1-5 探偵は忘れた頃にやってくる
捕まっていた女の子は両手を縛られたまま、服の前を引き裂かれて下着も脱がされたところだったらしく床に転がっている。それ以上のことは見た目にはわからないが、私たちが来たのがわからないくらいにはパニックになっている。
「僕、来ない方が良かったですかね……」
依頼人の言葉。正直言って、知り合いの男の子に見られたい姿ではないだろう。
「とりあえず帰りましょう」
気付くと
「ありがと」
私は感謝の言葉を口にしながら彼女のスマートさみたいなものに少し嫉妬するのを感じた。私の段取りが悪くて無駄に時間がかかってしまったせいでこの女の子が大変なことになってしまったのに、胡蝶さんはすること全て無駄がないように感じたからだ。
私は受け取ったパーカーを女の子に着せると、胡蝶さんはその子の頭をポンと抑え、「もう大丈夫です」と優しく告げた。それで女の子は泣き始めてしまったが、それは落ち着き始めてるということなのだろう。
「オイオイ、なんだ、こりゃ」
しかし今回の事件はこれで終わりとはいかなかった。
巨大な男が出口の所に立っていた。それが男の子たちが言っていた
「まずいことになった」
胡蝶さんが顔をしかめるのが見えた。あれほどの手際で不良少年を蹴散らした彼女がたった一人の男の登場でそんな反応を見せるとは思ってもいなかった。
「……あの人、強いの?」
「かなり」
私には大きいけど太ってるだけにしか見えないけど、彼女の見立ては違うようだ。
「どれくらい?」
「私が三人いればどうにかなるかもしれません」
「……相当だね」
正直言ってそこまでとは見えないし考えられない。
「その子のことお任せしても?」
胡蝶さんの言葉からは、その男を倒してから悠々と出て行くという選択肢はないというのが余裕の無さが感じられた。
「こいつら伸したのは嬢ちゃんかい?」
下場はその場を見ていたわけでもないのに胡蝶さんにそう尋ねてきた。質問ではあったけどほぼ確信してるのだろう。彼女から目を離さないように見ながら近づいてくる。私や依頼人の少年は眼中になさそうだ。
「一人で全員倒しました」
胡蝶さんはハッキリとそう答えながら、すっと横に移動を始めた。それで下場の進路が曲がる。どうやら胡蝶さんは私たちを逃がすつもりらしい。
もっとも私たちが動き出したら下場も黙ってはいないだろうし、まだショックが抜けきらない女の子を連れての移動では追いつかれてしまう。
それでも何かの助けになればと私は緊迫する二人の横で動きを見せた。
瞬間、胡蝶さんが下場の懐に飛び込んだ。その勢いのまま
「
何か必殺技のようなものが決まった。当たった場所から外側に向かって衝撃が走るのが見えるほどの一撃だった。でも。
「なかなかいい判断だな。俺が嬢ちゃんをナメてるうちに最大火力で一発で倒す。これ以上はない選択だよ」
下場は倒れるどころかニヤリと笑う。
「但し相手が悪かった。ベストの選択でもお前には無理だ」
全く効いてない。鳩尾という人体の急所に食らえばいかな巨漢とは言え無事では済まないはず。ということは、まともに食らったように見えたけど、何か逸らしたのだろう。
やはり、見た目通りのただの太った男じゃない。それを胡蝶さんが理解した時には、下場のなぎ払うような手刀が炸裂していた。
「がはっ」
それだけで胡蝶さんが壁まで吹き飛ばされる。
「残心って中国拳法ではなんて言うのかは知らないが、効かなかった時のためにさっさと離れるべきだったな」
壁にぶつかってそのまま床に転がった胡蝶さんはその言葉に反応を見せなかった。もしかしたらたったの一撃でやられてしまったのかもしれない。
「やられた振りでチャンスを待ってるっていうならいいんだけど……」
翼くんならそれくらいの騙し討ちはしそうだけど、胡蝶さんはどうだろう。真面目だから起き上がれるならそうしてそうだけど。
「一発で伸びちまったらしいな」
下場も同じ結論に達したらしい。それで私の方を見る。
「さらってきた女の写真見た時は、いまいち好みじゃねえなあと思ってたんだけどよ」
「はい?」
「いつのまにか三人に増えてるし、後から来た嬢ちゃんたちの方が好みだわ」
気付けば私や胡蝶さんも彼の獲物に数えられていた。しかも一番のピンチは私かもしれないという状況になっていた。
「……それはどうも」
私は翼くんらしい皮肉を言ってみたがそれで何かが改善するはずもない。
そこに鳴り響く私のスマホの着信音。場違いな前向きな歌詞のJポップだった。
「あの……出てもいいですか?」
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