1-4 探偵は忘れた頃にやってくる

「映画館があそこだから……」

 私は脳内で地図を描いて、このビルがどの辺にあるのか当たりをつける。そんな集中力が必要な作業の途中で男の子たちの声が聞こえてきた。

「で、俺たちはいつまで待てばいいわけ?」

下場げばさんが来るまで、つうか下場さんが飽きるまで?」

「じゃあ、ちょっと俺、席外していいっすか?」

「そういうわけにはいかないだろ? 下場さん、そういうの許さないだろ」

 男の子たちはしびれを切らし始めてる様子だった。

 どうやら、彼らの上には下場さんというのがいて、この女の子はそいつに渡すためにさらったということらしいのは理解出来た。

「多少順番が変わるくらい。よくね?」

 男たちの中で一番、調子に乗ってそうな子がそういうのが聞こえた。私は動悸が速まるのを抑えなければならなかった。

 急いで戻らないと大変なことになる。それがわかったからだ。


「はぁ……はぁ……」

 都合四回の《認識介入リールジャック》はやはりかなりの消耗だった。正直、立ち上がる元気もない。

 それでも私はスマホを取り出して地図アプリを立ち上げる。イメージ通りか確認して、問題のビルをマークする。

「彼女、ここにいた」

「どうやってそれがわかったんですか?」

 依頼人から当然の質問が来るけど上手に答えることはできない。

「それは企業秘密かな……」

 私はその言い方がなんか翼くんっぽいななどとどうでもいいことを思う。

「立てますか?」

 胡蝶さんが聞いてきたけど、無理なのは明らかだった。

「少し休まないとかな」

「では、指示を」

 そして返事をしないでいると胡蝶さんは私をお姫様だっこして走り始めた。

「こっちですか?」

「う、うん。でもこれ、かなり恥ずかしいんですけど」

「気にしてる場合ですか?」

「あ、はい」

 実際、今は現場に一刻も早くたどり着く方が大事だ。それはわかるけど、やはりお姫様だっこは恥ずかしい……。


「何階ですか?」

 当たりをつけたビルまで来たけど、その先はちょっとわからなかった。

「けっこう上の方だったとは思うけど」

「では総当たりで」

 胡蝶こちょうさんは止まること無くそのままビルに突入して、階段を駆け上る。その速さは私を姫だっこしてるというのに依頼人がついて来れないほどだ。

「誰も入ってないテナントみたいだった」

「では社名のない部屋を」

 下の方の階ではないとわかっていたので、二、三階はパス。四階から胡蝶さんはフロアの方を調べることにしたみたいだった。

「この階、暗い?」

 言われて廊下の電灯がついてないからだとわかった。よほどの節電方針があるのでなければ、この階は利用者がいないということなのだろう。

「ここですか?」

 外から社名を確認出来るものはない。でも廊下とは違って中には明かりがあるのか光が漏れてきている。

「かもしれない」

 限りなく怪しいが、とりあえず確かめる方法がない。

「ダメ元で乗り込みましょう」

 依頼人の少年が思いきったことを言い出した。仮にまともな会社でも間違えましたと謝ればいい。しかしその心構えは必要なかった。

「!」

 中から女の子の悲鳴が聞こえてきたからだ。

「正解でしたね」

 胡蝶さんはすっと私を下ろすとドアを開けて、中に飛び込んで行った。

「な、なんだ、コイツ!?」

 彼女の登場に驚く声が聞こえたかと思うと鈍い音が響いた。

「ぐぇ!」

 流れるような動きで不良少年の鳩尾みぞおちに胡蝶さんの肘打ちが入っていた。それで不良少年が吹き飛び、そのまま胡蝶さんは次々に不良たちをなぎ倒していく。

「こういう時は頼りになるんだよなあ、あの娘」

「凄いですね、あの人……」

 依頼人もその手際の良さにあっけにとられていた。中国拳法は円の動きがどうとか聞いたことがあるけど、まさにそれを実践してるみたいだった。

「男たちは彼女に任せて私たちは女の子を助けましょ」

「は、はい!」

 それで依頼人の少年は本来の目的を取り戻したらしく、倒れている不良たちの手前にいる女の子の元へと走り出した。

「もう大丈夫よ……」

 そう言いかけて、あまり大丈夫とは言えない情況だと気付いた。


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