の家はこの周辺では少し高い場所にあるし、外壁も高いのでのぞかれるかもなんて心配したことも無かったのもある。

 トンと何かがベランダで音を立てたのが聞こえた。ような気がした。

「ん?」

 気のせいかなと思いつつ、仮に本当に何か音がしたんだとしても私はネコか何かだと想像していた。それくらいの感覚だったのだ。

「…………」

 でも、そこにいたのは、見知らぬ男だった。年齢は二十代だろうか。私より少し上だろうことはわかった。かなり背が高くて、全体的に黒いという印象を与えるファッションを身にまとっていた。

「あ、ちょっとお邪魔してます」

 男は私と目があったのに気付いて小さく会釈えしゃくをした。大きいのに猫背なせいかぬぼーっとした印象の男だったけど、その挨拶あいさつは意外にもさわやかだった。まるで顔見知りの人に通りで会った時のような調子だ。

「何がお邪魔じゃましてますよっ!」

 私はとにもかくにも殴りかかっていた。途中でその男が猫を抱えてるのに気付いたけど、私の拳は止まらない。

 突然現れた不審者への対応としてはそこまで間違っていなかったと今でも思う。

「おっとぉ……」

 でも男はいち早く反応して、ネコをかばうように避ける。

「避けるな!」

 私はかわされた苛立いらだちでそう叫んでいた。

「いや、そんなこと言われても殴られたら痛いし」

 男は苦笑いを浮かべながら私の顔を見て、それから視線を下へと向ける。

「あと、その恰好かっこうで暴れるのはしたないんじゃいかな、お嬢ちゃん」

 そう言われて私は自分が着替え中なのを思い出した。ブラウスをあらかた脱ぎかけてたところだった。

「キャーーーーーーーーーーーーーー!」

 私は悲鳴を上げた。それが聞こえたのか家の中が騒がしくなる。庭にいたボディガードや番犬に私の助けを求める声が届いたらしい。

「そ、そうなるかあ……」

 男は情況を理解したのか落胆の声をあげてから私の顔を見た。その表情にはハッキリと「まいったね」と書いてあったように。

 それから男はひょいっと柵を越えた。

「ちょ!」

 ここは三階と伝える間もなかった。でも男はそのまま飛び降りて、何事もなかったかのように駆け出した。

 出口と違う方向のような気もしたけど、それを教える義理ぎりもない。

「はぁ」

 私は力が抜けるのを感じてそのままその場に座り込んだ。

 まだ着替えの途中だったと思い出したけど、しばらくぼーっとしていた。


   ○


 次の日の学校はいつもより騒がしく感じられた。私の気持ちがまだ昨日のことを引きずっていただけで、実際にはいつも通りだったのかもしれないけど。

 廊下での私語もほどほどになんて言われてる学校だから、そんな空気でも無ければ私は友達に不審者の話をしたりはしなかったと思う。

「凄い人だったんですねえ」

 私の話を聞いたあいちゃんはなんだかズレた感想を口にした。

「そっち!?」

 私は思わずツッコミながらも、それがお嬢様らしい反応というヤツかもと思う。

 藍ちゃんは、家柄ということであれば私と同じお嬢様のはず。なのに私とは真逆ないかにもな深窓しんそう令嬢れいじょうという感じだ。同じ制服を着てるはずなのに藍ちゃんが着ているだけで、なんとも上品に見える。それくらい何かが違う。

「咲夜さんの家のセキュリティはかなりものなのに、忍び込んでそのまま逃げて行ったなんて、その人、ただ者じゃないですよね」

「それはそうだけど……」

「何か盗まれたりとかしたんですか?」

「調べて見たけど、そういうのはなかったみたい。ま、私に見つかったから逃げたってだけかもしれないけど」

 そういう意味では私が着替え中の姿を見られた以外の被害はないのだけど。

「今までもそういうことは?」

「遠巻きにうちを見てる男がいるみたいな話はあったけど」

 私の家が近所でもそうないくらいにかなり大きな家なので見物に来る人もいることはいるらしい。でも壁も高いし、入り口には門番もいるしで、知らない人が中まで入ってきたという話は聞いたことがなかった。

「あの警備ですからね」

 藍ちゃんはそれで納得した様子でゆっくり頷いたのだが、数秒後、なんだか不安げな表情を浮かべた。それが気になり私は彼女に尋ねる。

「何か心配ごとでもあるの?」

「え? いえ、咲夜さんのことではなく、私のことなんですが」

「藍ちゃんの家でも何かあったの?」

「家ではなくて、気のせいかもしれないんですけど……最近、なんだか誰かに付きまとわれてるような気がしていて」

「それは気持ち悪いよね」

「いえいえ。多分、気のせいだと思います。咲夜さんならともかく、私のことを追い回す人なんているはずありませんし」

「藍ちゃん、それはちょっと自分のことがわかってないんじゃないかな」

 私は男じゃないし、変質者でもないのでその気持ちがバッチリわかるわけじゃない。でも追い回すなら私よりも藍ちゃんの方が付きまとい甲斐があるのはわかる。

「どういう意味ですか?」

「もしストーカーが側にいるとしたら、私なんかよりも藍ちゃんの方が狙われてる」

「そうでしょうか?」

 藍ちゃんはまったく納得が言ってない様子だった。仕方ないので私はスマホを取り出して盾無たてなしさんを呼び出す。

「はい、盾無ですが。お嬢様、何かありましたか?」

 盾無真森まもりさんは私がつけてもらっているボディガードの人だ。

「盾無さんは藍ちゃんのことは知ってるよね」

「お嬢様のご学友の梓紗あずさ様のことですね」

「うん。その藍ちゃんがストーカーに狙われてるみたいなので守って欲しいんだけど」

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